第661話 そういえば、そんな事もあったね

 トイ、シモダ、アタミ、イトウ。四つの街を巡り、王女殿下が一番気に入った場所に逗留してもらおうと思っていたんだけれど……


「作った島? なあに? それ」

「何と聞かれても……そのままとしか」

「行ってみたい!」


 無邪気な笑顔には、勝てませんねー。




 この話が出た時に滞在していたのはイトウの別荘なので、そこからグラナダ島に移動陣で向かう。さすがに船旅だと、行って帰ってするだけで東行きの時期を越えるもの。


 移動したのは、王女殿下と私だけ。リラも連れて行こうかと思ったら、急にヴィル様に呼び出されたらしい。あらあらー?


 まあ、リラの事は私の都合でいつも振り回してるからね。たまには夫婦でゆっくりするのもいいんじゃないかな。


 ……うちの夫婦がゆっくりするのはいつなのか。まあ、ちょっと色々と先送りかなあ。


 グラナダ島は、これまでいたフロトマーロの沿岸とは、気候からして違う。こっちの方が、少し空気が湿ってるんだなあ。


 それと、ここは島なので見渡す限り地面がフラット。何せ埋め立て地でもあるから。


 しばらく高低差のある土地ばかり見ていたからか、王女殿下の第一声がこちら。


「平らだわ!」

「実質埋め立て地だからね」


 何せ元は小さい四つの島だったんだから。王女殿下は埋め立て地という言葉自体がわからなかったらしく、聞き返してきた。


「うめたてち……って、何?」

「ここ、元は小さな島が四つあったんだ。で、その島の間の海を土砂で埋めて、今の形にしたのよ」


 私の返答に、王女殿下は目を丸くしている。


「そんな事、出来るの?」

「出来るよ。事実、今ここにあるでしょ?」

「あ」


 私、嘘は言ってないよ?




 グラナダ島での時間は、ゆっくりと流れていく。そろそろ私はオーゼリアに帰らないといけないんだけど、ここにいるとそんな気もおきなくなるから不思議だ。


「エヴリラ様からは、戻れとの伝言を承っておりますが」

「そーなんだよねー」


 帰らなきゃなー。そうは思うけれど、腰が重くてー。いやー、ここにリラがいないのは残念だなー。はっはっはー。


 それでも、グラナダ島にいると、西の大陸関連の書類がやってくる。主に、運河関連と交易品……フルーツ中心の、デュバル領へ送る分だ。


「運河建設は順調かー」


 妨害ももうなくなり、工事が滞る事はないという。各地に配置した「犯罪者」達は、おとなしく労働に勤しんでいるらしい。


 ……カストルが何やらやったような気配を感じるけれど、気にしたら負けだ。何せここは西の大陸。オーゼリアの法は通用しない。


 国内では禁じられている術式も、ここでなら使い放題なんて、考えてないよー。


 タリオイン帝国の南端は海に面している。そこから海水を汲み上げ、真水にして帝国全土に送り、運河の水源にするのだ。


 そのプラントも完成し、一部地下水路が出来上がった区間に近々流してテストするらしい。


 ため池に水が溜まれば、そこから水を引いて生活用水や農業用水に使える。もっとも、それが出来るのは我が家に使用料を支払った家のみ。


 水泥棒には重い罰を下すから、気を付けてほしいね。


 それにしても、運河は早く出来上がってほしいなあ。物を運ぶだけでなく、運河クルーズを楽しみたい。


 今回作ってる運河は、幅はそこまで広くないもの。川幅は十メートルない場所ばかり。


 そんなので船がすれ違えるのか? ってなりそうだけど、その分専用船の幅を狭くしている。船の幅は約二メートル。狭い分、長くした船だ。


 もっとも、中身は空間拡張を使うから、広々してるけど。それらも、ここグラナダ島に作った造船所で造ってる最中だ。


 ブルカーノ島にも造船所はあるんだけど、あそこから運ぶよりここで造って運河に運んだ方が早い。


 ボートでゆっくり進む運河クルーズ。いい。




 グラナダ島に来て十日。とうとうしびれを切らしたリラが来た。


「いらっしゃい、リラ。十日ぶりくらいだっけ?」

「ぬけぬけと言ってんじゃないわよ!」


 リラはお怒りだ。ちなみに、彼女がどうやってここに来たかと言えば、当然移動陣を使って。


 その移動陣を起動したのは、一緒に来たニエールだ。


「いやあ、リラから泣きつかれちゃってさあ」

「な! 泣きついてなどいません!」


 リラの顔が赤いから、きっと本当に泣きついたな。


「レラを連れ戻す為にもぜひ! って言われたら、断れないじゃない?」

「嘘だ。断ろうと思えば断れたはずだ。何を餌に釣り上げられた?」


 こういう時のニエールは、信用ならん。それは長い付き合いで知っている。


 じろりと見ると、明後日の方向を見るし。バレバレだぞ?


