第660話 君の笑顔

 クーデンエール王女殿下は、まず温泉街にご逗留。星深庵での三日間で、大分心がほぐれたらしい。


「ここ、素敵ね」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

「……何だか、あなたにそんな扱いを受けると、変な感じだわ。ギンゼールの時のようにしてはもらえないかしら」

「……よろしいんですか? 不敬罪とか、問われません?」

「大丈夫よ。……もうじき、王族ではなくなるもの」


 最後の一言は小さかったけれど、しっかり聞こえたぞ。あの「国に帰らない」宣言は、本気だったんだろうか。


 とりあえず、対応は変える事にした。もう少しくだけた感じでいいんだって。まあ、ギンゼールにいた時は、非常事態だったからなー。色々、こっちも余裕がなかった……気がする。




 温泉街の次は、ブルカーノ島。テーマパークで二泊して、三日間遊び倒すのだ。


「凄い! 凄いわこれ! すっごく楽しい!!」


 再会してから、やっと全開の笑顔が見られましたー。まだ若いんだから、そうやって笑っていた方がいいよ。


 テーマパークでは、男女に分かれて水着で遊べるアトラクションも、実はある。これに参加する人は少ないんだけどね。


 他にも、トイやシモダ、アタミ、イトウには温泉で水着を着用するところもあるんだ。露天風呂とか。


 周囲から見えないようにしてあるって説明しても、やっぱり屋外で何も着ないってのは抵抗があるらしい。


 で、テーマパークにもそれに近いアトラクションがあるのだ。


 まさか、それに王女殿下が挑戦するとは……


「あはははははは!」


 大声を上げて笑う姿は、年より幼く見える。本当なら、声を上げて笑うなどはしたないと窘めるところだろう。


 でも、楽しい時は声が出るよねー。


 という訳で、腹の底から声を出して、全力で楽しんでいただきたい。




 テーマパーク三日目、閉園時間になり外に出ると、このまま船に乗ってトイへ向かう。乗る船は、新造船キビルシローア号。


 フォンゼベレーラ号は、既にクルーズの予定に入ったらしく、新しもの好きなどこぞの奥様が早速予約を入れたとか何とか。


 キビルシローア号は、さすが新造船、どこもかしこもピカピカだ。いや、フォンゼベレーラ号も十分ピカピカでしたが。


 ただ、この船も空間拡張技術を使っているので、見た目よりも中が広い。おかげで各船室も、船の中とは思えない広さだ。


 横もそうだけど縦にも広く、圧迫感というものはまったく感じなかった。


 そして、空間拡張は各施設にも使われている。船に付き物のプールはもちろん、フィットネスルーム、ボウリング場、シアターなどもそうだ。


 変わった施設としては、魔法技術を遺憾なく発揮した各種アクティビティ。ウォータースライダーはもちろんの事、小型飛行機で周辺を飛び回る事も可能だ。遠目に見るキビルシローア号は綺麗だった。


