第671話 ノーサンキュー

 ユントリードの首都カマムヴァンは、機能的な都市だ。中央部分に政治関連の建物が集まり、その周辺に主要な商会の本店が並ぶ。


 中央部分からは放射線状に大きな道路が走り、細い道路がそれぞれを結んでいる。


「とはいえ、攻め込まれたら脆いかも?」


 重要施設が集まっている部分に、空爆が来たらどうするんだろうね?


 商業施設が並ぶ区画にあるカフェで、街歩きの休憩中。ここ、段差が殆どなくてなだらかだから歩きやすいわ。


「すぐに戦闘方向に考えを振らない!」


 隣に座るリラに、速攻突っ込まれましたー。でも、ここらの周辺環境考えると、ない話じゃなくね?


「危険に備えるのは大事でしょうが」

「そうかもしれないけれど……都市を開発するのに、空爆を心配する人がどこにいますか」

「ところで二人共、くうばくって、何?」

「あ」


 コーニーから突っ込みに、我に返る私達だった。




 あの後、説明が大変だったけれど、魔法を使えるのは殆どオーゼリア人だけなので、心配はいらないだろうという事になった。


「レラが作ったっていう、空飛ぶ乗り物なら、出来るかもしれないわね」

「あーあれねー」


 実は魔力食いな、飛行機ですね。今だとニエールがエンジン部分を改良出来そうだけど。


 あれ、高いところまでは飛べるけど、飛行速度と滞空時間、どのくらいだったかな。


「そこ、本気で考えないの」

「はーい」


 あの飛行機は、量産型にしてギンゼールの山に飛ばす予定だ。もちろん、オーゼリアから直接ギンゼールまで飛行機で行く訳じゃないけれど。


「さて、休憩も終えて、もう少し歩きましょうか」

「そうだね」


 今回の街歩き、女子三人だけで出て来ている。王女殿下はハブだ。


 仕方ないよねー。リラは私の義理の姪だし、コーニーはリラの義理の妹、そして私はコーニーの幼馴染みだ。


 こんな強い絆を持つ私達の間に、ポッと出の王女殿下が入っても、気まずい思いをするだけだって。


 外に並んだテーブルに座っていた私達は、代金をテーブルに置いて立ち上がる。そこに、脇から声が掛かった。


「君達、どこに行くの? よかったら、街を案内するよ?」


 どうやら、地方から出て来た女性と思われたらしい。少し離れたテーブルに座る男三人組みの一人が、声の主だ。


「結構よ」


 即断りの言葉を口にしたコーニーに、へらっと笑う一人が追いすがる。


「まあまあ、そう言わずに」

「間に合ってまーす」


 少し低めの声で私が告げると、こちらに手を伸ばしていた男が一瞬びくっとして止まった。


 ……私、特に何もしていないのだが?