「素直に話せば、催眠光線は使わないでおいてあげよう」

「え? 本当? だって、レラを連れ戻せないと、東に行けなくなるって言うからさあ」


 そこかああああああ。そういや、ニエールも行くって息巻いてたっけ。


 何せ向こうには、術式が眠る遺跡がある。ベクルーザ商会は、その遺跡を発掘して古代の術式を得たのだ。


 元々は術式研究が主流だったそうだけど、そこから分派した連中が金儲けに走った訳だね。


 で、ニエールの目的は、この遺跡に眠る術式。既に発掘済みの術式も、入手する気満々だ。


 ……正直、術式を有効活用出来るのは、オーゼリアだけじゃないかと思ってる。


 西の大陸に、魔力持ちは殆どいなかった。ただ、まったくいない訳じゃない。


 それに、あちらでの魔力持ちの扱いがなあ……


「どうかした?」


 考え込んでいたら、リラから声が掛かった。お怒りモードは解除されたらしい。


「ああ、いや……ゲンエッダの海洋伯の領地で、悪徳金貸しが少女を借金の形に取り上げようとしていたんだけど」

「ああ、あったわね。海洋伯のどら息子が関わっていた話でしょ?」

「そう。あの時の少女、魔力持ちだったんだよね」

「え」


 リラも、事態のおかしさに気付いたようだ。


「……あの金貸し、他にも借金の形として、娘を取り上げるような真似、してなかったっけ?」

「してたね」

「もしかしてその娘さん達、全員魔力持ち?」

「カストルの調べによればね」


 言いたい事はよくわかる。あの金貸しが、魔力持ちの娘さんがいる親を狙って、金を貸し付けていた可能性があるって事。


 問題は、いつ、どうやって娘さん達に魔力があると知ったか……だ。




 旧ゼマスアンドの最後の王、ズーインは現在デュバルで研修中である。しかも、研修担当がカストルとポルックスという、地獄の特訓状態だ。


 そのズーインに会いに、デュバル本領へと戻った。


「お呼びでしょうか……」


 久しぶりにあったズーインは、鼻につく態度が改善されたのはいいけれど、随分とくたびれている。


 カストル、ポルックス、本当に何やったの?じろりと見ると、二人共いい笑顔を返してきた。本当にね……そういうとこだよ。


 それはともかく、今は目の前のズーインだ。


「今日は聞きたい事があって来たの」

「何なりと」

「あなたに接触してきた東の大陸の人間だけど、彼等はゲンエッダの人間にも接触していなかった?」

「そういった話は、小耳に挟んだ事があります。何でも、魔力を持つ女性を探しているとか」

「そう……」


 予想は当たった。ただ、違う方面では外れたな。


「女性限定なのね? その理由はわかる?」

「申し訳ございません。そこまでは……」


 まあ、小耳に挟んだ程度だもんな。


 んじゃ、残りは当人達を締め上げて聞かせてもらいましょうか。




 旧ゼマスアンドを唆し、ゲンエッダとの戦争に駆り立てた東の大陸の人間達。


 彼等は戦争終結後、西の大陸から逃げだそうとしたところをカストルがしっかり捕縛した。


 ある程度の事は自白魔法で聞き出したんだけど、さすがに金貸しとの繋がりまではわからなかったから、そこは聞いてないんだよね。


 自白魔法って、基本聞かれた事に素直に答える魔法だから。聞かれていない事に関しては何も答えないんだ。


 で、現在地下工事現場で健全な労働に勤しんでいる彼等を期間限定で地上に連れ戻し、カストルが念入りに自白魔法を使った。


 その結果、おぞましい計画がわかったんだが。


「まさか、魔力持ちの女性との間に子を儲けて、魔力持ちの子を増やそうだなんて……」


 リラもげんなりしている。


「確かに魔力はある程度遺伝するけれど、それも不確実な話なんだけどな……」


 実際、私の両親の魔力量は、貴族としては平均的なもの。でも母方の祖父母は、二人共量が多く、かつ魔力操作に長けた人達だ。


 また、オーゼリアでは魔力は隔世遺伝で出やすいとも言われている。私の場合、母方祖父母から魔力量の多さを受け継いだっぽいんだよね。


 兄も、平均的な貴族の魔力量よりは多いから、やはり祖父母からの隔世遺伝だと思う。


 それを、東の国の連中が理解出来ているのかどうか。


「いっそ、前の主が開発した術式を、魔力を欲しがっている連中に使いますか?」


 カストルが、にやりと笑う。前の主っていうと、うちのご先祖様のお友達だよね。あの、うちの領民達を長年苦しめ続けた隷属魔法を創り出した人。


 いや、うちのご先祖様もその一人なんだけど。


「彼等は魔力持ちの子を欲しがった。ですが、実際には自分が魔力持ちになりたかったのでしょう。その願い、叶えてやるのも一興かと」

「いやいやいや、あれ、子々孫々まで影響出るでしょうが」

「問題ありません。術式を使った後に子を為せば影響を受けますが、彼等は既に子を為すには年を取り過ぎています。精子が正常な運動をするとは思えません」


 あからさまー! とはいえ、一理あるのが怖い。


「そうよ。余所の女子を攫って無理矢理子作りするよりは、自分達が隷属魔法を受ける事で魔力持ちになればいいのよ」

「リ、リラ?」


 どうしたの? いつになく、顔が怖いよ?


「魔力持ちになった後に地下工事現場に放り込めば、工事が捗るんじゃないかしら? どう? カストル」

「素晴らしい慧眼です、エヴリラ様」

「いやいやいや、待て待て待て! 駄目でしょそれは!」

「何故?」

「何故です?」


 リラとカストルが完全に同調してる。これ、私は二人を説得出来るのか?

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