第627話 魂の洗濯
一泊して翌日。朝食の席に来た旧ゼマスアンドの領主達は、全員が満面の笑みだ。
「いやあ、あの大きな風呂は最高ですぞ!」
「夕べのあの料理。忘れられん……」
「部屋から見る海が、ああも素晴らしいとは。知りませんでしたな」
「はっはっは、ここから眺める景色も最高ではないか!」
今朝は天気もいいし風もないので、朝食はテラス席に変更している。もちろん、室内がいい人はメインダイニングを使ってもいい。
ただ、今のところ室内を選んだ人はいない。
「やあ、おはよう。いい朝だね」
そして、最後の一人である大公殿下も、テラス席を選んだらしい。もっとも、彼の場合は私達がテラス席にいるからかもね。
「おはようございます、殿下」
「今日は、いよいよだね」
「ええ」
ちょっとばかり、殿下と黒い笑みを交わす。同席しているリラ達は、何も言わない。
「朝食の後、すぐに戻るのかな?」
「いいえ。向こうの監視をしている者からの報告ですと、彼等はまだ街道途中でお楽しみだそうですよ」
いいご身分だよな、まったく。誰に呼び出し食らってるか、わかってるのかって小一時間問い詰めたい。
話を聞いた大公殿下は、ちょっと憂鬱な顔をしている。
「そうか……侯爵、悪いんだが――」
「ここを出るのは、彼等が旧王宮に入ってしばらく経ってからになさいませんか?」
先んじて提案してみたら、大公殿下が驚いている。この表情も、何だか見慣れてしまったなあ。
「……いいのかい?」
「まあ、乗りかかった船といいますか、私としても南方の領主達はつるし上げたいので」
「そうか。では、よろしく頼むよ。ああ、ここでの費用は全て南方の家から召し上げる家財で支払うから、遠慮なく請求してくれ。もちろん、不当に取り上げた税は民に還元するけれど、それ以外にも、奴らは色々と貯め込んでいるだろう」
こういうところ、大公殿下はいいよなあ。
じつは、殿下にも内緒で旧王宮内にオケアニスとヒーローズを配置している。
実際の使用人達には、少しの間別の場所……西に来る途中で手に入れた島の別荘でくつろいでもらう事にした。
これなら、南方領主達が旧王宮に到着し、誰もいないから帰ると我が儘言ってもその場で捕縛出来るからね。
捕縛後は、一部屋にまとめておくよう指示を出してある。もちろん、場所は旧王宮にある地下牢だ。
冷たくて暗くてじめっとした場所で、己の所業を反省するがよい。
そのオケアニスからカストルを通じて連絡が入ったのは、二日目の昼過ぎだ。どんだけ遊び倒してんだよあいつら。
「やっと旧王宮に入り、案内された謁見の間に誰もいない事を知り、大層怒っていたようです」
「あいつらに怒る資格なんぞあるか。それで? ちゃんと捕縛して地下牢に放り込んだの?」
「はい。オケアニス三人で事足りたそうです」
うちの戦闘メイドって……いやまあ、そういう用途で開発したと言っても過言じゃないんですが。
報告を受けているのは、ホテルの一室。誰も使っていない部屋のリビングだ。
いるのは私、ユーイン、リラ、ヴィル様、それとカストル。部屋付として、オケアニスが一人控えている。
「連中の現状、大公殿下に教えた方がいいでしょうか?」
私の質問に、ヴィル様が片眉を上げる。
「今回の件に関しては、レラが主導で動いているんだ。レラがいいと思うようにすればいい」
うーむ。そう言われましても。
「どうせ向こうに戻るのは明日の朝食の後でしょう? なら、その席で報告すればいいんじゃない? 今からだと、すぐ戻ると言い出しかねないわよ?」
リラの言ももっともだ。なら、明日の朝に報告する、でいっか。
「招待している領主達は、今どうしてるの?」
「それぞれですね。一部は馬車で街中へ出ています。こちらにも、グラナダ島同様難民達に店を開かせていますから、そちらに行ったようです」
店って……普段ここって誰も来ないのに。
と思ったら、これから来る事になるそうな。マジでー?
「オーゼリア国内の貴族層が、新しいクルーズ先を求めておりまして」
「ああ、そろそろビーチは飽きたってか」
「それと、近々ご報告する予定でしたが、ガルノバンの貴き方から、再三クルーズに関する問い合わせがありました」
ガルノバンの貴き方ってーと、アンドン陛下ですかねえ? いや、あの人の場合、自分の国でクルーズ船作れよって話だよな。
とはいえ、トリヨンサークに行く時、乗せてったからなー。
「ガルノバンに、温泉街の予約用デスクってもう設置してるんだっけ?」
「はい。連日予約枠が綺麗に埋まるそうです」
どんだけだ。
「じゃあ、クルーズの予約も同じデスクで出来るようにして。出来る?」
「承知いたしました」
これで少しはガルノバンからの圧も弱くなるでしょ。
「ところで主様」
「何?」
「ガルノバンの方々のクルーズの発着場所は、どこになさいますか?」
「……ブルカーノ島でいいんじゃないの? そこまでは、ガルノバンから列車を乗り継いでもらおう」
「では、列車の切符と乗船、クルーズ先での宿泊などをまとめたものをご提供するようにいたします」
パックツアーって訳ですね。そういえば、旅行代理店も作ったよな……作ったよね? 計画だけで、終わってないよね?
