第658話 どれがいい?

 氷河ツアーの為に、量産型飛行機をだね。


「それは、東から帰ってからになるんじゃない? そうでないと、東にも書類が追いかけてくる事になるわよ?」

「嫌だああああああああ」


 という訳で、大変個人的な理由の元、氷河ツアーはお預けとなりました。


 他にもアンケート結果がよかった絶景はいくつかあったから、そっちを採用しておこう。


 中でもトリヨンサークの四つ連続する滝はなかなか見応えがある。映像だけでなく、旅行代理店のスタッフに実際に現地へ行ってもらい、経路や宿泊場所なんかを確認してきてもらおう。


 鉄道も、どこまで行けるか確認してきてほしいし、乗り心地もリサーチが必要かな。


 スタッフには、頑張っていただきたい。




 狩猟祭が無事終わり、季節は夏が終わろうとしている。


 いやあ、今年の狩猟祭は何の問題もなくてよかったです。


 新しい観客席による観覧も好評だし、何より天幕社交は参加する女性達にとっても負担が大きかったらしいよ。


 それがなくなり、社交とはいえ気の合う人達と楽しく観覧出来る今のスタイルは、大歓迎なんだってさ。


 私も、序列爵位関係なく、お義姉様やリナ様、リラ達と一緒に楽しんでいた。もちろん、リナ様とは狩猟祭女子の部でも楽しみましたとも。


 ロイド兄ちゃんがやたら張り切ってるなとは思ったけれど、特別枠としてツイーニア嬢を招待していたみたい。


 ツイーニア嬢も、自分が働くデュバルの隣領で行われる催し物だし、ペイロンとデュバルはがっつり協力体制にある。


 なによりお義姉様やリナ様達と一緒に過ごせるのが嬉しいらしい。見かけた時は終始笑顔だった。


 ちなみにこの特別枠、参加者なら事前申請すれば誰でも「お友達」を招待出来る。これは、割と前からの制度。


 ただし、女性の場合は天幕社交には参加出来ません。いや、多分参加したい人もいないとは思うけれど。あれは胃が痛くなる場だから。


 前置きが長くなったけれど、今回私が使う特別枠で、ヤールシオールを招待した。


 本当はミレーラやレフェルアも招待したかったんだけれど、二人共が仕事関連で抜けられない用事があってね。


 特にミレーラは、牧場の馬で骨折したのが出たらしく、その治療の付き添いと、骨折原因の究明で忙しいそう。


 レフェルアの方は、アンテナショップが私の想定以上に繁盛してしまい、その管理にてんてこ舞いなんだそうな。


「あそこも、そろそろ人員を増員した方がよろしいのではなくて?」


 狩猟祭が終わって気の抜けている私に、ヤールシオールが提案してくる。本日はヌオーヴォ館にて、東行きの支度の真っ最中です。


 それについても色々問いただしたい事がカストルにはあるのだが、まずは目の前のヤールシオール。


「人員増やすのはいいんだけれど、あそこ、結構手狭だよね?」

「いくつもの機能を詰め込んでおりますもの。いっその事、ツアーや温泉、鉄道関連は切り離して別の店舗にする事を提案致しますわ」


 だよねー。これに関しては、そろそろとは思ってたんだよなあ。


「王都に、いい場所ある?」

「いっそ、王都にも壁の外に駅を作ってはいかが?」

「王都に駅……ねえ」


 当初の予定では、ユルヴィルではなく王都そのものに鉄道の駅を作る予定だったんだ。首都に駅がないなんて……って思うし。


 でも、いきなり鉄道の駅舎を作るのも、列車を見せるのも混乱を招くかと思ってさー。日和った結果、ユルヴィルに中央ハブ駅の機能を持たせました。土地はあるから、倉庫とかもいくつも作れたし。


 ただ、やはり王都とそれなりに離れている事がネックでな。ツアー客からも、その辺りの要望は上がってきてる。


「こういう時に、王宮から何か要求があれば、見返りとしておねだり出来るんだけどなあ」

「……そんな事を言えるのも、ご当主様ならでは、ですわね」


 何故かヤールシオールに呆れたような事を言われたのだが。納得いかん。




 そして、そんな事を考える時に限って王宮からは何もない。いつもなら、頼んでいないのに呼び出しがあるのにー。


「これじゃ王都に駅を作れないじゃない」


 ヌオーヴォ館の執務室でダレていたら、リラから軽いお小言がきた。


「いや、普通に陛下にお願いしに行きなさいよ」

「えー? 何かしゃくー」

「しゃくとか言うな。不敬」


 ちぇー。


 内心舌打ちしていたら、執務室にカストルが入ってきた。


「失礼します……お邪魔でしたでしょうか?」

「邪魔じゃないけれど、私は君に聞きたい事があったんだ」

「何でございましょう?」

「何でまた新しい船造ったの?」


 そう、東に行くのが決まってから、また新しい船を造ったのだ、こいつは。


 そりゃ造船に関しちゃ船会社に任せてるよ? 発注も建造も好きにしてもらってる。船会社の予算内で造るから。


 とはいえ、うちで造る船って、めっちゃ低予算で造れるんだよな。素材はカストルが一人で用意するし、建造も人形遣い達が人の十倍以上のスピードで進めるから工期がめちゃくちゃ短いし。


 一番金が掛かるのは、内装に使うファブリックや家具なんかじゃなかろうか。それも、余所に発注する事はなく、デュバル領内で全て賄える。


 あれ? もしかしなくても、うちって凄い家だった?


