第656話 美味しいは正義!

 イズを出港した船は、順調にブルカーノ島を目指している。


「もう少し、いたかったな……」


 後ろ髪を引かれる思いというのは、こういう事を言うのか。


 それは私だけでなく、シーラ様達も同様のようだ。というか、そっちの方が重傷っぽい。


「離れがたいわね。いっそ、我が家も隠居してあそこに移住しようかしら」

「ユティ、気持ちはわかるけれど、もう少しいてもらわないと困るわ」

「わかっていてよ。こういう時は、身分と地位が鬱陶しいわねえ」


 ラビゼイ侯爵夫人とシーラ様は、すっかり元通りの関係……らしい。さすがにお二人の学院生時代なんて、知らないからさ。


 ただ、ネミ様やゾクバル侯爵夫人の言葉を借りるなら、そうなんだって。まあ、わだかまりがなくなるのはいい事なんだよ、きっと。




 ブルカーノ島から王都へ直接列車で戻り、皆で王都へ戻る。何故か、このまま王宮へ行って帰還の挨拶をするそうな。


 個人の旅行なのに、そんなの必要なんだ。


 ユルヴィルからの馬車の中、ついそんな事を愚痴ってしまった。同乗しているのは、リラだけだからね。


「個人の旅行とはいえ、行き先は上王陛下ご夫妻が住まう街でしょ? まあ、デュバルが用意した街だけど」

「つまり、王族のところに行ってたんだから、帰ったら報告しろよって事?」

「言い方。まあ、そういう事」


 なるほど。それなら納得だ。後は、陛下もご両親の話を聞きたいのかも。通信でいつでも話せるとはいえ、人の口から聞くのとはまた違うからね。


 王都に入った馬車は、王宮へと進む。五台の馬車が連なる様は、さすがの王都っ子でも目を見張る光景らしい。車窓から見える子供達の目がまん丸だ。


 シーラ様達はそれぞれの、コーニーもイエル卿とネドン伯爵家の馬車に乗っている。


 それぞれの王都邸には、通信機があるからブルカーノ島に到着した時点でユルヴィルへ馬車を用意しておくよう、各邸に伝えてあったんだ。


 そういえば、コーニー達の家は王都邸も領地の邸も使用人が使えなくて大変だったみたいだけど、もう大丈夫なのかな?


