第659話 お出迎え
ガルノバンのアンドン陛下が仲介をして、ギンゼールのクーデンエール王女殿下が来る事になった。
行き先は、何と全部。
『国から出るの、これが初めてだからさ。クーデンエールが大興奮だってよ』
あー、それで「行けるのなら全部」になったんだ。
「こちらとしては構いませんが、ギンゼールの方はいいんですか?」
『義兄上も姉上もほとほと困り果ててるんだよ。今まで、我が儘らしい我が儘を言った事がない子だから』
「あの環境じゃあ、言えなかったんでしょ」
『まあな。で、義兄上としては、頭を冷やす時間も必要だろうって』
頭を冷やす……ねえ。それ、彼女の周囲にこそ言うべき事じゃないのかな。
ついでに、あの頼りない王様も反省していただきたいところ。とはいえ、国王という立場じゃあ、ただの父親はやれんわな。
「ギンゼール側がいいと言うのであれば、順繰りにご案内致しましょう」
『悪いな』
乗りかかった船……って、こういう場合にも使っていいものかね? でも私的にはもののついでだ。冷たいかもしれないけれど。
ギンゼールの王家って、馴染みがないもの。これがうちのレオール陛下の王女殿下が相手なら、また違うけどさ。
レオール陛下のところには、まだ王女殿下は生まれてないけれど。ちなみに、コアド公爵家のヴァージエルナ姫が相手の場合は、違う意味で逃げる。
あのコアド公爵を敵に回したくないから。
もっとも、ヴァージエルナ姫はまだ幼児の年齢。物思いに耽るのは、まだ先だな。
クーデンエール王女殿下の移動は、うちからギンゼールに船を出すのかと思いきや、なんと鉄道で来るという。
「ギンゼールからデュバルまで、線路が全部繋がったんだ?」
ヌオーヴォ館の執務室で報告を聞いている最中。いつの間に、繋がったんだ?
「一部はまだ工事中ですが、その区間だけ車で移動していただきます」
途切れている区間は、ガルノバン国内だそうな。だから馬車でなく車移動なんだ。
それはともかく、ギンゼールとガルノバンの間のトンネルが開通したのはいい事だ。
一時期、デュバルとガルノバンの山脈地下とガルノバンとギンゼールの間の山脈、それとギンゼールとトリヨンサーク間の断続的なトンネルの工事を同時に進めていたそうな。だから、こんなに早く繋がったのか。
で、その線路を使い、鉄道で王女殿下は来るという。なので、出迎えはデュバル中央駅でだ。
「そこからまず温泉街へ移動して、三日間滞在、その後は鉄道でブルカーノ島へ向かい、テーマパークを二日間、そこから船に乗り換えトイ、シモダ、アタミ、イトウを順繰りに回る……と」
「最終的に、一番気に入った場所で東へ行くまでの間、ご滞在いただく予定です」
なるほどなあ。
ちなみに、王女殿下はデュバルに来るまでは護衛がつくけれど、うちから先はデュバルが責任を持って警護する事になっているので、護衛も侍女も付かない。
今回王女殿下を連れていくところは公開している場所が殆どだけれど、それでも他国の人間には入ってほしくない場所とか、知られたくない情報とかもあるからさ。
警護に関しても身の回りに関しても、うちにはオケアニスがいるから問題ないんだ。彼女達、本当優秀だよなあ。
クーデンエール王女殿下がデュバルに到着したのは、まだ八月中の事。東への出発が九月の半ばを予定しているから、これから二週間ちょい、各地で滞在してもらう事になる。
まあ、長くいたかったら、東に行かなくてもいいしー。
「それが目的?」
つい本音を漏らしたら、リラに聞き返された。ただいま、デュバル中央駅のホームにて、王女殿下が乗ってくる列車を待っている最中。
ガルノバンからは、種々の問題から最速列車……つまり、山脈地下を走る高速鉄道でやってくる。
高速鉄道のホームは地下。地下を通ってくる列車だからね。
そして、今回の高速鉄道は、王女殿下とその護衛と侍女達だけが乗ってくる特別仕様。
ちゃんと出しましたよ、オーナー専用車両。さすがに王家専用のは出せないから、こちらで我慢してもらおう。
あれはオーゼリアの王族用に作った車両だからさ。
高速鉄道は、定刻にデュバル中央駅地下ホームに到着した。車両からは、まず護衛らしき人物……格好から、騎士団の一員かな? が下りてきて、周囲を警戒。
それから、車両の中に合図を送って、下りてきたのが侍女。それから、王女殿下が下りてきた。
記憶にある姿より、少し大人びたかな。こうして見ると、本当に母親似だね。あの時は栄養事情が悪かったのか、周囲の環境が悪すぎたのか、年より幼く見えたもんな。
「ご無沙汰致しております、クーデンエール王女殿下。デュバル侯爵、ローレル・レラにございます」
「久しぶりね。侯爵に陞爵した事、おめでとう。遅くなってしまったけれど」
「ありがとうございます」
ギンゼールから連れてきた騎士や侍女達は、何故かこちらを冷ややかな目で見ている。
いや、私じゃなく、王女殿下をか。お前ら、立場弁えろよ?
