第655話 リゾート最高
イズでは、時間の流れまで余所とは違うようだ。ゆったりと、穏やかな空間がそこにある。
「あー……まったりしすぎて、帰りたくなくなるー……」
「気持ちはわかるけれど、駄目だからね」
リラの声にも、いつもの力がない。彼女も、ここののんびりムードに染まっているのだろう。
「確かに、いいところよね、ここ。何があるって訳でもないんだけれど」
コーニーも、イズが気に入ったらしい。そうなんだよねー。何もないのが逆にいいって感じ。
本来のリゾートって、こんな風に「何もしない」を楽しむものだって、聞いた事があるな。
日本人的感覚だと、つい観光とか買い物とか考えちゃうけれど。
ただ、このまったりムードに染まらない人もいる。
「はっはっは、やはり体を動かすのはいいな!」
伯爵だ。気のせいか、体から湯気があがっているように見える。
何でも、イズに来てから毎日欠かさず筋トレしてるんだってさ。ペイロンでも、そんな姿見た事ないのに。
でも、おかげで伯爵を見た時に感じた違和感に気付いた。あの人、体が一回り大きくなってるよ! どんだけやってるんだ、筋トレ。
で、旦那連中はその筋トレに巻き込まれているらしい。夕食の時に合流したイエル卿が涙目だ。
「もう、本当に勘弁してほしいよ!」
ただ、泣き言を言っているのはイエル卿だけらしい。
「あの程度、大した事はないだろうに」
「大した事あるよ! ペイロンの脳筋に染まったヴィルには理解出来ないんだ!!」
「私にとっても、いい訓練だったが」
「お前もこいつと一緒だよ! ユーイン!」
あらー。ちらりとコーニーを見ると、我関せずとばかりに食事に集中している。いや、そこで半べそかいてるの、あなたの旦那なんだけど。
「どうかした? レラ」
「……イエル卿、放っておいていいの?」
「うん、文句を言ってるうちは大丈夫よ。ああして口に出して、色々発散してるから」
ああ、そうなんだ。さすが夫婦、よくわかってらっしゃる。
ちなみに、夕食の席は大人組とは別。一緒の時もあるけれど、別の時の方が多い。
ネミ様が「若い人達は若い人同士の方がいいでしょう」と、こういう形にしてくれたそうだ。
まあこの建物、食堂だけで十はあるからね。
その大人組は毎日何をしているかと言えば、上王陛下と一緒に釣りを中心に、毎日外に出ているそうだ。健康的だねえ。
かく言う私達も、昼間は街中を散歩している。今日は滝に沿って山の上まで遊歩道を上ってきた。楽しかったわー。
遊歩道はきちんと整備されていて、山の斜面を登るのもスロープや幅が広く段差が低い階段を上っていく。
それなりに疲れるけれど、一気に足に来たりはしない。隠れスロープもばっちり整備したので、階段を上りたくなければそちらを使っても問題なし。
何より、今回のイズ行きでは書類が追いかけてこない! 最高だ!
イズにはビーチは作っていない。そういう用途で作った街じゃないからね。
でも、泳ぐ場所はある。
「ひゃっほー!」
港に近い高台に作った、プールがそれ。魔法で殺菌や洗浄やらしているので、いつでも入れる。
ここを管理している専門のネレイデスもいるそうな。いつの間に……
まあいい。イズはこの時期既に暑いので、頭や体を冷やすにはもってこいだ。
プールで泳ぐもよし、プールサイドで日光浴をするもよし。私は大きな浮き輪でのんびり浮かんでいる。さっきまでは、飛び込み台から飛び込んでたんだけどねー。
プールは全部で五つ。中央に大きなのがあって、がっつり泳ぐ用に競泳タイプのプールと飛び込み用のプール、それに子供用と波が出るプール。
流れるプールも作った方がよかったかね?