『新しく人を雇っています。それと、数人オケアニスを混ぜておきました』


 ああ、そうなんだ……


 ちなみに、ユーインとヴィル様は今回も騎乗で馬車の脇にいる。彼等にとっては、馬車より馬の方が楽なんだって。




 王宮に行って「無事帰ってきました」報告をしたら、さっさと帰ってきた。シーラ様達はまだ捕まっているみたい。今夜は王宮にお泊まりかもね。


 とはいえ、王家派閥の序列トップスリーの家ですからあ? 国王陛下と過ごすのも、また仕事の一つなのかもね。


 うちは序列四位ですしー。これ以上上がらないよう、気を付けたい所存です。


「あー、帰ってきたー」


 ルチルスに出迎えられ、旅装を解いて部屋着に着替える。時刻はもう遅い。王宮で報告がてら夕食を振る舞われたので、満腹状態。後は入浴して寝るだけだ。


 留守中にあった事の報告は、後でいい。緊急のものなら、通信を使って報せてきただろうしね。


 あれだけ楽しかったイズなのに、王都邸に戻ると何だかほっとするから不思議。やっぱり、あそこは私にとって「行く場所」なんだな。


 決して、「帰る場所」ではない。まあ、長く住めばまた違うのかもしれないけれど。




 イズ行きが終われば、本格的に東行きの準備が始まる。


「その前に、あんたのバースデーと狩猟祭です」

「はーい」


 リラ曰く、社交嫌いの私の為に、他の行事を極力少なくしているのだから、バースデーくらいしっかり愛想笑いしろ、との事。


「ドレスはもう注文してるから、今度仮縫いに行ってね」

「へーい」

「後は書類仕事が溜まってるから、頑張るように」


 うへえ。


 とはいえ、リゾートでリフレッシュ出来たから、少しは頑張る。書類仕事も、ずっとやってると気が滅入ってくるんだよー。


 やっぱり、緩急を付けるのは大事なんだよ。


「それはいいから、さっさとお仕事やる」


 はい。


 うちの事業はどこも順調だ。順調過ぎて、怖いくらい。どこかに落とし穴とかあるんじゃなかろうか。


「と思うんだが、どうだろう?」

「落とし穴があるとしたら、あんたの確認ミスじゃないかしら?」


 ぐは。


 だってー、しょうがないじゃーん。見返しとか確認とか大嫌いなんだよー。


「いっその事、確認用のネレイデスでも作ればいいのかな」

「はあ?」

「ここがおかしいですとか、数値が間違っていますとか教えてくれるの」

「あんたは……とことん、楽をしようという事しかないのか!」

「当たり前じゃない。有史以来、人間は楽をしたくて色々な発明をしてきたんだから」

「う……そう言われると、何も言い返せない……」


 はっはっは、たまには私も正論を言うのだよ。




 とりあえず、カストルに話を投げて、書類チェック用のネレイデス、もしくはムーサイの増産を頼んだ。


「書類チェックですと、ネレイデスで十分かと思います」

「じゃあ、それで」

「ですが、主様の書類仕事が全てなくなる訳ではありませんよ?」

「……そこは、口頭で報告してもらうようにする」

「……わかりました」


 何か言いたい事があるのなら、聞くよ? カストル。受け入れるかどうかは別の問題だけど。




 バースデーパーティーは、ヌオーヴォ館で行う。


「王都から客を招くんだから、王都邸でいい気がするんだが」

「ここに来てもらうのも、おもてなしの一環なのよ。招待客は、全員温泉街に宿泊してもらうから」


 なるほど。皆様、温泉が目当てでもあるのか。


「それに、温泉街周辺に作ったアクティビティ、好評なのよ。あれ目当てのリピーターもいるくらいに」


 そういえば、どこぞのパーティー……だか何だかで、そんな話を聞いた気がする。


 何にしても、好評なのはいい事だ。




 ただ、もてなし側はそうも言っていられない。特に、うちの総料理長。


 今回は特に、西の食材を多く取り入れてもらう事になっている。


 という訳で、本日はヌオーヴォ館にて主要メンバーによる試食会が開かれている。


 ゲンエッダ産の小麦、茶葉、リッダベール大公領のレンカン、モークワイヤー。それとフロトマーロ近海の魚介類。


 エビに関しては、ゲンエッダ近海、ブラテラダ近海、タリオイン帝国近海、そしてフロトマーロ近海で採れる種類が違い、味も違う。


「という訳で、魚介に関してはこのエビの食べ比べをぜひ入れたいと思います」


 そんな総料理長自慢のエビ料理は、焼きエビ、エビフライ、シュリンプカクテル、エビチリ、寄せ揚げ、エビシュウマイ。エビつくしー。


「どれもおいしいいいいい」

「ご当主様に気に入っていただけて、嬉しい限りです」


 こんだけ美味しければ、言う事なし。


 ちなみに、タリオイン帝国近海のエビは甘みが強いので、さっと素揚げするだけでも美味しいらしい。


 甘みの強いエビ……


「甘エビ?」


 思わず、リラと声が重なった。


「甘エビなら、ぜひ生で!」


 リラにしては珍しく、主張するなあ。でも。


「いや、こっちの魚介、生でいけるの?」

「いけるんじゃない?」

「寄生虫とか、大丈夫かね?」

「あ」


 あれ、食べるとめちゃくちゃ痛くて苦しいって聞くよ? 最悪は死ぬんじゃなかったっけ?


「あ、あんたの魔法で、寄生虫を駆逐して!!」

「そこまでして食べたいか!?」

「食べたい!!」


 そ、そっすか……


 リラの勢いに負けて、タリオイン帝国近海のエビは、生での試食が決まりました。


「こちらで、危ない要素がないようしっかり下処理をしておきます」

「よろしく、カストル」


 リラも、十分食いしん坊ではないのかね?




 試食会は無事終了。どれも美味しかったので、通常メニューに取り入れるよう総料理長に頼んでおいた。


 パーティー用の料理は、それはそれでメニューを考案してくれるらしい。


 今回の試食は、「こんな食材をこんな形で調理しますよ。いかがですか?」というものだったらしい。いや、どれも最高っす。


 ちょっとだけ、バースデーパーティーが楽しみになったわ。

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