第654話 改めて言われると……ねえ?

 街の中をトコトコ走ったカートは、とうとう一番奥にある邸宅に到着した。


 邸宅っていうか、宮殿? まあ、王都の王宮を見慣れた人ばかりだから、このサイズでも驚きはしないけれど。


「まあ、素敵なところね」

「これならば、お二人もご満足してらっしゃるのではなくて?」


 ラビゼイ侯爵夫人もゾクバル侯爵夫人も、おっとりと微笑み合う。


「毎日、楽しく過ごしているわ」

「それはようございました」


 ネミ様の言葉に、ゾクバル侯爵夫人が笑みを浮かべる。シーラ様もラビゼイ侯爵夫人も笑顔だ。


「さあ、ケンドも待っているよ。中に入ろう」


 上王陛下の一声に、私達は玄関から中に入った。そういえば、ここって建築途中には視察に来た事があるけれど、完成してからは映像でしか見た事なかったな。


 元は前世のとある宮殿をモデルに作ったんだけど、建造途中であれこれ要素を足していったら、モデルの建物からは大分離れちゃったんだよなあ。


 でも、奥に伸びる人工の滝と水路はそのままだ。あれ、水路の脇の遊歩道を辿っていくと、山の上まで行けるんだぜ。いい運動になりそう。


 建物に入り、通された部屋には前ペイロン伯爵ケンド卿がいた。


「伯爵!」

「おお、皆。そうか、今日が到着の日か」

「はっはっは、だから私達が港まで出迎えに行ったんだよ」

「それならそうと、声を掛けてくださいよ」

「うん、ケンドは何やら忙しそうだったからねえ」


 伯爵、何やってたんですか?


