第632話 楽しいお仕事

 隣国とはいえ、いきなり王族が来ていいものかと思ったけれど、何やらオーゼリアとガルノバンとの間には、協定が結ばれたんだとか。


「その協定では、お互いの国の高官に関しては出入国手続きを緩和するって事になってる」

「うわあ……」


 レオール陛下、よく呑んだなそんなの。


 私がドン引きしてる目の前で、アンドン陛下は大変いい笑顔だ。


「これでいつでも温泉街に行けるってもんだ」

「まさか、それが目当て?」

「それもある」


 って事は他にも……あ。


「クルーズか!」

「ご名答。いやあ、あんな面白そうな事やるんなら、こっちにもちゃんと報せてくれよお。おかげでかみさんに突き上げ食らったじゃねえか」


 知るかよ。何でうちで立ち上げる事業の事を、他国の王族に報せなきゃならんのじゃ。


「とりあえず、温泉街の予約が出来るデスクでクルーズ船の予約も出来るようにはするから」

「おう! ありがとよ。でだな、クルーズ船が出る港、うちの港に出来ないか?」

「無理でーす。列車を使ってブルカーノ島まで来てくださーい。国内のお客様も皆さんそうしてまーす」

「ぐぬぬ……まあいいか。それも含めて旅行の醍醐味と思ってもらおう」


 そうそう。船の旅だけでなく、列車の旅も楽しめるんだから、文句言うなってね。


「そういや、王都の近くに面白い街を作ったんだってな? 何でも、ヴェネチアを真似た街だっけか?」

「名前もそのまんま、ネオヴェネチアだよ」

「パクりかよ」


 パクりだよ。それが何か? 他にもアマルフィとか色々パクった街があるよ。でもここは異世界。文句言える人間なんて、いないからいいんだい。


 他にも、ガルノバンの国王らしいあれこれの話があった。中でも、ガルノバンとデュバルを繋ぐ高速線の開発要請は大きい。


「高速鉄道……ねえ」

「今の登山鉄道もいいんだけどよ。スピード重視する連中もそれなりにいるんだ。特に、貨物の場合いちいち山の上を通す必要、ないだろう?」


 それは確かに。一応、以前断念したアイデアはあるんだよねえ。


「……山のうんと地下を走らせる鉄道は、ちょっと考えている」

「ほう」


 デュバルとガルノバンの間にある山には、硬い岩盤層があるので、それをぶち抜くのが面倒だったんだよねえ。


 でも、あちこちで土木工事をしてきた結果、色々なノウハウを蓄積し、岩盤層をぶち抜く事が出来るようになった。道具もそれなり揃ったというのもある。


 だから、今ならトンネルを掘って、そこに高速線を通す事も、出来るっちゃあ出来るんだ。


 ただ、採算が取れるのかどうかってのがネックだったんだけど……


「高速線は、当然ながら貨物でも運賃は高くなりますよ?」

「しょうがねえ。安く運びたいものは、今まで通り船を使わせるさ」


 ガルノバンとの貿易では、うちの鉄道だけでなく、昔ながらの船を使ったものもある。


 もっとも、数年前からそちらでも扱う荷の量が増えたそうで、港を持つフォシギ子爵領は、今空前絶後の好景気に沸いているんだとか。


 もちろん、子爵領から王都までの運搬には、我がデュバルの鉄道が使われている。という訳で、フォシギ領からの路線は貨物が順調だ。


 それでも、スピード重視で持ち込みたい荷がある。生鮮食品かな?


「ちなみに、高速鉄道で何を運びたいんですか?」

「一番は人だ。二番は果物だな。これは、デュバルから我が国へになる」


 ほほう。


「うちでも、果物は出荷していますよ。いかがです?」

「お、マジか。その辺りは、うちのかみさんを通してくれ。俺よりも、彼女の方が詳しい」


 てか、今更だけど、正妃様を「うちのかみさん」って。本当、王様らしくない人だよなあ。


「話は変わるが、先代陛下は今どこで隠居してるんだ?」


 上王陛下ご夫妻の事か。どうやら、アンドン陛下はそちらにも挨拶に行くつもりだと言う。


「ここからずっと南、小王国群の一番南にあるフロトマーロという国ですよ」

「……何だって、そんな最果てに?」

「気温の変化が緩やかな事と、寒くないので過ごしやすいからです。後は、私が作った街だから……かな?」

「何だそれ見たい」


 まあ、そうなるだろうねえ。


「ちなみに、上王陛下ご夫妻が滞在なさっている街の名はイズ、隣にトイとシモダもあるでよ」

「待て待て待て。何故その名前だよ!?」


 えー? 海沿いだったから?


