第657話 お仕事のお話

 七月の私のバースデーが終わると、今度は狩猟祭。狩猟祭が終われば、とうとう東に向けて出発だ。


 今回は、船にちゃんと乗っていく。西行きのような状態にはならないらしいよ。


「そうは言っても、デュバルの船だからね……」


 何故かリラが遠い目になっている。大丈夫だよ、うちの船なら揺れないから船酔いはしないし。


 何せ、今回はギンゼールの王女殿下も乗るからね。


 現在、ヌオーヴォ館にて狩猟祭の準備中。今年の私のバースデーパーティーは、それなりに盛り上がったとだけ言っておく。


 いや、招待客が誰も彼も温泉街とクルーズツアーの事しか話題にしないってのもどうよ?


 いや、一応お祝いは言ってもらったけどさあ。


 愚痴ったら、リラからは冷めた言葉が返ってきた。


「逆に、うちの事業の話題を出してくれてありがたいじゃない。それだけ、話題になってるって事でしょ?」

「そう……なの、か?」

「貴族なんて、常に話題に飢えてる人達ばかりだもの。そういう人達が食いついているって事は、話題性抜群って事よ。このままブームが続いてくれる事を祈るわ」


 まあ、観光業も大事な仕事だからね。


 そんな本日は、狩猟祭の準備と並行して、カストルに頼んで撮りためてもらった、各地の絶景映像を確認する日。


 この為に、ヌオーヴォ館に新しい離れを作ったくらい。ええ、シアターです。


 映像を見る為の離れなんだけど、普通に芝居にも使えるので、ここで上演してみたい劇団を募集してみようかな。


 観客が少ないのがネックだね。


「いや……多分、応募は殺到すると思います……」

「何で敬語? てかリラ、顔色悪いよ」

「見える……殺到する応募に埋もれる自分の姿が見える……」


 おーい、しっかりしてー。


 とりあえず、劇団募集はまだ先だから。てか、予定も立ってないから安心しなさい。


 まずは映像を見ないと。


 絶景映像を見るのは、私とリラに加え、ルミラ夫人、ヤールシオール、ツイーニア嬢、シズナニルとキーセア、それにロイド兄ちゃんと他数名の男性。


 いや、ロイド兄ちゃん以外の人は、名前知らないんだよ。全員、ペイロンから来てるらしいんだけど。


「次期様が……あ、いや、ご当主様が、もう少しデュバルに人を送りたいって言ったらしくて……な」


 ロイド兄ちゃんが困ったような顔で笑う。なるほど、彼等は全員ペイロンの人間なのか。


 ただ、伯爵家の分家とかではなく、もうちょっと遠い家の人間らしい。だから私が顔だけは知ってるんだな。でも、名前は覚えてないよ。言ったらロイド兄ちゃんががっくり肩を落としたけれど。


