第633話 豊富な手札を持つ事はいい事だ

 オーゼリアに戻って数日。とうとうブルカーノ島に作った水のテーマパーク、パラディーゾ・アクアティコの開園日となった。


 今日はいわゆるプレオープン。招待客だけが入れる日である。ちょっとしたオープニングセレモニーも開催するんだけど、天気がよくてよかった。


 今は、壇上でテーマパークの園長に就任したムーサイの一人メルポメネがスピーチ中だ。


 これまでは同じムーサイのタレイアの下で船会社に勤務していたんだけれど、後進に任せてこちらに注力してもらう事になった。


「てっきり、あそこであんたもスピーチするんだと思ってたわ」


 関係者席に並んで座るリラが、そんな事を呟く。


「そんな面倒な事、する訳ない」

「ああ……」


 何でそんな呆れたような声を出すかなあ。




 招待客の数はそれなりだけれど、パークが広いからか混雑しているイメージはない。


 今は私もリラと一緒にパーク内を歩いている。


「おーい!」


 少し前から、声が掛かった。大きく手を振っているのは……


「アンドン陛下、何でいるんですか?」


 招待した覚え、ないよ?


 じろりと見たら、ちょっとばつが悪そうな顔をしている。


「いやあ、面白そうなものがあるっていうからさ」

「コアド公爵ご夫妻に、誘われたんです」


 アンドン陛下の隣にいる正妃様が、苦笑しつつ教えてくれた。


 なるほど。さすがのコアド公爵でも、隣国の国王夫妻を無下には出来ないわな。


「で、そのコアド公爵ご夫妻は?」

「令嬢と一緒に、バンビエリアに行ったぞ」


 バンビエリアとは、主に六歳以下の子供の為のエリア。水辺なのに、何故バンビかと聞かれたら、子鹿だからとしか言いようがない。


 六歳以下だと、乗れるアトラクションに制限があるから、小さい子でも楽しめる刺激の少ない乗り物や、親子で楽しめるショーを用意している。


 子供向けのショーだと侮るなかれ。大人が見ても楽しめるように工夫されてるので、見応えは抜群なのだ。


 何せ、魔法を使って空中を水中のように見せかけたりしてるからね。幻影魔法の無駄遣いここに極まれり。


 いいんだよ。平和利用と思えば。




 ジェットコースターは三種類。スピード重視のものから、乗っている時間が長いもの、途中物語形式で色々な画面が見られるものなど様々だ。


 水辺のショーは、魔法を多用して迫力満点に作っている。ここでも幻影魔法は大活躍だ。


 海に面しているので、海中を見る事が出来る潜水艇もある。事故には十分留意しているから、万一の為の安全マージンはしっかり取った。


 潜水艇に乗る際に貸し出すライフジャケットには、結界と同時に浮遊の術式が発動するようになっていて、万が一潜水艇が沈んだ時にも安全に脱出可能になっている。


 そして今のところ一番人気は、海上をワイヤーだけで渡るジップライン。


 高所から砂浜まで一気に渡るからか、長蛇の列が出来ている。これ、運用を少し考えないと駄目だな。


 プレオープンは、そういう面を洗い出すのにも効果的だ。カストルには、パーク内のあちこちに設置した盗聴器……んん、お客様の生の声を聞く為の手段を使い、不満点を洗い出すように伝えてある。