まあいい。どうせ彼等とはここでおさらばだ。
「では殿下、参りましょうか」
「ええ」
「ああ、あなた達はもう帰国していいわよ。ご苦労様」
「な!」
私の言葉に、一番年嵩の騎士が声を上げる。
「我々は! 王女殿下の護衛である!」
「そうね。だからここまで殿下を護ってくれたんでしょう? それについては先ほどご苦労様と労ったわ。これ以上の事は、ギンゼールの国王陛下にねだってちょうだい」
お前らは用済みだ、と言わんばかりに手を振った。煽った自覚はある。その証拠に、騎士達の顔色が赤く染まった。
侍女達は、眉をひそめて何やら仲間内で言い合っている。
「……侯爵閣下とはいえ、他国の方。王女殿下は我々ギンゼールの者の手でお護りする!」
「必要ないし、邪魔よ。これは、ガルノバンのアンドン陛下を通じて既にギンゼール国王と話がついてるの。とっとと国にお帰り」
「ふざける――」
言葉の途中で、年嵩の騎士が倒れた。ざわめくギンゼールの者達。
「これ以上騒ぐなら、全員眠らせて貨物車両に放り込むわよ? そのままギンゼールに送りつけられて、国王陛下に叱られたいの?」
虎の威を借るなんとやら。でも、ギンゼール国王の名を出して、やっと奴らは「もしかして、この状況ってヤバい?」と気づき始めたようだ。遅いよ。
「お前達、おとなしく国に帰りなさい」
「殿下!」
「それとも、国の誰かから私の命を狙うよう、依頼でもされたのかしら?」
「そのお言葉は、あんまりです!」
「そう? あなた達の視線からは、いつでも侮蔑の色が見えたわ。安心なさい、私はもうギンゼールに帰るつもりはないから」
「はあ!?」
応対していた騎士が驚きの声を上げる。いや、私もびっくりなんですが!?
デュバル中央駅から、温泉街駅までは、一両編成の可愛い列車で行く。
ギンゼールから王女殿下に付いてきた連中は、驚いているところをまとめて眠らせ、本当に貨物車に放り込んで送り出した。
通信機で、アンドン陛下にチクっておく事も忘れていない。
『はあ!? 何考えてやがんだあいつら!』
本当だよねー。今のギンゼールの安寧があるの、誰のおかげだと思ってるんだろう?
自慢じゃないが、あの内乱を潰したの、私だぞ? まあ、彼等も内乱を治めた真の功労者、催眠光線を体験出来たんだから、満足でしょう。
『この事は、俺の方からギンゼールに厳重注意を入れておく』
「よろしくー。あ、連中は催眠光線で眠らせた後、貨物列車でそっちに送り返したから。うまくギンゼールまで届けてください」
『あれか……わかった。こっちで適当にやっとくわ』
こういう時、アンドン陛下のノリのよさは助かるなあ。
携帯通信を切り、車両の先頭付近に座る王女殿下を後ろから見る。通信中は結界を張っているから、こちらの声は聞こえていない。
ここから見る限り、落ち込んでいる様子は見られないけれど、どうも人間不信に戻っているようだ。
ギンゼールが正常化したんだから、そのあたりはよくなるもんだと思うけれど、違ったっぽい。
でもまあ、あんなのが周囲にいちゃっちゃなー。
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