 そんなロイド兄ちゃん、ツイーニア嬢とは雑談出来るくらいにはなったんだって。先は遠いな……


 思わず「頑張れ」と肩を叩いたら、苦い顔をされちゃった。


 手助けはしないよ。私が動くと、ツイーニア嬢が色々考えちゃうから。


 彼女には幸せになってほしいけれど、それは結婚しなきゃ得られないってものでもないと思うんだ。


 実際、ヤールシオールは独身に戻ったけれど、日々生き生きと仕事をしている。


 逆に、結婚したけれどプライベートも仕事も充実させてるジルベイラみたいなのもいるから、結婚するなとも言わない。


 ロイド兄ちゃんなら長く生きてくれる気はするが、世の中絶対はない。それでも、ルミラ夫人のように先に逝った旦那さんを今でも思ってる人もいる。


 それもまた、形は違うけれど幸せなのかもしれない。




 絶景映像は、それは素晴らしかった。会場中からも、「おお!」とか「凄い!」なんて声が聞こえてくる。


 特に映像に慣れていない人達は、ドローンの動きのある映像に驚いているようだ。


 高所から急降下して地面すれすれを飛ぶなんて、体験した事はないだろうし、見た事もないはず。


 そんな驚きに満ちた映像でも、しっかり絶景の善し悪しは見ていたようだ。


 今回の鑑賞会、最後にアンケートを記入してもらっている。一番人気の場所は、次回の鉄道ツアーの候補地になるのだ。


 現在、デュバルから鉄道で行ける国は三つ。隣国ガルノバン、その更に北にあるギンゼール、そしてそこから南西に抜けたトリヨンサークだ。


 まあ、今のところ行けない大国はヒュウガイツだけだね。あそこは今のところ旨味がないから、鉄道を伸ばす計画は立っていない。


 絶景か美味しいものがあれば別だけどねー。ただ、あそこだと小王国群を回った方が早いんだよなあ。


 ただし、小国群に鉄道を通すのは、うちでも困難と思われる。あそこ、常にどこかしらで戦争やってるから。懲りないよな、本当。


 小王国群で戦争をやっていないの、フロトマーロくらいじゃね? あそこはうちがてこ入れしているから、戦争なんぞさせないけれど。


「実は、怪しい気配がありました」

「え?」

「何の話?」


 シアターから執務室へ戻る最中、リラと並んで歩いていたら、後ろからカストルの声が。


「怪しいって、まさか……」

「レズヌンドではない、別の隣国に戦争を仕掛けようとしておりました」


 話が見えていないリラは、首を傾げている。


「え? 戦争? 何の話?」

「フロトマーロが、隣国へ攻め込もうとしていたんです」

「はあ!?」


 状況が把握出来た途端、リラが鬼のように怒りだした。


「何考えてんのよあの国! デュバルが力を貸さなきゃ明日にでも潰れるような国だったくせに!! カストル! あの国の上層部、全部入れ替えちゃいなさい!!」

「お、落ち着いてリラ!」


 リラには珍しく、激高状態だ。


「落ち着いてください、エヴリラ様。既に上層部には釘を刺してございます」

「あ、そうなんだ」

「はい。『次はない』と言ってありますので、問題ないかと」


 いい笑顔で言うカストルもカストルだよねえ。


 とはいえ、フロトマーロの上層部には、今一度自分達の立場を理解してもらおうか。


 余所に戦争仕掛けてる場合じゃねえぞ、まったく。




 アンケート結果一番の絶景はギンゼールに決まりましたー。大氷河を見に行く氷河ツアーになりそう。


 氷河があるのは、ギンゼールのちょうどど真ん中辺りに走る山脈。そこまで鉄道を伸ばし、そこから先は何か違う移動手段を考えようかと思う。


「氷河特急でも作るのかと思ったわ……」

「うーん、氷河なら、上から見たいと思わない?」

「上? 何、ヘリでも作るの?」

「いやあ、魔の森に行った時のあれ、量産出来ないかなーって」

「あれか……」


 重力制御をして空を飛ぶ、飛行機だ。搭乗人数が少ないし、大型化させる気がないので放置していたけれど、観光になら使ってもいいんじゃない?


 あれを戦争利用する気はさらさらないけれど。てか、うちで開発した技術は戦争利用させる気はありません。


 あの飛行機、オーゼリアを攻めるには向かないけれど、他の国なら十分有用なんだよな……


 何故オーゼリアには向かないかっていうと、あれは浮かぶ事に特化しているので、水平移動の速度が遅いんだよ。


 空飛ぶ遅い物体なんて、魔法士にとってはいい的でしかない。もちろん、飛行機のスピードアップもやろうと思えば出来ると思う。


 でも、やらない。


 私の意見に、リラが首を傾げた。


「大型化させてスピードも上げれば、輸送手段として使えるんじゃない?」

「デュバルとしては、必要ないよね? うち、移動陣を格安で使える家だから」

「あー……」


 わかったかね? 我が家で不要なものは、我が家で開発はしない。飛行機の重要な技術は、我が家とニエールで握っている。


 故に、飛行機が今より大型化し、素早くなる事はないのだよ。少なくとも、私が生きている限りは。


「空に浮かんでゆっくり水平移動するのなら、氷河を間近で見られていいツアーになると思わない?」

「……魔力で動くものなら、環境にも影響は出ないでしょうしね」


 そういう事。エンジンを使う訳じゃないから、熱は出ないし二酸化炭素も出ない。熱で氷河にダメージを与える事はないのだよ。


 という訳で、氷河ツアーは旅行代理店に組ませてみよう。いくらぐらいでツアーを販売するかも、考えてもらわないとね。

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