 パークにはまだ余裕があるので、これからまた新しいアトラクションを増やしていこうと思ってる。


 こういうのを考えている時が、一番楽しいよねえ。




 プレオープンは大成功……としていいだろう。パークに隣接したホテルでは、ちょっとした立食パーティーが催されている。


 当然、出席者は全て招待客だ。彼等はこのホテルに一泊し、明日帰る。うまい事、リピーターになってくれ。


 ホテルには女性客用にエステサロンもある。海辺だからタラソテラピーを導入し、「心も体も美しく」が基本コンセプト。


 うちのエステって、回復魔法を併用してるんだよねー。健康こそ美への大事な一歩。皆さん、気付いていないだけで色々と抱え込んでいるから。


 ここに来た時くらい、日常を忘れ、開放感を味わっていただきたい。


 ん? 温泉街の時も、似たような事、考えなかったっけ? ……まあ、いっか。癒やしの場が多くあるのは、いい事だ。多分。




 パラディーゾ・アクアティコは、隣接するホテルの収用人員数しか入場券を売らない事にした。日帰り出来る距離じゃないからね。


 この先、ホテルの予約数や入場者数に応じて、ホテルを建て増す事は考えておく。


「何なら、ブルカーノ島の沖に小島をもう一つ作って、そこにホテルを建設する事も可能ですし」


 ホテル島かい。そこからパラディーゾ・アクアティコまで行き来出来る専用線を作るのもありだという話。海の上を走る列車か。それもいいかも。


 ともかく、テーマパークも無事動き出した。後はうまくいってくれる事を祈るばかり。




 久しぶりにヌオーヴォ館に来る。


「だというのに、執務室で仕事漬けとか……」

「当然です」


 酷くね? リラは監視役のように側で見張っているし。逃げないのになあ。


 色々書類を片付けていくと、ネオヴェネチアの報告書があった。


「お、こっちも順調そうだねえ」

「今のところ、客足は衰えていないそうよ」

「まあ、まだオープンして間がないからね。これが五年十年先まで人気が続けば、本物かな」


 オープン当初は人の多さや混雑で混乱も見られたそうだけど、一月も経たずに解消されたという。


 これもひとえにコード卿……甘い物大好きな、元アーカー子爵領代官の彼の手腕だろう。今更だけど、彼を引き抜いておいてよかった。


 そういえば、リッダベール大公領からモークワイヤー種のリンゴとレンカンを輸入する事が決まっているんだけど、それぞれ二箱ずつ個人で買ってきたんだよなー。


 あれ、シャーティの店に試作用として渡そうと思ってたんだけど、コード卿も試食会に招こうか。


 彼なら、きっとレンカンのソルベもモークワイヤー種のアップルパイも気に入ってくれると思うんだ。


 レンカンは他にもジュレやシロップ漬け、モークワイヤー種のリンゴもアップルクランブルやアップルタルトに出来そう。楽しみ。




 ヌオーヴォ館か王都邸で書類仕事をし、たまに断り切れない夜会やお茶会に出席する。


 そんな事を繰り返していたら、あっという間に私のバースデーパーティー当日になった。


「疲れた……」

「パーティーが始まる前から疲れないで。本番はこれからよ」


 リラに注意されたけれど、仕方ないじゃん。朝から風呂に放り込まれて上から下まで洗われて、その後もマッサージだ着付けだセットだ化粧だとあれこれやられたんだから。


 で、今は着付けが終わってスツールに座ってる。これから会場であるヌオーヴォ館のエントランスで招待客をお出迎えだ。


「あんたの場合、招待しても忙しさから余所のパーティーにあまり出席しないんだし、こういう時でもないとコネを作れないって人達も多いのよ」


 だから、招待客が増えるし、招待客が連れてきた「お友達」の数も凄い事になっているそうな。


「料理、間に合うかね?」

「料理も酒もスイーツも、余るほど用意してるから問題ないわ。余ったら、使用人達や近隣の人達に施しとして分け与えるから心配しないように」


 フードロスは、社会問題だからね。そうでなくとも、料理長達が丹精込めて作ってくれたおいしい料理を捨てるなんて事、あっちゃいけない。


 誰の口にでも、美味しく入ってくれればいいや。




 招待客は、見慣れた方達以外にも、初めましての人も多かった。何で?


「だから、新しく繋ぎを作りたい人達が、自分のコネを最大限生かして来てるのよ」

「……うちと付き合うメリットって、何?」


 ごめん、素でわかんない。私に聞かれたリラは、一瞬「何言ってんだこいつ」って顔をしたけれど、エントランスで出迎え中だと気付き、すぐに表情を取り繕った。


「付き合いがあると、色々と融通してもらえるでしょ? クルーズ船とか、リゾートとか、国外から仕入れるあれこれとか」

「そんな忖度、した事あったっけかな……」

「あんたがした覚えがなくとも、向こうが期待しているのはそういうところよ。それに、付き合う家の幅が広がる事は、デュバルにとっても悪い事じゃないわ」


 そうか。伝手って、何に使えるかわからないもんな。使える札は、数や種類が多い方が有利になる事が多い。


 なら、この招待客の多さも、受け入れましょう。

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