第653話 イズ行き

 海を行く船のデッキには、潮風が吹いている。ああ、海っていいなあ。


「海なし県人の言葉だわ」


 一人で悦に入ってただけなのに。リラが横からチャチャを入れてくる。


「うっさいな! どうせ海なしでしたよ。内陸でしたよ。それがどうした」

「別にー」


 潮風にさらされたくなかったら、船の中にいればいいのに。




 現在、新造船フォンゼベレーラ号にてイズへ向かっている真っ最中。船内では、アスプザット侯爵夫妻、ゾクバル侯爵夫妻、ラビゼイ侯爵夫妻がくつろいでいる。


 加えて、ヴィル様とリラのゾーセノット伯爵家、コーニーとイエル卿のネドン伯爵家、そしてユーインと私のデュバル侯爵家が同行していた。


 デッキから船内に戻ると、サロンで侯爵家の奥様方がおしゃべりに興じている。近寄らないようにしておこうっと。


「あら、レラ。逃げないでちょっとこちらにいらっしゃい」


 シーラ様に見つかったー。仕方ないので、すごすごと三人の側にいく。リラが逃げだそうとしていたから、その腕をがっしりと掴んでおいた。


 睨んでくるけれど、気にしない。地獄へ道連れだぜ。いや、地獄っていうのは言い過ぎかもしれないけれど。


 でも、あまり居心地のよさそうなおしゃべりの場ではないんだよねー。


「それにしても、まあ、デュバルの船は相変わらず素晴らしいわねえ」

「本当に。居心地がよすぎて困ってしまいそう」


 ラビゼイ侯爵夫人とソクバル侯爵夫人に褒められたけど、笑顔が引きつりそうです。


「そうそう、小耳に挟んだのだけれど、今度は東に行くのですって?」


 おうふ。どこから聞いたんですかラビゼイ侯爵夫人。いや、別に秘密にしている訳じゃないから、どこからか漏れたんだろうけれど。


「ラビゼイ侯爵夫人」


 シーラ様の声に、咎める色が滲んでいる。でも、言われたラビゼイ侯爵夫人の方はどこ吹く風だ。


「シーラ、そろそろ昔の呼び名に戻してもいいのではなくて?」

「……愛称で呼ぶなと言ったのは、あなたなのだけれど?」

「……それについては、悪かったと思っているわ。でも、あんなのは学生時代の戯言ではないの」

「そうかしら」

「大体、私は随分前からシーラと呼んでいますよ」


 おやー? 何だか、おかしな方向に話が進んでいるのだけれど?


 でも、ここで首を突っ込むほど野暮ではないから、おとなしくしておきます、はい。


「お二人とも、お若い方達の前ですよ」


 ゾクバル侯爵夫人の言葉に、二人はちょっとばつが悪そうだ。いや、さすがは「あの」ゾクバル侯爵の夫人。シーラ様達の仲裁をするなんて。


 私は怖くて出来ません。




 その日の夜、リラ、コーニーと一緒に夜の女子会。


「ああ……ラビゼイ侯爵夫人と、お母様ね」

「コーニーは、何か知ってるの?」

「というか、レラが知らないって事の方がびっくりなんだけど」


 えええええ。コーニーの言葉に、リラは軽く頷いている。


「この人、基本興味のない事には近寄りませんし、覚えてませんから」


 リラが酷い。てかコーニー、何でそこで納得してるのよ。


「レラの事は置いておいて、お母様とラビゼイ侯爵夫人の話だったわね。二人は学院で同学年だったってのは、知ってる?」

「うん、ついこの間聞いた」

「どうも、学生時代に一人の男子学生を巡って二人が喧嘩したんですって」

「ええええええ!?」


 待って。シーラ様って、サンド様と婚約したのは大分若い……というか、子供の頃って話じゃなかった?


 え……じゃあ、ラビゼイ侯爵夫人とどこぞの家の男子を取り合ったって――


「言っておくけれど、恋愛沙汰じゃないわよ?」

「そうなの?」


 なーんだ。コーニーが言うには、騎士爵家の男子未来に関して、言い合いになったそうな。


 シーラ様は彼の剣の腕を高く評価し、ペイロンに仕えるよう勧めた。ラビゼイ侯爵夫人は、彼の立ち回りのうまさを評価し、自身の家の騎士団に入らないかと勧誘したそうだ。なるほど、そういう事か。


