第662話 行く理由
結果……説得は無理でしたー。当然だよねわかってた!
「当たり前でしょう? 犯罪者を地下に送るのは、普段あんたがやってる事じゃないの。何をそんなに嫌がるのか、こっちが不思議に思うくらいだわ」
「だってええええ。あの隷属術式には嫌な感じしかないんだもん」
そう、嫌なのはあの隷属術式を使う事であって、犯罪者を地下工事現場へ送る事に関しては、何のためらいもない。
私にとって、あの隷属術式は呪いと同じなんだよ……
私の話を聞いたリラは、考え込んだ。
「気持ちはわかるけれど」
「でしょ!?」
「でも、それならなおの事、呪いを掛けて魔力持ちになってもらわなきゃ」
「え」
「連中は、何としても魔力持ちになりたかったんでしょ? その為に、何の罪もない、余所の大陸の女の子を連れ去ろうとしていたのよ? もしかしたら、既に連れ去られた子もいるかもしれない。そんな、人を平気で道具か何かのように扱う連中は、自分達こそが道具として使い潰されればいいのよ」
リラは、笑顔で怖い事を言ってくる。彼女は、他者に力ずくで理不尽を強いる存在を強く憎む傾向があった。
それは、実家の父親や兄弟がそうだったからかも。特に女性を虐げる男を、蛇蝎のごとく嫌っている。
この辺りは、うちで働いている女性達の境遇も、関係しているかもね。結婚に失敗した女性のほぼ全てが、夫側の問題行動が離婚の原因だったから。
もうじき行く東大陸の情報は、ポルックスが豊富に持っていた。
「しばらく住んでいたからねー」
明るく言う彼だけれど、カストルに言わせると「きつい場に立ち会う事が多かった」んだとか。
彼等は今でこそ独立した個性を持っているけれど、うちに来る前はお互いの境界が曖昧だったらしい。
だから、カストルの知識はポルックスに、ポルックスの体験はカストルにそのまま送られていたんだとか。
その体験の中に、同行した奴隷達の子孫、彼等を看取るものがいくつもあったという。
それは、東大陸で流行った病が原因だったり、事故に巻き込まれたり。大抵の死因は老衰だったそうだけど、見送る事に変わりはない。
そんな状況にあっても、周辺国家の情報は集めていたらしい。
「もう、癖のようなものでさ」
そう笑いながら、ポルックスは大きな地図を広げる。東大陸……カイルナ大陸の地図は、何だかヨーロッパを思わせる。
腕を曲げたような形の土地で、拳部分の土地が腕部分より大きくなっているのも特徴的だ。
この拳の部分がハヴァーン、前腕の部分がスッターニーゼ、肘周辺がヒーテシェン、二の腕部分がユントリード。
ハヴァーン、スッターニーゼ、ヒーテシェンは王国、最後のユントリードはカイルナ大陸唯一の共和国だそうな。
で、ポルックスが元奴隷の人達と一緒に暮らしたのがこのユントリードで、あのベクルーザ商会発祥の地も、ここ。
「ついでに言うと、古代遺跡が一番多いのも、ユントリードだね」
何とまあ。でも、遺跡が多い国だから、あの商会が生まれたと言われても、納得出来そう。
それだけ、余所の国より魔法に触れる機会が多かったのだろうし。
「こちらから行くと、最初に入る国はやっぱりハヴァーン?」
位置的に微妙だけど、一番西よりの場所だ。
私の問いに、ポルックスは指先を顎に付けて視線を上に向ける。
「んー、船で奥まで行っちゃえば、ユントリードに入れますよー」
あ、そっか。
「ただ、この内海状態の海は岩礁が多いから、大型船は中々通りづらいんですけど」
「駄目じゃん」
岩礁だらけとか、船が座礁するよ。何危ない航路を提案してるんだ。
あ、でも外側ならいいのか?
「外側は、大型の海洋生物がうじゃうじゃいますよー?」
「何!? もしかして、海の魔物!?」
「どうしてそこで目を輝かせるかなあ。まあ、主様だししょうがないかー」
何人を残念なものを見るような目で見るのかな? 後でお仕置きするよ?
