第636話 新作
とりあえず、人形の衣装製作の現場からは、ポルックスを締め出す事に成功。泣きわめく奴は、しばらくカストルに見張らせる事にした。
「まったく、何をやってるんだか」
リラが呆れている。でも、本当にそうだよねー。カストルに回収されていく時にも「絶対領域がー!」って叫んでたし。ありゃ駄目だ。
とはいえ、この着せ替え人形、すぐ作ってジニに贈る訳じゃない。
「さすがに、まだ生まれたてほやほやだからね」
「まあ、側に置くのはもっと柔らかくてふわふわしたものの方が無難よね」
リラの言うとおり。なので、熊のぬいぐるみは贈った。
「あちらとしても、いっぺんにどかどか贈られるより、この先の誕生日とかで小分けに贈られる方がいいんじゃない?」
「そうかなー?」
「もうすっかり叔母馬鹿だよ……」
えー? だって、大変な思いをした二人の間に生まれた子だよ?
「色々と、両親共々甘やかしたくなるじゃない?」
「そんなに赤ちゃんを甘やかしたいなら、自分で生みなさいよ。あんたは跡継ぎを作らなきゃいけないんだから、うちより深刻よ?」
ぐ……正論。ヴィル様のところは、最悪跡継ぎがいなくてもいいって話だしなあ。継ぐべき領地がないから。
仕事を継ぐにも、王の側近なんて世襲制にするもんじゃないし。爵位も新しく興した家だから、別に続かなくてもいいという。
うちの場合は、デュバルに関してはもう制限がないから跡を継ぐのが養子でも問題なし。
ユーインの実家の方は……厄介な従兄弟は排除されたから、養子でもいいんじゃね?
いや、何があっても子供を生みたくないという訳ではないんだが。身軽でいたいんだよなー。
ほら、まだまだ仕事ややりたい事がたくさんあるしー。
とはいえ、しばらくは領内整備に力を入れたい。というより、しばらくは領地でゆっくりしたい。
これまで、移動移動ばっかりだったからね。それはそれで刺激があって楽しかったけれど、それはそれ、これはこれ。
「あー、やっぱり落ち着くー」
今日は星深庵のオーナー専用離れで羽を伸ばしている。ここは新たに建て増しした区画で、四人で泊まれる離れが三つある。
食事処も専用の建屋があって、部屋で食べるもよし、食事処に来るもよしというスタイル。
各離れには大きめの風呂場と露天風呂、それとこの区画専用の大浴場も作った。大きい建屋の大きいお風呂って、たまに凄く入りたくなるんだよねー。
お風呂上がりには、冷たいコーヒー牛乳を飲みながら、ネスティからの報告を受けている。
「ゲンエッダの後宮ですが、風呂場建設は順調です。あちらに常駐させるオケアニスは、三名に決まりました。定期的に入れ替えますが、あちらにはわからないようにしておきます」
「ありがとう。運河の方も、順調なんだよね?」
「はい。帝国内では、各ため池と人工湖を結ぶラインが出来上がりつつあります。また、海辺から内陸へ入る為のロックの建設も、もうじき終わるそうです」
帝国の内陸部には起伏はあまりないけれど、ゲンエッダ、リッダベール大公領、そしてブラテラダの間には山脈があるから、いくつものロックを通る必要がある。
「いっそ運河の橋を作って、空中を通した方が早いかね?」
「それですと、かなりの高さまで上げなくてはなりませんよ」
そっかー。山の中腹に沿うように運河の橋を作っても、じつに百メートル以上持ち上げないといけないそうだ。確かに、それは大変。
さすがに百メートルを一気にロックで持ち上げるのもなあ。そうなると、別の形の船のエレベーターが必要になる。
いや、作ろうと思えば作れるけどね。それはまた、別の機会に使うとしよう。西の国々に、そこまでの労力を割く事もあるまい。
西行きの成果として持ち帰ったいくつかの食材は、うちの総料理長やパティシエールに預けて新作料理を考案してもらっている。
途中でちょこちょこ持ち帰っていたけれど、それに加えてって感じだね。
特にリューバギーズで手に入れたシアズシアは、ジャムにした後ソースに使ったりお菓子に使ったりするようになったらしい。
もちろん、これらの食材はシャーティの店にも共有されている。
という訳で、本日は西の大陸原産食材による、新作お菓子の試食会でーす。
お菓子と言えばこの人、コード卿も参加だ。
