第629話 労働力が増えるのはいい事だ

 南方六伯が潰れた。身から出た錆、仕方ないね。


 さて、私はこれから大公殿下とお話し合いだ。とはいっても、既にゲンエッダのフェイド国王にも根回し済みだから、大した事は話さない。


「という訳で殿下。今回捕縛し投獄する連中、労働力としてください」

「……確認なんだけど、本気?」

「もちろん」


 うちはあちこちで土木工事をしているから、人手は本当に足りていないんだよね。


 ……リラからも、思いつきで仕事を増やすなって言われるし。


「ああいった犯罪者達は、一番きつい工事現場に送るんです。健全な職場で身も心も洗われて、真人間になる事でしょう」

「まあ、彼等が真人間になるかどうかは置いておいて、どうせ地下牢に入れておいても金が掛かるだけだ。侯爵が欲しいのならあげるよ」

「ありがとうございます」


 ふっふっふ。これでまた工事の進捗状況が少しはよくなるだろう。




 もう一つ、大公殿下とはお話し合いをする必要がある。場所はルヤースワ宮の客間の一つ。


「炊き出しの費用かな? それとも、この間の滞在費? どちらも請求書を出してほしいな。支払いはもう少し掛かってしまうけれど」

「それは後ほど。それじゃなくてですね、運河建設の話ですよ」

「ああ、そうだった」


 もー。殿下が頼んで来た事でしょー。


「少し、提案があるので持ってきたんです」


 そう言って、カストルが作った地図に運河を通すラインを引いたものを、殿下との間にあるローテーブルの上に広げる。


 それを見た殿下の表情が、驚きに染まっていく。


「これ……帝国領に入るのかい!?」

「ええ。ご存知かもしれませんが、ゲンエッダから帝国領を経由して、ブラテラダへ至る運河も建設中です。そこにリッダベール大公領からの運河が加われば……」

「一大流通網だ……」


 その通り。ただし、リューバギーズはハブだがな。


 運河は、ゲンエッダの北東からリッダベール大公領に入り、そのまま東回りで北を経由して西、南と流れ、ゲンエッダ北西部へ入る。ぐるっとリッダベール大公領を巡る形だね。


 ところどころ標高差があるところがあるから、いくつかロックが必要だけれど、それは余所でも一緒だから問題なし。


 そして、西へ向かった運河は途中で二股に別れ、一本はそのまま南へ、もう一本は西の山脈を越えて帝国領に至るルートだ。


 これにより、海を介さずにゲンエッダ本国、帝国、そしてブラテラダと繋がる事が出来る。


 もちろん、物資だけでなく人も移動が可能だ。


「別に、リューバギーズとは陸路もありますし、海路もあるからいいのでは?」

「いや……そうなんだろうけれど……リューバギーズは、侯爵に何をしたんだい?」


 はて? 何だろうね。




 諸々の請求書に関しては、すぐにまとめて大公殿下宛てに出す事を約束し、やっとリッダベール大公領を後にする。


 何だか、えらく時間が掛かった気がするなあ。


「まだまだ、これから運河建設も待ってるじゃない」


 ルヤースワ宮からの帰り道、馬車に揺られつつぼやいたら、リラに突っ込まれた。


「いやあ、ここまで来たら、後は現場の問題だしー」


 私がやるべき事は終わった。これで、正式にオーゼリアに帰れるんじゃないかなー。


 そういや、そろそろ私のバースデーパーティーだよ。


「面倒だけど、やらざるを得ないか……」

「今度は何?」

「私のバースデーパーティー」

「ああ。あれはねえ。デュバルが主催するパーティーなんて滅多にないから、あちこちから待たれているみたいよ」

「うええええ」

「どこも招待状欲しさに、持てる全ての伝手を使ってるって話も入ってきてるし」

「いやあああああ。バースデーパーティーは質素にまとめたいいいいい」

「無理だから。諦めて。支度の方はジルベイラが張り切ってるから。招待状の方も、ルミラ夫人がルチルスを巻き込んで差配してくれてるし」


