第634話 新しい狩猟祭

 私のバースデーパーティーが終わると、あっという間に狩猟祭だ。そういえば、去年はルイ兄の結婚が決まって、ツーアキャスナ様がシーラ様について学んでいたっけ。


 優秀な人だから、多分すぐにペイロンの奥様として、活動出来るようになるんだろうな。


 そして、今年の狩猟祭にはもう一つ、イベントがある。ルイ兄の襲爵だ。


 それはつまり、伯爵の引退であって……


「レラ? どうした?」

「え? ああ……何でもない」


 ちょっとぼんやりしていたらしい。出迎えに来てくれたルイ兄に声を掛けられて、我に返る。


 現在、狩猟祭準備の為に、デュバルからペイロンに到着したところ。メンバーは私とリラ、ユーインとヴィル様だ。


 デュバルペイロン間も早めに鉄道を通したから、移動が楽でいい。


 駅は領都であるチェノアンの外れに作っている。ここから宿泊先であるスワニール館までは、馬車。


 そのうち、自動運転のカートを導入出来ればなあと思ってる。


 自動運転に関しては、分室で研究中。ポルックスが関わってるそうだから、割と早めに実現化するかもね。




 スワニール館は、相変わらずこの時期は忙しない空気が漂っている。招待客の世話を、一手に引き受けるからね。


 招待されていない人達は、チェノアンにある宿屋などに滞在する。それも、ルイ兄の悩みの種だそうだ。


「どういう事だ?」

「年々、狩猟祭目当てで来る観光客が増えていってるんだ……」


 ヴィル様からの問いに、ルイ兄がげんなりと答える。観光客が増えるのは、領としてはいい事では? 稼ぎ時じゃない。


 でも、ルイ兄の悩みは別にあった。


「チェノアンで収容出来る人数を超えてきてる……」

「ああ」


 思わず、皆で納得してしまった。チェノアンは古い街だから、壁で囲まれている。魔の森から距離があるとはいえ、ペイロンの領都だからね。


 で、この壁のせいで拡張工事がしづらい。つまり、新しい建物を建てる余裕がないって事。


 さすがに余所から来る客……この場合、貴族限定だけど、彼等を壁の外に作る建物に滞在させる訳にもいかないんだろう。


 いくら招待されていないからって、扱いが悪いと怒り出しかねない。本当、面倒くさいよな、貴族って。


「移動宿泊所を出して、臨時にそちらに滞在するようにしたら?」

「それでも、壁の外になるだろう? 嫌がる人の方が多そうで」


 なるほどなあ。問題の根っこは、壁の外か内かってところか。


 ……ん? 今、何か頭をよぎったぞ? 何だ?


 壁、外、人、滞在……あ。


「なら、壁の外、自然の中で過ごす特別空間とか銘打って、グランピング会場を作っちゃえば?」

「ぐらんぴんぐ? ……って、何だ?」


 そっか。こっちにそんな言葉はないんだった。


「ええと、自然の中で過ごす特別体験とかいって、テントで寝泊まりするの。ただし、そのテントは豪勢にして、決して不自由はさせないように。水回りもきちんと調えてね。その辺りは、研究所が腐るほどノウハウを持ってるはずだから。で、大きめテントで優雅で贅沢な時間を、とか宣伝すれば、新しもの好きな人達が引っかかるかも。実際、うちでは登山鉄道の途中駅の周辺でやったら、結構な人数が参加したよ?」


 しかも、半数以上がリピーターですよ。そのリピーターがまた新たな顧客を連れてきて、会場は常に満員状態だそうですよ。


 私の説明に、ルイ兄も何やら考え込んでいる。宿屋問題、大変だもんね。




 あれこれ話していたら、あっという間にスワニール館に到着。チェノアンって、こんなに小さな街だったんだな……


 子供の頃は、うんと広い場所に感じたのに。


 スワニール館では、部屋割りが以前と変わっていた。最上階であるのは変わらないんだけど、真反対に移った感じ。


 当主の部屋を背に、右側の棒部分にある部屋だったのが、今年からは左側の棒の部分に変更になった。


 右側には、アスプザット侯爵夫妻とゾクバル侯爵夫妻が入る。序列一位と、当主夫人の実家だね。


 ちなみに、ロクス様は右側だけど、ヴィル様は左側。私達と同じ並びだ。親子でも、別の家を興したからかな。


 そして、今年はチェリも参加だ。彼女の腕の中には、まだちっちゃな子が。


「大きくなったねえ」

「ええ、もう抱き上げてると腕や腰が痛くて」


 ずっしりと重くなったそうな。それだけ成長してるって事だね。




 狩猟祭、今年から色々と変わる部分が多いらしい。何と、天幕社交がなくなりました!


