第631話 帰ってきたら来ちゃってた

 船の中の邸で一泊し、翌朝にはブルカーノ島に帰港した。


「おお、何だか帰ってきたって感じる」

「実際には、移動陣でちょいちょい戻ってたけどね」


 情緒のない事を言うもんじゃないよ、リラ。事実だけど。


 ブルカーノ島からは、列車で一度デュバル領へ。そこで一休みしてから、夜出発の列車で王都……というか、ユルヴィル駅へと向かう。車中泊で、翌朝にはユルヴィル駅に到着している予定だ。


 いやあ、オーゼリアに到着してからも、王都までは遠いねえ。




 とはいえ、昔なら馬車で何日も掛ける道のりを、わずか一日ちょっとで到着するんだから、十分早いのか。


「もう少し、スピードアップ出来るといいんだけど」


 デュバル発ユルヴィル行きの列車に乗り、そろそろ就寝時間という頃。私専用の車両のサロンで、軽い果実酒を嗜んでいる。


 同席しているのは、リラとカストルのみ。そのリラが、ジト目で見てきた。


「この世界に新幹線でも作るつもり?」

「それもいいかも」

「ちょっと。また書類仕事が増えるわよ?」


 それはやだ。でも、新しい車両を採用するくらいで、書類仕事がそんなに増えるかな。


 ……増えるんだろうなー。


「明日の朝にはユルヴィルに到着するから。そこからは馬車で王都へ入り、そのまま王宮よね」


 明日の予定の確認をするリラ。すぐに王宮に来いなんて、陛下も横暴だよねー。少しは休ませてほしいわ。長距離移動って、結構疲れるんだぞ。


「明日は王宮へ入る支度を車内でする事になるから、もう休んだ方がいいわね」

「そうだね。お休み、リラ」

「お休みなさい」


 そのまま、同じ車両にある私の部屋へと向かった。




 翌日、支度を終えて下りたユルヴィル駅は、朝靄に包まれている。こんなに靄が出る地域だったんだ。


 そういや、ユルヴィルは王都のすぐ側。そして王都は南に位置していて、この時期は結構暑い。


「もう、夏が近いんだなあ」

「そうね。月末にはあんたのバースデーパーティーよ」

「うぐ」


 毎年の事ながら、本当面倒なんだよねー。とはいえ、当主の誕生日なので、祝わない訳にはいかないし、家の力を誇示する機会でもあるから手を抜く訳にもいかない。本当、面倒。


 ここからは馬車だ。そのうち、王都の壁際辺りに駅を作りたいねえ。そうすれば、乗り換えるだけで簡単に王都に入れる。


 まあ、その先がまた馬車になるんだが。いい加減、車も普及させたいねえ。やっぱり、ガルノバンをお手本にするべきかなあ。


 そんな事を考えたからか、罰が当たった? のかもしれない。


「よお! 久しぶり!」


 あれー? 目の錯覚かなあ? ここ、オーゼリアの王宮だよねえ?


 なのに、何でガルノバンのアンドン陛下がいるの?