カストルを見ても、何故かいい笑顔しか返してこない。ねえ、どっち?
一人で疲れた昼過ぎ、夕食は少し趣向を変える為ホテルを出た。実はうちの総料理長のお眼鏡に適った料理人が何人かいて、うち一人はイズの上王陛下ご夫妻専属の料理人となっている。
といっても、イズに滞在する人がまだ二人だけだから、結果的に専属になってるんだけど。
そして、このシモダにも、総料理長に認められた料理人がいる。街中にこぢんまりしたレストランを開いた人物だ。
今日の夕食は、こちらでいただく事にした。
ホテルの料理と違うのは、こちらはあくまで庶民の味を追求してもらっている事。
とはいえ、そこはあの総料理長に認められた腕。そこらの料理人は裸足で逃げていく美味しさだ。
通りまで出ているテーブルの上には、大皿料理がどんどん並ぶ。
「ほう。夕べの料理もよかったが、こちらはまた食欲をそそるのう」
「うむ! この大きなエビ……でしたかな? 昨日とは違った味付けでまた美味い!」
「む、手づかみでか。よいよい、戦場では常に手づかみよ。しかも、こんなに美味いものは食えない。これも、街中にあってこそ、平和があってこそだな」
なかなか切ない言葉も聞こえてくる。
こちらの料理は、魚介の煮込みは複数のスパイスや複雑な味付けで美味しいし、エビや魚などは塩とニンニク、オリーブオイルだけのシンプルな味付けで素材の旨味が出ている。美味しい。
貝の白ワイン蒸しもいいね。ここで使ってるワインや、出している酒類はデュバル領及びフロトマーロの畑で取れたブドウから作っている。料理に使ってよし、飲んでよし。
ワイン蒸しは汁にバゲットを浸けて食べるのもまたいい。あ、パスタも出てきた! 最高!
食べ過ぎた夜道は、馬車を使わず歩いて帰る。文句が出るかと思ったけれど、誰もが笑い喋りながら歩いていて楽しそうだ。
「まさか、この人数で夜道を歩く事になるとは、思わなかったよ」
「今からでも、馬車に乗られますか?」
「いや、いい。気持ちのいい夜だ。それに、この時間でもこんなに明るいなんて」
街中には、街灯の数を少し多めにしているからね。夜でも安全に歩けます。
もっとも、この街もヒーローズやオケアニスに護られているから、不審者は入れないけどねー。
シモダで過ごす最後の夜は、こうして更けていった。
翌朝、若干二日酔いの症状が見られる人達がいる中、朝食の席で南方の領主を捕縛した事を告げる。
「そうか……まさか、こんなに遅刻するなんてね」
「それだけ、殿下の事を軽んじているのでしょう」
「だろうな。それにしても、彼等をいきなり捕縛して、文句を言われなかったのかな」
「私の配下に捕縛させましたから、問題ないかと。現在は王宮の地下牢に放り込んでいるそうです」
私の説明に、何故か大公殿下が飲んでいたジュースを噴き出した。汚いですよ、殿下。
朝食後は、荷物をまとめて皆で旧ゼマスアンド王宮へ向かう。
手ぶらで来たはずの彼等に何故荷物があるのかといえば、こちらで購入した着替えや街中で買った酒、加工食品、民芸品などなどなど。
特にフルーツの瓶詰めを買っていく人が多かったみたい。家族へのお土産だってさ。
「ここで食べたものは全て美味しかった。妻や子にも、食べさせてやりたくてな……」
なるほど、いいお父さん……と思ったら、どう考えても年齢的にお子さん成人済みじゃね?
『孫どころかひ孫までいる人物です』
おうふ。そうなのか。でも、孫やひ孫にも食べさせてあげるといいよ、その瓶詰め。シロップ漬けだから、甘くて美味しいし。
そして、大半の人が「名残惜しい……」と言っている。
「侯爵閣下、個人的にここにまた来る事は出来ないだろうか?」
「わ、儂もまた来たいと思っておりますぞ!」
「今度は家族も一緒に!」
あれー? もしかして、旧ゼマスアンドでもクルーズ予約が取れそう?
でもなー。ここまでの交通費と宿泊料、お高いですよ? それをここで言ってしまっていいものかどうか。
「まあ待て、皆。そんなに勢い込んでは、侯爵が困ってしまうよ」
殿下に言われてはっとしたのか、領主達は口々に謝罪してくる。
「大公殿下……」
「申し訳ございません。気が急いてしまって……」
「お恥ずかしいばかり……」
まあ、わかるよ? 美味しい食事に気持ちのいい温泉。魂の洗濯だよねえ。
潔く引き下がった領主達の背中を見つつ、大公殿下にこそっと伝える。
「一応、料金表は提示出来ますけれど……かなり高額ですよ?」
何といっても、現リッダベール大公領からここまでの船賃がね……時間も掛かるし。
私の言葉に、大公殿下は空を仰ぐ。
「だよねえ……それだけ、彼等が稼げるような領地にしないとなあ」
ちょっと殿下の背中に哀愁が漂った気がした。
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