 その話を聞いたのは、スワニール館に到着した日の夕食時。夕食の席にいるのは、ルイ兄とリラ、ヴィル様、ユーイン、私の五人だけ。


 ツーアキャスナ様はゾクバル侯爵夫妻が早めにスワニール館入りしているので、そちらと一緒にいるらしい。


「いきなりそんな大きな変更を加えて、大丈夫なの?」


 長く続く伝統行事のあれこれを変更するのは、大変な事なんじゃないのかな。


 私からの質問に、ルイ兄はあっけらかんと答える。


「その辺りは、アスプザットとゾクバル両家が根回ししてくれてるよ。特に天幕社交は女性の世界だろう? ただ、あれを面倒とか鬱陶しいと感じている人は、少なくなかったみたいだな」


 どうも、根回しは凄く順調に進んだそうな。あー……毎年、何かしらで問題起こってたもんなあ。


 それに、天幕で席が決められていると、社交といっても自由に出来ないし。決められた家との付き合いだけになりかねない。


 昔はそれでもよかったんだろうけれど、今は爵位が下でも勢いのある家との付き合いを望む人達が多いっていうし。そうなると、天幕社交は古い形式だから、やりづらいんだろう。


 天幕社交がなくなったのなら、女性達はどうするのか。実は、スタンド席を全日解放して、そこで狩猟をスクリーンで観覧しつつ楽しんでもらおうという事になったらしい。


 これも、技術の進歩のおかげかね。




 スタンド席も、それなり序列やら家格やらで座る場所は決まってしまう。でも、上位の家から招かれれば、その限りではない。


 こういう辺りが、天幕社交とは違うんだろうなあ。


 そういう私は、シーラ様、ラビゼイ侯爵家のヘユテリア夫人、ゾクバル侯爵家のユザレナ夫人のいる場所に、リラと一緒に呼ばれています。怖。


「あなたたちにはぜひ! 西での話を聞きたいと思っていたのよ!」

「西の大陸では、ご活躍だったのですってね」


 あれかー。いや、西の大陸の話といっても、私が関わったのは割と生臭い話ばかりなんだが。


 それを、いくら狩猟祭とはいえ女性に話していいものか?


「それに、上王陛下ご夫妻がお過ごしの街の話もね。何でも、とても美しい街だと聞いたわよ」


 ヘユテリア夫人、お耳の早い事で。てか、誰から聞いたんですかねえ? ああ、ネミ様ご本人からですかそうですか。


 通信機、ラビゼイ侯爵家も持ってるもんね!


「イズもいいですけれど、私はシモダが気になりますわ」


 ユザレナ夫人も、ゾクバル家にある通信機で誰かから聞いたんですかねえ?


「ええと、イズの方は現在、定期便はありません。必要に応じて、船を出している形ですね。シモダの方は、近々クルーズ船の寄港地にする予定です」

「まあ、ではイズへ行くには船を用立てなくてはならないのね。デュバル女侯爵、あなたに頼めばいいのかしら?」

「その前に、上王陛下ご夫妻に滞在の許可を得てください、ヘユテリア夫人。あの街は、実質お二人にお譲りしたようなものですから」

「シモダへ向かうクルーズ船の予約は、もう始まっているのかしら?」

「そちらの方は、現在調整中です、ユザレナ夫人」


 クルーズ船、順調そうだなあ。


「そうそう、島にあるあの面白い場所も、また行きたいわ。ぱらでぃぞ……何だったかしら」

「パラディーゾ・アクアティコですね。ご予約、お待ちしております、ヘユテリア夫人」


 パラディーゾ・アクアティコのプレオープンには、ゾクバル、ラビゼイ両侯爵家も招待したからね。


 あそこも、予約は順調に埋まってるっていうし。いい事だ。


 狩猟祭では、他の家の人からもクルーズ船やテーマパークの事を聞かれる事が多かった。皆様、興味津々ですねえ。


 意外……というほどでもないのかな、テーマパークの方は、子供連れだけでなく、年配のご夫婦も興味を示されていた。


 てっきり、ああいった年のご夫婦はクルーズ船に興味を示すかと思ったんだけどね。


 まあ、テーマパークは全年齢対象ですから。これまたいい事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る