 西行きからの帰還は、数日後に大々的なパレードを行うそうな。その前に、今日は王宮にて使節団を労う夜会……まあ、簡単なお疲れ様会を催すらしい。


 で、何故かその席にアンドン陛下がいる。正妃様と一緒に。


「水くさいじゃないかー。西の大陸に行くなら、一声掛けてくれよ」

「そういうのは、うちの国王陛下に仰っていただけますう?」


 私に決定権なんてないんだっての。


「それで? 向こうはどうだった?」

「……瘴気を扱う厄介な奴がいましたよ」

「しょうき? 何だそりゃ? いや、そうじゃなくてさ。機械とか、何か面白そうなもんはなかったのかって話」


 アンドン陛下、目がキラキラしてる。隣の正妃様は、笑顔なのに迫力が凄い。ただそれ、お隣のアンドン陛下に向かってるみたいだけど。


「陛下、このような場所で他国の侯爵に無理を言うものではありませんよ」

「いや、だってさあ」

「だっても何もありません。国に帰ったら、父に頼んでお仕置きを――」

「すいません俺が悪かったですごめんなさい」


 この夫婦の力関係がよくわかる一場面ですねー。


 あ、西大陸といえば。


「アンドン陛下、東にも大陸があるのはご存知ですか?」

「東? ……確か、うちを引っかき回した商会の本拠地があるのが、東じゃなかったか?」


 ベクルーザ商会ですねー。


「その東大陸に、遺跡があるそうで。そこから、銃が出土したそうですよ」

「何だと?」


 お、顔色が変わったね。


「そして、その銃、西大陸で起こった戦争に持ち込まれました」


 バリン、と音を立てて、アンドン陛下が持っていたグラスが割れた。何やってるんですか、ガラスで切ると、痛いでしょうに。


 給仕が慌ててナプキンを手に駆け寄ってきたけれど、手で制した。


「まずは、手の治療を」

「あ、ああ」


 回復魔法で傷口を綺麗に元に戻した。その後に、給仕からナプキンを受け取り、アンドン陛下に渡す。あーあ、服にも酒が掛かってるじゃないですか。


「アンドン陛下、お召し物が汚れたようですね。お召し替えをなさってはいかが?」

「そうだな……悪いが、少し席を外す」


 アンドン陛下は、正妃様と一緒に会場を後にする。これ、呼び出し食らうよなあ、きっと。


 とはいえ、銃の情報は共有しておいた方がいい。下手したら、このデワドラ大陸にも入り込むかもしれないんだし。




 その後、夜会が終わり、数日経って使節団の帰国パレードが大々的に行われ、さらに二日後。王宮から呼び出しを受けた。


 あ、ちなみに私はパレード不参加です。私だけでなく、リラやコーニー、ヴィル様とイエル卿も。ユーインもか。


 一応、正式な使節団の一員ではないという理由から、辞退しましたー。


 で、今日の呼び出しだ。呼び出したのは、おそらくレオール陛下ではなく……


「よお」

「やっぱりー」


 案内された表の客間にいたのは、アンドン陛下だ。本日、ユーインもまだ休みをもらっているので、一緒に来ている。


 重厚な調度品に囲まれた部屋には、大きめの窓から日の光が差し込んでいた。カーテンも重そう。


 ソファに座るついでにあちこち視線だけで見ていたら、アンドン陛下がにやりと笑う。


「今日呼び出した理由は、わかってるよな?」

「銃の事ですよね?」

「そうだ」


 まあ、そうなるよね。


「わかる範囲でいい。どんな銃があったか知りたい」

「それは、自国の武器製造に生かしたいからですか?」


 アンドン陛下が黙る。ここに正妃様を同席させなかったのは、配慮なのか何なのか。


「話してもいいですけれど、実物はないですよ? その場で廃棄処分しました」

「何でだよ!?」


 驚くんだ。


「私には必要ありませんから」

「国には必要だと思わなかったのか?」

「逆に聞きますけれど、必要ですか? あれ」


 私の問いに、アンドン陛下は答えられないでいる。陛下としては、魔法を使える人間がいない以上、「もしも」の為に銃が欲しかったんだと思う。


 あれは武器で兵器だ。確実に、デワドラ大陸にも悲惨な戦争を引き起こす。


 でも、そうなったら……


 確実に、オーゼリアがこの大陸を支配する事になるだろう。そしてその後何世代か後に、また分裂して今と同じか、もっと細かい国になると思う。


「アンドン陛下が何故銃を欲しがるかは、何となく察しますが、あれがあったところでオーゼリアには勝てませんよ」

「この国と事を構える気はねえよ」

「アンドン陛下がそうでも、陛下の後の世代はどうですか? 保証は出来ませんよね? もし、陛下の後継者がオーゼリアを欲し、手元に銃があったら、使わない手はないと思います。違いますか?」

「……それを言ったら、オーゼリアはどうなんだよ?」


 そう来るか。


「それはレオール陛下とでも話し合ってください。私は、しがない一地方領主に過ぎません」


 そこでどうして納得いかんって顔になるのかなあ?




 結局、東の大陸……カイルナ大陸の遺跡から発掘された銃が、大陸の一国家から西の大陸……イエルカ大陸の一国家である旧ゼマスアンドに渡り、そこで戦争の道具として使われた事を説明した。


「……その一国家、ああ、東のな。何故そこは、そんな回りくどい事をしたんだ?」

「実験だったようです」

「実験? 銃の?」

「というか、戦争に銃を使うとどうなるか……ですかね」


 大量に敵を殺せる便利な道具……なんだけど、弾薬が必要だし、運用次第では物量作戦に負ける。


 そういった辺りを、カイルナ大陸の国は知りたかったみたいなんだよね。


 つまり、向こうでも戦争を起こそうとしていた。


「結果として、旧ゼマスアンドは滅び、今は戦勝国であるゲンエッダの一地方となりました」

「……それ、お前さんがいたからじゃないのか?」


 否定はしない。でも、これで銃は魔法に敵わないという事も、わかった訳だ。


 ただ、魔法は適正を持った人間が長い年月をかけて習得するもの。素人が簡単に扱える銃を量産する方が、もしかしたら有利に働くかもね。


 まあ、そんな事態になりそうなら、ぶっ潰しに行きますけど!

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