第628話 重い処罰

 シモダでの短いバカンスが終わり、無事旧ゼマスアンド王都パフデニールにある旧王宮へと戻った。


 今更だけど、この王宮ルヤースワ宮という名があるそうな。何でも、この王宮を建てた王様の母親の名前なんだとか。


 どこの国にもいるんだな、マザコン。


 そのルヤースワ宮で移動陣を敷いたままにしておいた部屋に到着。


「殿下も、母君の名をこの宮殿に付けます?」

「やめてくれ。母本人が怒りで殴り込みしてきかねない……」


 ああ、あの王太后陛下ならやりそう。だからこそ、シーラ様と相性がいいんだろうし。


 そんな戯れ言を話ながら、向かう場所は謁見の間だ。全員でぞろぞろ移動するのも、何だか締まらないね。




 謁見の間に到着すると、既に地下牢から出されていた南方六家の領主達が床に座らされていた。


 後ろ手に縛られていて、周囲を三人のオケアニスに囲まれている。


 彼等の顔に殴られた後が見えるのは、抵抗した結果かな? オケアニス、強いのに。


 私達は、大公殿下を先頭に謁見の間に入り、中央に座らされている六人を無視する形でそれぞれの場所に立つ。


 あ、私達四人は一番末席に立ってるよ。この場は、大公殿下が裁定を下す場所でもあるから。


 言ってみれば、私達は名もなき観客ってところかな。


 室内の人達の視線は、中央の六人に集まっている。新しい「主」に呼び出されたにもかかわらず、途中で遊びほうけたが為に到着が遅れに遅れ、結果地下牢に入れられていた六人は、お互いに視線を交わし合っている。


 この場で下手な事を言うと、その口縫い付けちゃうぞ。


 大公殿下が玉座に腰を下ろし、この見世物の幕が上がった。


「さて、南方六家の領主達、言いたい事があるなら発言を許そう」

「わ、我々をこんな目に遭わせて! ただで済むとお思いか!」

「はて? 君らが時間に遅れずにここに来ていれば、『こんな目』には遭わなかったのではないかな?」


 殿下の言葉に、室内のあちこちで噴き出す声が聞こえる。


「だ! だからといって、このような犯罪者紛いの扱いを受けるいわれは――」

「ないというのか?」


 言葉を遮られた事で勢いをなくしたけれど、六人のうち先頭に座らされた者は悪びれもせずに言い放った。


「当然です」

「ほう? では、六人の領地に住まう民達が、餓死寸前になっているのは、当然の事だとでも?」


 さすがにこの殿下の言葉には、六人も驚きを隠せないようだ。


 普通、領民……しかも村人の現状なんて、大公殿下のような立場の人間の耳に入るものじゃない。当然、殿下ご自身がその目で見る事もないだろう。


 そう考えると、あの時彼等農民が決死の覚悟で私の馬車を襲撃しようとしなければ、この地方の問題も表に出なかったと思う。


 あの農民のおっちゃん達、グッジョブ。


『ちなみに、主様が直接会われた彼等ですが、こちらが提供する食事で大分体力が回復しています。医療ネレイデスの診断では、もう問題ないだろうとの事です』


 え? ネレイデス達も派遣していたの?


『はい。栄養失調が原因の免疫低下や、それによる病の流行などが懸念されましたので』


 うん、カストルもグッジョブだ。


『お褒め頂き、ありがとうございます』


 さて、目の前ではあの農村を壊滅に追い込んでいた連中が、大公殿下に何やら言い訳をしているぞ?


「が、餓死寸前と申しましても、それは農民達の怠慢が原因です。あれらは、厳しくしないとすぐに怠ける者達でして」

「一生懸命に作物を作っても、自分達が食べる分まで税として取り上げられたと聞くぞ? それの、どこが怠慢だというのか?」

「そ! それこそです! 税は決められているのですから、それ以上に働くべきではありませんか!」


 うわー。盗っ人猛々しいとはこの事か?


 大公殿下を見ると、おお、お怒りでいらっしゃる。


「領民達が、怠慢だから、彼等が餓死してもいい。卿はそう言うのだな?」

「そ……それは……」

「では、領主が怠慢だった為に領民が餓死しそうになっていたら、どうか?」

「え……」

「その領主は、万死に値する。そうは思わないか?」


 ここに来て、六人は周囲の視線の温度に気付いたようだ。鈍いなあ。


「お、王弟殿下」

「私は既に王弟から外れ、大公としてこの地に来ている」

「も、申し訳ありません、大公殿下。その、我々は」

「言い訳は無用。卿らがどのように領地を放置していたか、既にこちらは把握している」


 六人は、二の句が継げないらしい。背後から見ているから、彼等がどんな表情をしているのかわからないのが難だなー。


『見ますか?』


 いや、いいっす。汚い顔をわざわざ見たくない。でも、どんな感じ?