 室内で空中浮遊を体験出来るコーナーや、これも室内だけれど屋外に感じられる不思議空間と化した部屋での波乗り体験など。


 多分、船に乗っている間に全てを体験するのは、難しいんじゃないかな。


 航海初日は、これらを案内するだけで半日近く掛かりましたー。


「もう、言葉もないわ……」


 船内を一通り回った王女殿下の、正直な一言。ふっふっふ、これに乗ってこれから行く街も、なかなか楽しいと思うよ。


 存分に楽しみ尽くすといい。




 トイは、モデルにした街が崖に家々がへばりつくような場所だったので、ここもそうしている。


 港は小さく、大型のクルーズ船は停泊出来ない。ここにクルーズ船が来る時は、沖合に停泊してそこからテンダーボートで行き来するのだ。


 それも、王女殿下には楽しいアトラクションの一つらしい。


「こんな小さな船、乗るのは初めて!」


 船ってか、ボートだけどね。小さいと波の影響を受けるものだけど、うちのボートは結界技術を組み込んでいるので、嵐の中でもすいすい進める……らしい。


 実際に嵐の中をボートに乗る体験はした事ないから、聞いただけなんだー。


 トイは、建物の殆どが岩壁に貼り付いているような街なので、坂と階段が多い。


 まあ、バリアフリーの一環で見えない場所にスロープやエレベーターを設置してあるけれど。


 元気な人は歩く。健康の為にも、階段の上り下りくらいはしないとね。


 王都邸でもヌオーヴォ館でも、個人の移動は階段使ってるしー。重い荷物を運ぶ時には、人目に付かない場所に設置してあるエレベーターを使うよ。


 トイを見上げる王女殿下は、ぽつりと呟く。


「何だか、不思議な場所」

「そう?」

「ええ。あんな風に、建物が崖にくっついているなんて」

「ここもそうだけど、シモダやアタミも似たような感じよ」

「そうなの?」


 驚く顔も可愛い。あの姉君様に似た顔立ちだもの、美人は間違いなしって前も思ったけれど、美人に可愛さが加わって最強じゃないかな。


 本当に国を捨てるつもりなら、レオール陛下に頼んで嫁入り先でも探してもらうかね。




 王女殿下がトイで滞在する先は、ホテルではなく私の別荘。あるんだ、別荘。そういや、前にうちの飛び地には全て別荘を建てるとか、言ってたっけ。


 その別荘に入り、夕食が終わって寝る前の短い時間、ちょっとだけリラとお茶をする。


 その場で、思いついたアイデアを言ってみた。


「と思うのだけど、どうだろう?」

「それ、絶対に勝手にやっちゃ駄目よ?」


 じろりと睨まれた。いや、私だって勝手に動く事のまずさくらいは理解してますって。


「とりあえず、アンドン陛下くらいには、話を通さないとね」

「それより先に、ギンゼールの国王ご夫妻の意向を確認しなきゃ駄目でしょうが……」


 でもさあ、その親を見限ったからこそ、王女殿下は「国に戻る気はない」なんて言い出した訳でしょ?


「なのに、他国に嫁に行くのに、親の意向を確認するの?」

「今の王女殿下の状態って、反抗期のそれに近いでしょ? 実際、私達はギンゼールの国王夫妻がどう考え、どう動いたのか、人伝でしか知らないのだし。まずはそこから確認しておくべきだと思うわ」


 正論だ。考えてみると、私もリラも、ある意味実親を見限った人間だ。


 私の場合は、領民の問題があったから、家を継ぐのは確定状態だったけれど。


 リラは自分が生き延びる為、親兄弟を切り捨てた。母親も。まあ、リラ本人が言うには、夫であるリラの父親に逆らえない弱い人だったって話だけど。


 兄は父親の小型版、弟も影響受けて似たような存在。そりゃあ切り捨てたくもなるわ。


 じゃあ、ギンゼールの国王夫妻はどうか。国王であるルパル三世は大分頼りない印象があるけれど、姉君様はそうでもない。


 ただ、あの人は母親である前に王族、王妃である事を優先するタイプだ。それが悪いとは言わないけれど、多分王女殿下とはそこで衝突を起こしてる気がする。


「……血の繋がった家族でも、相性ってあると思うんだ」

「何? 急に」

「もっと言うと、立派で尊敬出来る人でも、合う合わないはある」

「……ギンゼールの王妃様と、王女殿下がそうだって言いたいの?」

「何となく、そうかなって」


 多分、今回の場合下手を打ったのは王女殿下だ。周囲の連中が信用ならない態度を取ったのなら、母親としてではなく、「王妃」としての姉君様に、「王女」として報告するべきだった。


 そうすれば、おそらく姉君様は「王妃」として事に当たり、きちんと治めてくれたと思う。


 ここで国王に報告するルートが出てこないのは、私がルパル三世をあまり信用していないから。あの人、どうも弱腰な気がしてなあ。


 平時の王としては、いいと思うんだ。でも、今のギンゼールってどうもまだ内乱の時の傷から立ち直りきれてない気がするんだよ……


 そうなると、ルパル三世の手には余るんじゃないかな。もっとも、王妃として姉君様が側にいれば、それも解消されるとは思うけれど。


 でも、姉君様は出産して、一時的とはいえ「母親」の面を強く出さなくてはならなくなった。


 ……これも、王女殿下が鬱屈を溜めた原因の一つか?

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