「い、いいんでしょうか? 私がこのような素晴らしい場所にいても」
「いいのよ。普段頑張ってくれているコード卿への、ささやかなご褒美だから」
「ささやかだなんて! 最高のご褒美です!!」
相変わらずブレないね。
今回のお菓子、ゲンエッダの小麦、茶葉、ミルク、生クリーム、リューバギーズのシアズシア、リッダベール大公領のレンカン、モークワイヤーなどを使っている。
シーズンは過ぎてしまったけれど、まだ暑い王都では冷たいデザートが人気だ。
そこで、シアズシアのゼリー、ゲンエッダのミルクを使ったプリン、生クリームを使ったアイスクリーム、シアズシア、レンカン、モークワイヤーのソルベ、それらを使ったアイスクリーム。
それと、シアズシアのマーマレード、レンカンのマーマレード、モークワイヤーのジャム、それらを入れたパウンドケーキ、カップケーキ。
モークワイヤーのパイ、クランブルケーキ、モークワイヤーのタルトなどなどなど。
どれも一口サイズのものが用意されていて、美味しいと思ったものには投票をする。高得点を得たお菓子が、次の新作菓子として店頭に並ぶ訳だ。
また、一部は我が家で出す茶菓子やデザートになる。これは、気合いを入れて審査しなくては。
「んんん。この酸味、そしてこの濃い甘さ。素晴らしい! あ、こちらの焼き菓子も、バターの風味が実にいい。またこの果物の甘みとよく合っている。ああ、このソルベ、さっぱりしていてほんの少しの苦みと奥深い甘み! 癖になる!」
コード卿、凄く嬉しそうだ。
試食会は無事終了。何と、新作菓子は全て採用となった。いや、だってどれも凄く美味しかったし。
「ミルクの違いで、こんなにも味が変わるとは思いませんでした」
「クリームも違いますね」
「この柑橘、どちらも酸味が強いですが、味が濃くていいですね。使い道が広がります」
「この小ぶりのリンゴもいいですよ。料理にも菓子にも使える」
「特にこの小麦! 焼き上がりの香りが段違いですね!」
西大陸から持ち帰った食材は、大人気のようだ。よかったよかった。これでまたうちの食事が豊かになる。
特にリッダベール産のモークワイヤーとレンカンは、増産をお願いしておこうっと。温泉街やクルーズ船でも使いたいからね。
しばらく放置していたフロトマーロの海岸線、イズ、トイ、シモダに続く第四、第五の街の建設計画について。
「今度はどんな感じの街にしようかなー?」
「見た目イタリア、名前は日本っていう、今まで通りのコンセプトでいいんじゃないの?」
何故だろう。リラの目が冷たく感じる……
「とはいえ、クルーズ船の予約も埋まっているし、リピーターも増えてきてるから、新しい街の整備は急いだ方がいいかも。後、ギンゼールへの渡航希望者が多いのよね」
「ガルノバンじゃないんだ?」
「あそこ、船で行くより鉄道で行く方が人気なのよ」
ああ、ガルノバンの港って、効率重視のところばっかりだから。
決してガルノバンに観光地としての魅力がないという訳ではない。その証拠に、ガルノバン行きの鉄道の予約は常に満席だ。
両国間の協定もあり、国境越えがスムーズってのもある。途中の登山鉄道の楽しさもあるだろう。
それ以外に、ガルノバンって景勝地が多いんだよ。それも内陸に。
「一番人気はフドウ大滝かあ」
ガルノバンの魔の森の近くにある、落差九十五メートルの滝だ。これを見たくて訪れる国内外の客が多いらしい。
滝の名前を見たリラが、眉間に皺を寄せる。
「フドウって、お不動様?」
「じゃない? アンドン陛下が名付けたっていうから」
「センスはあんたと一緒か……」
何か失礼じゃないかね? それよりも、新しい街のイメージだよ。
「相変わらず崖を削らないと建物を建てられないんだけど、この崖はまた手強そうだなあ」
何せ、二段三段構えの崖だ。それだけで、どこかの王城のように見えるよ。不思議ー。
カストルが参考用に撮ってきた写真を見ていたら、脇からリラも覗き込んできた。
「……いっそ、この崖の上に建物を建てたら?」
「へ?」
「そんな街、あったわよね? 海外に」
そうなの!?
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