「今からでも作りますか?」
にこやかに聞いてくるのは、一緒にプールに入ってるヘレネ。この子、見た目はゆるふわな可愛い系美人なんだけど、やる事はカストル並にエグい。
「作るとしたら、別の場所にね」
「はあい」
簡単に引き下がるのは、ヘレネのいいところ。ただし、気を抜いているとまた提案してくるけれどね。
リラはプールサイドで日光浴をしながらお昼寝、コーニーは波の出るプールではしゃいでいる。
ここ、街全体に結界を張っていて、過度な紫外線が入り込まないように調整してあるんだ。なので、日に当たって寝ていても、焼きすぎないですむ。
もっとも、焼きすぎたら回復魔法を使うけどなー。魔法って、本当に便利。
親世代は親世代で楽しんでいるらしい。偶に街中ですれ違うんだけど、ネミ様含めた四人で楽しそうにしている。
おかげでこちらに「付き合いなさい」という話はこないから、大変ありがたい。
サンド様達も、三人で何やらあれこれやっているらしい。伯爵は子世代の旦那を巻き込んでいるので数に入れてないよー。
いや、本当にサンド様達って、何やってるんだろうね? 聞きたい気もするけれど、聞いたら巻き込まれそうな予感があるので絶対首は突っ込まない。
軽い服装で、鳥の声を聞きながら過ごす日々。港までいけば、波の音も聞き放題だ。ああ、何て素晴らしいリゾートの日々。
普段は世代別で過ごすけれど、一週間に一回は夕食を共にする。
「お姉様から聞いたのだけれど、レラは西の大陸でも大活躍だったのですって?」
「ぐふっ!」
いきなりそれですか? ネミ様。またしても、ワインが変なところに入りそうだったよ。
「それに、今度は東に行くんですってね。また何を仕出かすのか、今から楽しみにしているわ」
「待ってください、仕出かすの前提ですか!?」
「あら、じゃあこの場で聞いてみましょうか? レラが東でやらかさないと思う方は手を挙げてー」
……何故! 誰も手を挙げない!? ユーインまでなんて、酷いよ! 隣で睨み付けたら、さすがにばつが悪くなったようだ。
「その……すまない」
謝るユーインの向こうから、コーニーがチャチャを入れてくる。
「レラ、ユーイン様に当たるのはよしなさい。レラがやらかしてばかりなのが悪いんだから」
「や、やらかそうと思ってやらかした訳じゃないやい!」
どうして、ここで笑いが起きるのか。
ひとしきり笑ったネミ様が、笑顔を浮かべる。
「まあ、東に行ったら何か美味しいものを見つけるんでしょう? 交易品になりそうなものがあったら、いくつか見繕ってらっしゃいな」
「……そうします」
ネミ様にも、食いしん坊キャラと思われているらしい。ちょっとへこむ。
どよんとしていたら、ネミ様の声の調子が変わった。
「今回は使節団ではなく、表向きは個人での渡航でしょう? 気楽ではあるだろうけれど、国の支えがないのだから、気を付けて行ってらっしゃい」
「はい」
こういうところが、王妃様だった人なんだなあと思わせるよね。さすがの貫禄というか、積んできたものが違うというか。
楽しかったイズでの滞在も、今日が最終日。昼と夜、食事は全員で取る事になった。
昼はテラスで海の幸を、夜は高台に用意した場でバーベキュー。といっても、自分達で焼くのではなく、全てオケアニスが支度してくれたけれど。
楽なのはいいが、何かちょっと違うような。いや、贅沢な話だね。
バーベキューは肉あり魚介あり野菜あり。野菜も、何も付けなくても食べられるほど味が濃かった。おいしい。
「こういうのもいいわねえ」
「狩猟祭で取り入れてもらいましょうか」
ラビゼイ侯爵夫人とシーラ様が、バーベキューを前に何やら言ってる。
「お兄様、どうかしら?」
「それはルイ達に言ってくれ」
「あら、通信でちょっとルイに言ってくれればいいのに」
「私はもう隠居した身だ。これからのペイロンは、ルイ夫婦が引っ張っていくよ」
伯爵は、ルイ兄達に期待もしているんだろうけれど、邪魔をしたくないんだろうね。
それはシーラ様にも伝わったようで。
「そう……そうね。王都に戻ったら、早速ルイに連絡を入れておきましょう」
「……お手柔らかに、な」
シーラ様の勢いに、伯爵が苦笑している。ペイロンで、よく見かけた風景だ。
これも、もうイズでしか見られないんだな。やっぱり、ちょっと寂しい。
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