「で、散々言い合ったのに決着が付かず、そうこうしている間にその男子学生は騎士団への入団試験を経て、銀燐騎士団に入団してしまったそうよ」


 実家が騎士爵家という事もあり、幼い頃から騎士……特に王宮警護の銀燐騎士団に憧れていたそうだ。


 まあ、金獅子に入るには騎士爵家だと身分が足りないもんな。


「結果的にはどちらの希望も通らなかった形なんだけれど、お母様達に関しては、騎士爵家の彼の行く末が決まった時点で交流は断たれたんですって」

「あれ? でも、狩猟祭とかだと普通におしゃべりとかしてるよね?」

「そりゃあ、二人共いい大人ですもの。学生時代の因縁を持ち出して絶縁、なんて出来る訳ないじゃない。ただでさえ、お互いに大きな家の奥方になっちゃってるんだから」


 確かに。アスプザットも大きい家だけれど、ラビゼイ侯爵家も十分大きな家だ。しかも、同じ王家派閥の序列一位と三位。


 シーラ様もラビゼイ侯爵夫人も、婚家の序列を持ち出すような人ではないし、どちらかと言えば、序列が高い家なのだから派閥の為に動くのは当然という考えの人達だ。


 だから、腹の中で何を考えていても、派閥の為に表向きはいい関係でいられるよう配慮していたという事かな。


 私の意見に、コーニーは苦笑している。


「というより、そういう建前の元、表立って仲直りはしていないけれど、何となく元の関係に戻してしまいましょうっていう考えに思えるわ」


 あ、そっちか。


「でも、ここにきて、ラビゼイ侯爵夫人の方から歩み寄りが見られた訳よね。そして、そういう機会を台無しにするお母様じゃないわ」

「じゃあ、二人の仲は今まで以上に親密になる?」

「どうかしらね。でも、この先もいい関係が続けていけるのではないかしら」


 まあ、いい結果になるのなら、それはそれでいいんじゃないかねえ。




 翌日の朝食の席で、お互いを「シーラ」「ユティ」と呼び合うお二人がいましたとさ。


 いや、私達だけでなく、サンド様達旦那様達も目が点なんですが。


「……レラ、昨日、何があったか知っているかい?」

「ええと……そういう事は、ご本人にご確認ください」

「むう」


 いや、ここで私が言うような事じゃありませんて。一応、コーニーから聞いて裏は理解してるけどさ。


 サンド様とは対照的に、ラビゼイ侯爵はニコニコだ。


「いやあ、ユティが幸せそうでいい事だよ」


 この人にとっては、夫人が幸せな事が一番なんだろうな。まあ、それはそれで夫婦円満の秘訣かも。




 イズには無事到着。何と、到着時間ぴったりに上王陛下ご夫妻が港まで出迎えてくれましたよ。


「やあ、久しぶりだね」

「いらっしゃい。ようこそ」


 にこやかなお二人の顔を見て、ちょっと背筋が伸びたのは内緒だ。


 港からお二人の住まいまでは、魔力カートで行く。


「これが、港までの往復で便利でねえ」

「あなたったら、少しは歩きませんと、足が萎えてしまうわよ」

「ははは、そうだな」


 いや、用意したカートを使い倒してくれてるようで、いい事だと思いますー。


 カートは連結式。一番前の車両に上王陛下ご夫妻、私、シーラ様、ラビゼイ侯爵夫人、ゾクバル侯爵夫人。二両目にサンド様、ゾクバル侯爵、ラビゼイ侯爵、ユーイン、ヴィル様、イエル卿。最後の車両に、リラとコーニー。


 旦那連中とリラ、コーニーは逃げた。というか、一応建前としては「身分順に」との事。


 いや、あんたら普段身分なんて関係ねえとばかりにあれこれ動いてますよねえ? ただの言い訳で、この車両に乗りたくなかっただけだよねえ!?


 私をスケープゴートにして! この恨み、忘れないからな!!




 街中を通るコースを選んだようで、トコトコと走るカートでちょっとした市内観光だ。


「まあ、本当に綺麗な街ねえ」

「日差しが眩しいですわ」


 ラビゼイ侯爵夫人もゾクバル侯爵夫人も、周囲の街並みに興味津々だ。


「レラ、遠くに見えるあれは、滝?」

「そうです。人工のものですけれど」


 シーラ様は、奥に見える山から流れる滝に注目したらしい。あの山も人工物だと知ったら、どんな顔をするだろう。


 山に見えるけれど、中身はまったくの別物だ。生えている植物などは、本物だけどね。


 山の中身は企業秘密です。いや、あの中に貯水槽やポンプなんかが入ってるってだけなんだけど。


 そのうち山の中を走り回るコースターを……いや、冗談です。


 でも、一から作る街を丸ごと遊園地ってのも、楽しそうだよなあ。ブルカーノ島のテーマパークは、水に特化してるからそれ以外で。


 あ、魔法のテーマパークとか、どうだろう。うちらしくて、楽しそうじゃね?

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