「さっさと行きましょう」


 リラの声に、それもそうかとコーニーと二人で顔を見合わせる。その間、コンマゼロ以下秒。


 店員が近づいてきたので会計を済ませていると、とうとう男達が立ち上がってこちらに来た。


「おい! 待てよ!」

「ちょっとお客さん、困りますよ」

「お前は黙ってろ!」

「いや、あんたが黙ってろ」


 小声でつぶやき、催眠光線を一発。店員に絡んだ男は、その場で昏倒した。


「お、おい!」

「どうしたんだよ!?」

「急病ですか? 医者、呼びます?」


 店員は、倒れた男を見下ろして冷静だ。こういう事、よくあるのかな。


 倒れた男を挟んで、仲間二人がオロオロとしている。そっか。こっちには救急車なんて、ないもんね。


 どっかの病院にでも、担ぎ込むのかな。とはいえ、そいつ、ただ眠ってるだけなんだけどねー。




 会計は終わっていたので、私達は何食わぬ顔で店を出た。


「何だったのかしら? あれ」


 店の方を振り返りながら、コーニーがぼやく。そりゃあ、あんな行動を取る男共なんて、一種類しかいない。


「ナンパでしょ」

「なんぱ……って、何?」

「社交界でも、不特定多数の女性に声を掛ける男性、いるじゃない? あれと一緒。それが街中の、通りすがりを相手にしてるってだけ」

「ああ」


 コーニーの機嫌が一気に下がった。おおう、冷気を感じるぞ。


「コーニー、機嫌直して。あんな奴らのせいで嫌な気分になるなんて、もったいないよ」

「もったいない」

「そうそう。この街って、それなりに面白いじゃない? なのに、通りすがりのちっぽけな存在の為に、その面白さが吹っ飛ぶなんて、もったいないよ」

「……それもそうね」


 よし! 意識逸らし成功。ペイロンって脳筋の里なんだけど、合理主義の土地でもあるんだよね。


 その辺り、コーニーは血筋と教育でばっちりたたき込まれている。だから、こういう説得方法が効果的なのだ。


「さて、街歩き再開だけど、今度はどこに行こうか?」


 今私達がいるのは、中央区画から少しだけ西に行ったところ。この近辺は商業施設が多く、先ほどのカフェもその一つ。


 もう少し、店を冷やかしてもいいし、区画を変えて職人街に行ってもいい。


 コーニーの機嫌直しも含むので、彼女に選んでもらった。


「なら、地図で見た街はずれに行きたいわ」

「街はずれ? 何か、あったっけ?」

「牧場があるのよ。馬が見たいわ」


 そういえば、コーニーは学院生時代、乗馬を選択してたっけ。


「リラはそれでいい」

「もちろん」


 形式的な問答でしたねー。




 中央から街はずれまで行くには、歩きだと時間が掛かる。私とコーニーだけなら問題ないんだけど、リラがいるからね。


 街中を巡回している乗り合い馬車……バスのようなものがあるから、それで街はずれまで行く事にした。


 さて、どこ行きの馬車に乗ればいいんだ?


『行き先は牧場行きというものがあります。その名の通り、街はずれの牧場が終点ですので、そちらをご利用ください』


 おお、ありがとう。


『乗り場は、今いる場所から向かって右側、青い看板の店があるのが見えるでしょうか。そこの前に、停車します』


 カストル、マジ便利。


 ちなみに、こちらで使っているお金は、ポルックスに頼んで貴金属類を現金化してもらった。こういう時、真珠とか大量に持っていると楽だね。


 いやあ、真珠、いいお値段で売れたってよ。おかげでここでの滞在費、軽く出せましたー。特に金真珠が好まれたらしい。


 今回持ち込んだのは、以前に自分で魔の森で採取した真珠。今は研究所の裏手で養殖してるってさ。


 うまくいってるっていうから、そろそろ規模を拡大するんじゃないかなー。


『それについては、ペイロンより共同事業としての申し入れがきそうです』


 そうなの!?


『デュバルには、使える土地が多いですから』


 ああ、そうだね。でも魔の森から遠いところに魔物を連れ出して、大丈夫?


『問題ございません。外部との接触が出来ないよう監視も出入りも徹底させますので』


 お、おう。ならいいか。真珠がいつでも簡単に手に入るようになるのは、私としても嬉しい限り。


 この髪色に合わせる宝石って、色の濃いものでないと厳しいからさ。ダイヤに関しては、周囲に色石を置いて透明度を際立たせる……という名目で、沈み込まないようにデザインしてもらってるんだ。


 なので、黒真珠が手間なく手に入るのなら、歓迎するとも。


『では、話が参りましたら、主様にすぐにお報せいたします』


 よろしくー。




 さて、乗り合い馬車の中でも出たよ、ナンパ組み。しかも、あつらえたように向こうも三人ってどういう事?


 ただ、車内でのナンパ男達は、余所の強面おじさんに一喝されたら、途端に退散したけれど。ありがとう、名も知らないおじさん。


 中央区画から街はずれへは、乗り合い馬車でも一時間近くかかる。


「これ、魔法を使って速度を上げれば、もっと早く到着するわよね……」

「コーニー、それは言っちゃ駄目だ」


 確かに、魔の森を素早く移動出来るように開発した魔法を使えば、多分十分くらいで到着すると思う。


 でもあれ、端から見たら異様な光景だからね。目立つのよくない。


 街はずれには、広大な牧場が広がっていた。ここはカマムヴァンの北に位置する場所で、牛、馬、豚、鶏などを飼育している。


 一部では、動物と触れあえるコーナーなどもあり、人気のスポットなんだとか。これら全部、カストルを経由したポルックスからの情報。


 ポルックスは、しばらく私との直接念話を禁じられたそうな。やらかしてばっかだからね。仕方ない。


 ま、それはともかく、目の前にいる小動物と戯れましょうか。小さなもふもふは、癒やしですよー。

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