『青ざめてますね。それでも、まだ抜け道を探しているようで、辺りをめまぐるしく見ていますよ』


 抜け道なんてないのにね。ここに来た時点で、連中の命運は尽きている。


 いや、領民を好き勝手にした時から……か。


 大公殿下には、前もってカストルが調べた不正な課税の証拠や、領民に対する理不尽な扱いなどの証拠を渡してある。


 もちろん、私達が通りすがったあの村に、領主が兵士を送った事もね。そういや、あの時捕縛した領主の息子って、今どうなってんだ?


『この場に連れてきますか?』


 うーん、それについては殿下の了承を得ないとなあ。


 謁見の間を見回すと、侍従が何人か立っている。そのうちの一人をじっと見ていたら、向こうが気付いてそっと近づいてきた。


「何かございましたか?」

「殿下に、捕まえている領主の息子をここに連れてきていいかどうか、確認してもらえないかしら?」

「少しお待ちください」


 小さく言い残すと、侍従は仲間に耳打ちし、それが巡り巡って大公殿下の耳に入ったらしい。殿下の視線がこちらに来た。あ、頷いている。


 って事は、いいんだな。じゃあ、カストル、捕縛した奴をここに連れてきて。


『承知いたしました』


 ほどなく、謁見の間の扉が開かれ、薄汚れた男が一人、連れてこられた。あれ? 連れてきてるの、ポルックス?


『ヘレネやネスティよりはましかと思いまして』


 ああ、なるほど。


『ましとか酷いー』


 ポルックスだから仕方ない。


 連れてこられた男は、自分の親を見つけたのか泣きつこうとした。


「親父いいいい! 助けてくれよおおお! 俺、俺……」

「な! ヴィ、ヴィレゴ!? お前、その姿……」

「変な女達にいきなり捕まえられたんだよう! 俺は悪い事なんて何もしていないのに!」


 嘘吐け。罪もない領民を甚振ろうとしていただろうが! しかも、税が払えないなら娘を差し出せって言ったくせに!


「あれは、カサヒーロ伯の息子か?」

「それにしては、礼儀がなっていないな」

「話には聞いた事がある。三男の末っ子を甘やかし過ぎて、どうにもならない乱暴者に育ったと」


 ああ、親の躾が悪かったのか。下手に物理攻撃力だけは高かったから、親の領地でお山の大将を気取ってた訳だ。


 それを他人……しかも少女姿のメイドにボコボコにされたんだから、プライドも何もかもへし折られただろうねえ。


 今はみっともなく泣きわめいているよ。


「で、殿下! 何故ここに私の息子が、しかもこのような姿で連れ出されているのですか! いかな大公殿下とはいえ、何の罪もない息子を!」


 おいおい、罪だらけだろうが。何が「何の罪もない息子」だ。


 聞いている殿下も、お怒りモードがさらに増している。


「本当に、卿らにとって領民はどうでもいい存在なのだな」

「え……」

「先ほども申したな? 自身の領地に住まう領民達が餓死しそうになっているのは、誰の責任かと。私は領主の責任だと考えている。そして、卿の息子は『何の罪もない領民』を甚振る為に、武装した兵士を連れて領民が住む農村へ向かったそうだ。だから、今その姿でそこにいる」

「そ……それは……」

「これ以上の言い訳は無用とも言ったはずだ。旧ゼマスアンドがどのような国だったかは知らないが、ゲンエッダに併合され、リッダベール大公領となった以上、領民を故なく虐げる領主はいらない」


 大公殿下の、最後通牒だ。


「南方六伯は、全ての家の家財を没収の上、領地はしばらくの間大公直轄地とする。六伯家の者達は、当主、嫡男、成人済みの男子は全て投獄、妻女、及び成人前の男児は全て神殿へ入る事とする。また、一族郎党を同罪と見なし同様の処罰を下す。以上だ。反論がある者は前に出よ」


 誰も出ない。これで、彼等六人の処罰は決まった。


 それにしても、一族郎党とは。従者や家臣も同罪とみなした訳だ。これ、大分重い罰が下ったね。

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