 当人無視で話を進めるのはどうかと思うのよ? それと、リラもようやくジルベイラの呼び捨てに慣れたのね。後、ルチルスさんの事も。


 その事を突っ込んだら、冷静な反応が返ってきた。


「あんたも、いい加減ルチルスの事は呼び捨てにする事を覚えなさい。いつまでもさん付けだと、色々と支障があるわよ。彼女、王都邸勤めなんだから」


 う……気を付けます。




 こちらの大陸でやるべき最後の仕事を終えた事を、ゲンエッダ王宮に戻ってサンド様にご報告。


「ご苦労様だったね、レラ」

「本当に。まさかリッダベール大公領があんな事になってるなんて、知りませんでしたよ」

「南方の領主達は、よほどうまく隠していたのかな?」

「というか、ズーインが領主達の動きに無関心だったのかもしれませんね」


 私の言葉に、サンド様も納得する。彼にあったのは、国と父親、兄弟達に対する復讐だけだったから。


 そういえば、そのズーインは今どこで何をしているんだっけ?


『デュバル領内で研修中です』


 そうか。……生きてますように。


『主様……我々は何も、彼を甚振っている訳ではないのですが?』


 いやあ、だってカストル達の行う研修ってさあ、スパルタっぽいんだもん。


『心外です』


 まあいいや、彼の歪な復讐心を削いで、使える人材になってくれれば何でも。


 フェイド国王陛下の方には、サンド様から報告してもらえるらしい。


「もうすぐ、我々もこの国を出立する事になる。その挨拶も兼ねて……ね」


 そうだ。もう船自体はヘレネが操って航行中である。後はグラナダ島やここの迎賓館に少し残っている使節団が船の中に移動すればいいだけ。


 船は、今どの辺りにいるの?


『ヘレネが大陸間の海に蔓延る海賊を根絶やしにすると言い出しましたので、かなり蛇行した航路で進んでおります』


 ヘレネ……まあ、あの船ならいくら蛇行して進もうが、沈む危険性がないからいいけれど。


 大陸間って、そんなに海賊がいるの?


『どちらかと言いますと、大陸にへばりつくような場所に出没しておりますね』


 そうか。そうだよね。大陸間を移動する船なんて、そう多くある訳がない。オーゼリアの船だって、今回が初めてだった訳だし。


『しばらくこちらの大陸の北と南の海岸線を掃除して回っていましたが、今度はデワドラ大陸の南側を掃除する予定です』


 え……デワドラ大陸の南って、小王国群がある辺りだよね? そんなところに、海賊?


『少し前まで、タンクス伯爵の船が度々襲われておりました』


 ああ、タンクス伯爵。レズヌンド……旧レズヌンドか。今は亡国だから。あの国との貿易を一手に引き受けていた家だっけ。


『タンクス伯爵の船は、帰りより行きに狙われる事が多かったようですね。狙いは船に積まれた金貨です』


 レズヌンドで買い付けをする為に詰んでいたお金か。でも、タンクス伯爵も対策はしていたんでしょうに。


『ええ。それでも、あの手この手で襲撃してきたようです。時には、港に入る寸前を狙っていたとか』


 それ、レズヌンドもグルだったんじゃね?


『そのようです』


 本当腐ってたんだな、あの国。


 フロトマーロは、大丈夫かしら。


『フロトマーロの場合、土地をデュバルに売ってますからね。その後、ため池のおかげで出来た農地で作った作物に関しては、こちらは一切関与しておりません。デュバルはデュバルの土地で作った作物のみを本領に運んでおりますから』


 その運搬も、移動陣を使うから船を使ってないもんねえ。通る船はクルーズ船だけだもんねえ。


 ある意味、人質とか取られたら最悪だけど。


『クルーズ船にはオケアニスが乗船しておりますし、何よりヘレネがおりますから、問題ありません』


 うん、そうね。海賊共は、捕縛したらもれなく地下工事現場にご案内だな。

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