第635話 着せ替えしましょ
平和だ。ここしばらくなかったくらいに平和で穏やかな時間を過ごしている。
「順調すぎて、逆に怖い」
「やめて。あんたがそういう事を言うと、本当にろくでもない事が起きそうだわ」
失礼じゃないかね? リラ。私が災いを呼び込んでるみたいに聞こえるよ。
夏の狩猟祭が終わると、来年の舞踏会シーズンまで大きなイベントはない。だからこその、このゆったりした時間なのかも。
ただまあ、親族関係では嬉しいニュースがありますが。
兄夫婦に、娘誕生! ちっちゃくってすっごく可愛い!
名前はグイジーネ・ヤーシル。愛称はジニだって。女の子だから、可愛いものや綺麗なものをたくさん贈りたいってリストアップしていたら、リラとヤールシオールに止められた。
「一挙に贈るのは、感心しませんわよ、ご当主様」
「いきなり山ほど物が贈られたら、向こうも大変でしょ? 少しは考えなさい」
ちぇー。仕方ないので、可愛いベビー服とぬいぐるみ、布製のおもちゃを贈っておいた。
もう少し大きくなったら、木製のおままごとセットとか贈ろうかな、それと、着せ替え人形。
こっちって、人形はいわゆるビスクドールのようなものしかないんだよね。もっと小型の着せ替え人形、作ろうかな。ハウスとセットで。
あ、そうしたらハウスに置く家具とかもミニチュアで作ろうか。それと、着せ替えのドレスは種類を豊富に――
「また、ろくでもない事を考えてるわね?」
リラに睨まれた。
「ろくでもない事じゃないよ! 女の子向けのおもちゃだよ! 姪っ子の為に、着せ替え人形とハウスと着せ替え用のドレスを――」
「〇カちゃん人形か!」
さすがリラ。一発でわかったか。
わからないのはヤールシオールだ。
「何ですの? その……何とかちゃん人形というのは」
「これくらいの大きさの人形でね。髪型や服を取り替えて楽しむ事が出来るの。で、この人形が住んでいるって設定の家もあってね。こう、建物を一部切り取ったような形で」
「人形と言えば、抱き人形かミルクのみ人形くらいしか知りませんわねえ。本当に、ご当主様ってどこからそういう事を考えつくのかしら」
前世の記憶でーす。さすがに言えないけれどね。
考えてみたら、この世界は女の子向けのおもちゃが少ない。抱き人形くらいじゃないかな。ぬいぐるみすらなかったっていうから、相当だ。
だからか、ゴン助のぬいぐるみは結構なヒット商品である。熊のぬいぐるみなんて、定番商品だろうに。
男の子には、木馬とか乗って楽しむおもちゃが多い。後は、木製の剣とか盾とかが人気だってさ。
「という訳で、女の子向けのおもちゃも、もう少しあっていいと思います」
「確かに、そうですわね。今までですと、おもちゃは作り手が男性ですから、女児向けを考えつかなかったというところがあるかもしれませんわ」
そうなんだよね。人形師ですら男性ばかりだよ。オーゼリアの女子達って、子供の頃は何をして遊んでいたのやら。
「兄や幼馴染みと外で遊んでいた記憶しかないわね」
「私は抱き人形を持っていた事しか覚えておりませんわ。それも、着せ替える事なんて出来ませんでしたし」
そうなんだ。ヤールシオールの家は商売をしていて裕福だったそうだから、人形の数は多かったらしい。
「ご当主様は、何をして遊んでらしたのかしら」
「私? 私は……魔法を覚えたり」
「それ、遊び?」
「魔の森で魔物を狩ったり」
「……エヴリラ様じゃありませんけれど、それは遊びとは言わないのではありませんこと?」
あれええええ?
どうにもまともではない子供時代を送っていたらしき私だけれど、着せ替え人形のアイデアは通りそうだ。
「大きさは少し大きめにして、関節は球体で。着せ替えのドレスは本格的なものにいたしましょう」
ヤールシオールがさっさと決めていく。本当は手に乗るくらいの大きさにするはずだったのに、大人の指先から肘くらいの大きさになりそう。
それは、着せ替え人形というよりフィギュアでは?