「今更!? ねえ、今まで自覚なかったの!? 嘘でしょう!?」

「え……いや……」

「主様……さすがにこれは、私も言葉がございません」


 カストルまで!?


「いや、ええと……そう! 新しい船! 造る必要、あったのかって話!」

「露骨に話を逸らしたわね。でも、私もそれは気になるわ。どうなの? カストル」

「必要と判断致しました。今回同行されるのは、ガルノバンのアンドン国王陛下と、ギンゼールのクーデンエール王女殿下ですよね? お二人にも、最高の船旅を経験していただきたいとお思いにはなりませんか?」


 アンドン陛下は置いておいても、王女殿下には、そうだね。ちょっと今、微妙な立場に立たされている子だし。


 この東行きが、彼女にとっていい方向に変わる契機になればいいと思う。


 でも、それと新造船とは関係ないんじゃね?


「カストル、怒らないから正直に言おうか。新造船造ったの、単純に造りたいからじゃないの?」

「それだけではありません。新技術を搭載し、直前に造ったフォンゼベレーラ号をしのぐスピード、居住性、そして長い船旅を飽きさせない工夫と施設の数々。新造船キビルシローア号での船旅は、ラグジュアリーな時間をお約束いたします」

「どこのCMだ」


 怒らないとは言ったが、呆れないとは言っていない。とはいえ、フォンゼベレーラ号も少人数クルーズツアーの船になるというし、今度造ったキビルシローア号もそのうちクルーズ船に下げ渡す事になるでしょう。


 そういえば、フォンゼベレーラ号自体、私が自由に使える船として造ったんじゃなかったっけ?


 カストルを見ると、にこりと微笑まれた。故意犯だな。




 アンドン陛下とは通信で予定を打ち合わせている。


『じゃあ、出発は九月半ばになりそうなんだな?』

「そうですね。八月だと、ちょっと早い気がして」


 狩猟祭が終われば、実質私はいつ出発してもいい身だ。とはいえ、さすがに狩猟祭が終わりました、じゃあ東に行ってきます、はちょっと気が急いた印象を受ける。


 だからといって、十月まで引っ張ると、今度は王都でのお茶会三昧に引っ張り出されそうでな。


 ほら、去年もあった、顔見せとかプレとかですよ。


 ああいうのは、社交の一環とはいえ派閥内でのものだから、断りにくいんだよね。また、下手に断るとシーラ様に理由を問い詰められるし。


『なら、クーデンエールはその前にガルノバンに滞在させとく』

「途中で拾っていくのもありですよ? 港まで出向いてもらう事になりますが」

『んー。いや、今月中にでも、ガルノバンの方に来させるわ』


 何か、あったのかな? 画面の中のアンドン陛下をじっと見たら、ばつが悪そうに小声になる。


『その……姉上と一戦交えたみたいで……な』

「え」


 親子喧嘩か? と思ったら、王女殿下が鬱屈を口にしてしまい、その際に弟王子に対する誹謗が含まれていたそうな。


 で、姉君様がそれを叱った……と。アンドン陛下は言葉を濁したけれど、どうも生まれてこなきゃよかったとかそんな内容の事を言ってしまったらしい。


 そりゃ、あの姉君様でも怒るよ。ただ、それだけ王女殿下が追い詰められてる証拠でもあるのか。


 だから、早めにガルノバンに滞在させるって言うんだな。


「なら、出発まで王女殿下はオーゼリアに滞在なさるのはどうですか?」

『え?』

「オーゼリアが嫌なら、フロトマーロのシモダ、トイ、アタミ、イトウでもいいですし。あ、ブルカーノ島なら、水のテーマパークもあって楽しいですよ」


 そういや、アンドン陛下もプレオープンにはいたな。なら、あそこがどんな場所かは知ってるか。


『い、いいのか?』

「ええ。ただし、王女殿下だけです、アンドン陛下は前倒しでお仕事頑張ってください」

『え……そこは、保護者がいるだろうが』

「王女殿下、今おいくつですか? とうに成人なさってますよね? 保護者、必要なほどお子様でしたっけ?」


 画面の中のアンドン陛下が黙る。今の王女殿下には、知り合いが誰もいない環境も、必要なんじゃないかな。


「ともかく、いらっしゃるなら王女殿下単独で、です。駄目だと仰るなら、ガルノバンで滞在してもらえばいいかと」

『……わかった。さすがにこれは即答が出来ないので、ギンゼールと協議して、なるべく速く返事をする』

「色よいお返事を、お待ちしております」


 最後のアンドン陛下の苦笑は、どういう意味だろうね?


 ともかく、どうなるかはわからないけれど、どういう結果になってもいいように用意だけはしておこうか。


 あ、グラナダ島に招待するって手も、あったね。

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