「そこは南紀白浜とかだろうが!」


 いや、知らねーよ。




 まだブツブツぼやいているアンドン陛下を置いて、正妃様がいらっしゃる部屋へ向かう事にした。おっさんは一人、ここでぼやいておれ。


 正妃様は、現在ロア様と一緒に歓談中だとか。じゃあ、お邪魔する訳にはいかないな。


 仕方ない。もう少しおっさんに付き合ってあげよう。


「そうそう、銃の事なんですけど」

「おう。まさか、この大陸にも入り込んでるなんて事、ないよな?」

「それは……多分大丈夫かと。実験を行っていた国なんだけど、一応、そこの上層部は総入れ替えしておいたんです」


 私の言葉に、アンドン陛下の目が丸くなった。


「そういれかえ? どうやって?」

「何でも、共和制を取ってる国だそうで、上層部の連中のスキャンダルを政敵グループに流しました。証拠付きで」


 当然、嬉々としてそのスキャンダルを使い、現政権を失墜させたってさ。まあカストルも大分手伝ったようだけど。


 それで実験を行った政権は無事倒れ、政敵グループが政権を握った……という訳。


「まあ、だからといって絶対戦争に銃が使われないという事はないでしょうけれど」

「まあな。それこそ、世代が下ったらどうなるかなんて、知れたもんじゃない」


 そうなんだよねえ。ただ、もう私が死んだ後の事までは、どうにも出来ないと思うんだ。


 その頃には子供世代、孫世代がいるかもしれないけれど、後の事は後の人達に任せるという事で。


 しばらく何かを考え込んでいたアンドン陛下が、不意に顔を上げた。


「そういや、その銃を発掘したって大陸には、行かねえの?」

「私、西のイエルカ大陸から戻ったばかりなんですが?」

「どうせ東に行ったって、すぐに戻る手段があるんだろう? なあなあ、東に行くなら、今度は俺も同行させてくれよ」


 やなこった。とはいえ、多分それを決めるのは、私じゃないんだよなあ。


 でも、しばらくは国内でのんびりしたい。




 のんびりしたかったのに、仕事は待ってはくれなかった。


「当たり前です。ブルカーノ島のテーマパークも、やっと開園するんじゃない」

「そうだけどお」


 今日も今日とてリラの正論が耳に痛い。


 現在、王都邸の執務室にいる私の目の前に積み上げられたのは、招待状の返事の山。


 半分は私のバースデーパーティーへの出欠の返事。もう半分はブルカーノ島に作った水のテーマパーク……その名も「パラディーゾ・アクアティコ」の開園式への出欠届けだ。


 パラディーゾ・アクアティコ。直訳で「水の楽園」。


「それにしてもまあ、招待した人は漏れなく出席だねえ」


 十人や二十人くらいは「欠席します」って返事が来るかと思ったのに。


 ぐったりと執務机に貼り付く私に、リラが笑う。


「そりゃあ、今をときめくデュバル侯爵家が作る新しいタイプのリゾートですもの。話題になるのは当然なんだから、招待されるのはある意味ステータスよ」


 そんなもんかねえ? こちらとしては、ただ楽しく遊んでくれればいいだけなのに。


 大人も楽しめる空間を、をコンセプトにしているけれど、やはり子供が楽しめなきゃ駄目だと思うんだ。


 なので、色々小さな子も乗れるアトラクションを用意している。もちろん、大きいお友達が満足出来るアトラクションも多い。


 後、親子で楽しめるものとかもね。


 海辺という事で、水を使ったショーも多く用意している。魔法技術を使うと、前世では実現不可能だった表現なども出来るので、考えるのが楽しかった。


 ショーのキャストは、オケアニスとヒーローズが担当する。そのうち、領民からショーに出られるような人材を育成出来るといいね。


 仕事だけれど、これは今から楽しみだ。

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