「普通の抱き人形は少女を模しておりますけれど、着せ替え人形の方は少し年齢を上げるのですよね?」
「そう。女の子が憧れるような姿にする」
「それですと、学院生でも上級生くらいですかしら」
「まあ、大体十七、八くらいかなー」
あまり子供の人形にすると、着せ替え用のドレスの幅が狭まるから。社交界デビューをしている設定なら、夜会用や舞踏会用のドレスも作れる。
「……ドレス、マダムに協力を頼めないかな」
「マダム・トワモエル? 高くなるんじゃない? あくまで、着せ替え人形は子供のおもちゃなんでしょう?」
リラの言は正しいんだけど、多分、これは大きなお友達も巻き込めると思う。
「人形と同じドレスを、持ち主のあなたにも、というのはどう?」
「人形と」
「同じ」
リラとヤールシオールが、お互いに顔を見合わせている。
確か、前世でもあったはず。人形とお揃いコーデ。
「人形って、他のおもちゃとかに比べると入れ込み度合いが上がる品なのよ。そして、人形愛好家は絶対にいる。愛好家は、金に糸目を付けない」
リラはまだしも、ヤールシオールは半信半疑といったところか。
マニアってね、本当にどこでも何にでもいるのよ。こんなものにまで? って驚くようなマニアがいるんだから。
そして、彼等彼女等は好きなものにはとことんお金を掛ける。それが裕福な人間だったら、天井知らずだ。
万人に受けなくても、そういった層に受ければ採算は取れると思うんだよねー。
着せ替え人形販売計画は、何とポルックスを巻き込んで大きくなっていった。
「……何でポルックス?」
「どうも、オケアニスのメイド服を作った辺りから、服作りに目覚めたんですって」
「ポルックスが?」
「そう」
意外。でも、今もヤールシオールと楽しそうに人形の衣装について話し合ってる。
「オケアニス達の制服ねえ。それを、持ち主も着るというの?」
「そこは自分のところのメイド達に着せるんだよ。後、メイド服にはちょっと仕掛けを施してー」
「えええええ!? これ、どうなってるの!?」
ポルックスが、人形の背中を弄った途端、人形が着ていたメイド服が変形した! そりゃヤールシオールも驚くよ。
離れた場所から見ている私も驚いた。
「何あれ」
「いや、私も何が何だかさっぱり……ポルックス! まさかと思うけれど、オケアニス達の制服にも、そのギミックを使ってるんじゃ……」
「えー? もちろん搭載済みですよー、エヴリラ様」
「いい笑顔で何て事言ってんの!!」
いや、本当。何勝手に変形機構とか入れてんのよ。しかも布の服に!
つか、そんなものどうやって搭載したんだ? 純粋に、技術として興味がある。
という訳でポルックス、どうやったかを説明しなさい。
「ええと、素材そのものがちょっと特殊でしてー。流す魔力で伸縮率が変わるんですよ。その特性を生かして、スカート丈を短くしたり、リボンの形を変えたりしてまーす」
「形状記憶加工かよ」
あれは熱や圧力を使うから違うけれど、でも近い考え方なのか……な?
「ご当主様。技術的な事よりも、問題なのはこのスカートの丈の短さですわ。実際のメイドにこんなハレンチなスカートを履かせたら、大問題ですわよ」
ヤールシオールの言い分には頷ける。オーゼリアでは、女性は足を見せてはいけないのだ。足先くらいは許されるけれど、足首から上は駄目。
水着を着て泳いでる時点で、いいも悪いもないもんだけどな。
とはいえ、水着はビーチ限定だ。邸の中とはいえ、日常空間でさらけ出すのはどうよ。
「ええと、変形するのは人形の衣装だけ……ってのは、駄目なの?」
「駄目ですよ! メイド服はこの絶対領域が命なのに!」
「ポルックス、ちょっと黙ってようか」
よく見たら、メイド衣装を着た試作品人形、ニーハイ履いてるよ……
ガーターを使っていないだけマシ……なの、か?
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