 見ると、伯爵が着ているのは随分ラフな服だ。伯爵だけでなく、上王ご夫妻も、王都にいた頃より軽い服装である。


 これらの服は、マダムの店やうちの縫製部と提携した店舗があるので、そこで購入可能。しかも、お値段は大分お安い。


 ここにいるのって、上王ご夫妻と伯爵だけだからね。これからまた人数が増えるかもしれないけれど、その時はその時だ。




 まだ日が高い時間帯なので、一度用意された部屋へと向かい、着替えてから昼食をという事になった。


 ちなみに、ここでの食事を提供しているのは、うちの総料理長に弟子入りしたネレイデス三人である。補佐はオケアニス達。


 客室は二階に用意されていて、部屋からも滝が見渡せる。いやあ、これ作って本当によかった。


「完成形は見ていなかったが、雄大だな」


 ユーインも、そんな事をぽつりと漏らす。建築途中の姿は、視察の時に見たもんね。あれがこうなるのですよ。


 海岸付近で海水を取り込み、地下部分で真水に変換。その水を地下のパイプを通して山の下まで送り、そこで貯水槽に貯める。


 そこからポンプで山の上へ送水し、そこから流しているのだ。いやあ、魔法技術万歳。


 海水を真水化する過程で出てくる塩などは、有効利用しております。人間、塩がないと生きて行けないからね。


 近隣のイズ、シモダ、トイなどで使うだけでなく、フロトマーロ国内や、隣接する国にも安価で卸しているのだ。


 海沿いの国だと、塩はいくらでも手に入るけれど、少し内陸になると輸送経路の治安が悪い為、塩の値段は簡単に高騰する。


 でも、うちならそこらの襲撃なんぞものともしないからねー。逆に襲ってきた連中は全員捕まえて、どこぞの地下で働かせている。


 いやあ、治安もよくなるし、労働力も手に入るしで一石二鳥かな。


 そういえば、地下の工事現場には結構な人数を送り込んでるはずなのに、まだ人手不足なんだね。


『理由をご説明しますか?』


 いや、いいです。何かろくでもない理由が出て来そうだから。




 昼食の席は、リゾートらしく大変ラフな感じになっております。


「この服、軽くていいわねえ」

「こういう場でないと、着られないけれど」

「そうね。オーゼリアでも、もう少し軽いものが着られるといいのだけれど。そうは思わなくて? シーラ」

「そうね。では、帰国したら、王妃陛下にご相談しましょうか」

「その場には、絶対呼んでちょうだい」


 ラビゼイ侯爵夫人、意気込みが凄い。確かに、普段着ているドレスや部屋着より、軽くて楽だもんな、今着ているワンピース。


 ジッパーを採用しているので、脱ぎ着も楽です。ボタンもスナップボタンだし。子供っぽいと言うなかれ。楽は全てにおいて優先されるのだよ。


 そして、何よりも下着が違う。今着ているワンピースなら、コルセットがいらないからね。ブラは着用していますが、それだけ。


 軽くて便利。デュバルでは少し前から採用しているけれど、さすがに王都やかしこまった場では無理だからなあ。


「それにしても、お二人ともお元気そうで安堵いたしました」

「本当に」

「いやだわ、二人共。ここではもっと気楽に接してちょうだい。それこそ、学院生だった頃のように」


 ラビゼイ侯爵夫人とゾクバル侯爵夫人の言葉を受けて、ネミ様が笑う。学院生時代ねえ。


 その頃に端を発した仲違いを、船の中で修復した方達がいましたっけ。


「そういえばシーラ、西はどうだった?」

「ええ、そうね。相変わらず、レラがあれこれやらかしていたわ」


 ブッフウウウウウウ! 飲んでたワイン、吹きだした!


「レラ、汚いぞ」

「いや、ごほっごほっ! だって、げほっ」


 伯爵が酷い。変なところに入ったせいで、苦しいのにー。咳き込む私の背を、慌てたようにユーインが撫でる。


「やらかすのはいつもの事として、何をやったんだ?」

「そうねえ。一国の瘴気を浄化したり、そのついでに国境付近の不穏な動きを封じたり、別の国では港街に巣くっていた違法な金貸しからお嬢さんを救ったり、内陸では瘴気で呪い殺されかけていた当主を救ったり、また違う国で帝位の入れ替えを行ったり、更に別の国では瘴気の元を完全浄化して新たな王を冊立したり。ああ、私達が長く滞在した国では、王宮を襲撃した者達を捕縛して、その者達を送り込んだ国との戦争を勝利に導いたわね。それと、もらった小島を元に大きな島も造ってたわ。後は、何だったかしら?」

「……敗戦国の腐敗した貴族達も、血祭りに上げましたね。後、三国を繋ぐ運河の建設をしている最中です」


 シーラ様が西の大陸であたしがやった事を上げていき、最後はリラに確認、リラもリッダベール大公領での事や運河の事を付け加えた。


 てか、改めて聞くと、我ながら本当に色々やってるね!


 食堂では、皆の視線が私に集中する。


「相変わらずねえ。まあ、でもその結果、西の国々が安定したのなら、いいのではなくて?」

「そうですね。デュバル侯爵は、基本的に優しい方ですから」

「それにしても、西も色々と問題を抱えた国が多かったのかな?」

「そんな面白そうな事があるんだったら、俺も行けばよかった」


 言いたい放題なんですが。反論出来ないいいいいいい。




 昼食後は、部屋を移動してまったりくつろぎタイム。親世代は親世代同士、子世代は子世代同士で部屋が別れた。


 私達が通されたのは、一階の庭に面した部屋。大きな窓からたっぷり入る日差しや、明るい壁や床の色でリゾート感満載だ。


 その部屋の窓際の一人掛けの椅子に埋もれるように座っている。


「何でここまで来てあれこれ言われないといけないんだろう……」

「それだけ色々やらかしていると自覚なさい」

「リラの言うとおりね。ところでレラ、東の大陸にも行くんですってね?」


 おうふ。ここで話が出るのか。船の中では出なかったのに。


「コーニーも一緒に行く?」

「もちろんよ」


 ちらりとイエル卿の方を見ると、ユーイン達と何やら小声でやり取りしている。何話してるんだか。


「とりあえず、ガルノバンのアンドン陛下と、ギンゼールのクーデンエール王女殿下が同行するつもりらしいよ」

「アンドン陛下はまだわかるけれど、ギンゼールの王女殿下? また何で?」


 そうだよねー。コーニーも不思議に思うよねー。


「耳に入った情報を元に推測した内容なんだけど」


 そう前置きをして、クーデンエール王女殿下が置かれた立場をつらつらと説明する。


「つまり、クーデンエール王女は、現在ギンゼールで身の置き所がないって事?」

「そこまでかどうかはわからないけれど、本人はそう思い込んでる可能性が高いんじゃないかなーって」

「じゃあ、東の大陸行きは、ある意味逃避行のようなもの?」

「確実に帰るのが決まってる逃避行だけどね」


 一時的とはいえ、環境を変えるのはいい事なのかもしれない。警護に関しては、うちにはリラがいるので彼女に合わせたものを王女にも適用すれば問題ないでしょ。


 後は、東の大陸で何も起こらない事を祈っておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る