結局、色々面倒な事も多いという謎な理由から、岩礁だらけの内側の海を航行する事が決まった。
「岩礁だらけといっても、うちの船なら削って移動出来るし、何より岩礁を避けて航行出来るし」
「なら、最初からそう言いなさいよ」
というか、うちの船って一体……岩礁を削って進む船なんて、聞いた事ないよ。
「えー? デュバルの船が普通じゃないなんて、今更じゃん?」
「ポルックスは後でお仕置き決定」
「ええええええええ!?」
「決定。カストル、よろしく」
「お任せ下さい」
「ちょちょちょちょ! カストルも! 何いい返事してんの!!」
諦めろ。君は普段の態度が態度だからね。
「主様、それはそれとして、ユントリードに先に行くのは、正しい選択だと思います」
「……そうだね」
ポルックスといた人達。私が、画面越しとはいえ隷属魔法を解呪した。あの時の姿は、脳裏に焼き付いている。
ご先祖様もそのお友達も、こんなに長く彼等の血族を苦しめる事になるなんて、わかっていてやった訳じゃない。
でも、結果的に彼等を苦しめた。だから、私はその末裔として謝罪しにいく。彼等が、生きているうちに。
詳細な地図や、向こうへ行ってからの移動ルートなど、いくつか事前に決めておく事は全て決まった。
そうそう、旧ゼマスアンドにちょっかいを掛けた国は、ユントリードとヒーテシェンの間にある小国で、ここにも遺跡がいくつかある。
そして、政治形態も共和制だ。つまり、この国の上層部を丸っと入れ替えた訳だね。
この国は、ユントリードとも付き合いがあるザレアギー。遺跡から銃が発掘されているので、一度見にいく事になるだろう。
銃に関しては、同行するアンドン陛下が大分ピリピリしているしね。
それと、ゲンエッダから魔力持ちの女子を攫っていた国。これも小国で、ザレアギーの隣にあるダシアイッド。
ザレアギー同様ヒーテシェンとユントリードに挟まれた小国で、元はヒーテシェンの一地方だったそう。
山がちの土地で、ヒーテシェンで内乱が起こった際、どさくさに紛れて独立した後、共和制国家になった……らしい。
「その小国が、どうして魔力持ちに興味を持ったのやら」
「小国だからでしょ」
私のぼやきに、リラが返す。
「小国だから、周囲の大国と渡り合えるだけの武力を欲したんじゃない? ただ、そこで一足飛びに魔力に頼るのは、ちょっと理解出来ないけれど」
リラの言いたいこともわかる。普通、武力っていったら武器や兵士の数だよね。
そこをすっ飛ばして、何故魔力持ちを探すようになったのか。何か原因があると思うんだけど。
「大方、あのろくでもない商会が吹き込んだんじゃない?」
「いや、そんなまさか……」
リラが吐き捨てるように言った言葉を否定したけれど、言った私自身、自分の言葉に納得出来ていない。
確かに、あの連中ならやりそうなんだよなあ……でも、それならどうしてオーゼリアが狙われなかった……って。
「あああああああああああ!!」
「な、何!? 急に!」
「じ、人身売買! ノルイン男爵の!!」
「え?」
リラにうまく伝わっていない。私も思いついた事を繋げられていないから、思うように説明出来ない!
二人でパニックになっていたら、カストルが助け船を出してくれた。
「ノルイン男爵の人身売買といいますと、未だ見つかっていない、国外に売られた者達の事ですか?」
「そう! オーゼリアは、余所の国より魔力持ちが多い国! そこの国民なら、多かれ少なかれ魔力を持ってる可能性がある!」
「オーゼリア国民なら、魔力持ちの子が生まれる可能性も、ある訳か……」
そういう事。となると、もしかしたら、ダシアイッドにオーゼリアから売られた人達がいるかもしれない!
「……今更だけど、デュバルの領民が狙われなかったのは、運がよかったとしか言えないわね」
リラの言葉に、無言で頷いた。
それに、ユントリードにいる人達の素性がバレないで、本当によかったよ。バレていたら、確実に狙われていたと思うから。
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