第626話 ようこそ! シモダへ
南方六家の動きは、カストルがしっかり見ていてくれている。その為、彼等が旧王都に到着するのは、明日以降とわかっていた。
なので、ちょっとしたサプラーイズ!
「こ……これは!」
「何と! 谷に建物が建っているぞ!」
「何という光景だ……」
東、西、北の領主達にリッダベール大公殿下を加えたご一行様を、フロトマーロに造った街であるシモダにご招待ー。
この街、造ったはいいけれど誰も住んでないし、誰も入った事がないんだよね。もちろん、私も。
今回、このサプライズを決行する為に、オケアニスを総動員して各建物や街中の掃除をしてくれたそうだ。
こちらのオケアニス達も、何かで労わないとなあ。後でカストルに希望を聞いておいてもらおう。
ここまでは、移動陣を使った。初めて使う移動陣に驚き、見知らぬ街に一瞬で移動している事に驚き、最後に街の造りに驚いている旧ゼマスアンドの領主達。
あ、リッダベール大公殿下も驚いてるわ。
「殿下、殿下ー?」
「は! あ、ああ。あまりの凄さに、言葉をなくしていたよ」
はっはっは、サプライズは成功って事ですね!
シモダには温泉がある。実はイズにもトイにも温泉が湧いているのだ。この辺りは、カストルが何かやったと思ってる。
当初の予定では、温泉は湧かないって話だったはずだしー。なのに、いざ人が入れるまでになったら、いきなり温泉出来てるしー。
とはいえ、これだけの人数を引き連れてくるのなら、温泉はあった方がいいでしょう。カストル、グッジョブ!
『お褒め頂き、歓喜に打ち震えております』
うん、そのうちカストルにも労いの何かを出そうと思うから、考えておくように。
『承知いたしました』
さて、連れてきた人達の方はどうかな?
まだ街の造りに呆けている最中らしい。これで驚いちゃいかんよ。まだまだサプライズは用意してあるんだから。
「皆さん、まずは今夜過ごす場所にいらっしゃいませんか?」
にこやかなに声を掛けると、やっと我に返ったらしい。
「そ、そうですな。いや、私とした事が」
「いやあ、素晴らしい街ですなあ。ゼマスアンド……おっと、旧王国では、見た事もない建築様式ですぞ」
「ああ、南の領主でなくてよかった……」
何か約一名、心の声が駄々漏れていましたが、大丈夫か? あ、周囲の人達もうんうんと頷いているから、大丈夫らしい。
「それで侯爵、小さな家が建ち並んでいるようだが、我々全員が入れる建物など、あるのかな?」
大公殿下のその心配も当然だね。奥に向かって建物が密集していく造りの街だから、あまり大きな建物はないんだよね、ここ。
「少し移動しますが、ありますよ。どうぞ、こちらへ」
指し示した先には、小型の馬車が複数台。どれも二人から三人乗りの、ちょと人力車を思わせる大きさだ。
それに分乗してもらい、小型の人形馬に引かせて移動する。
「これって……」
同じ馬車に同乗したリラが、呆れた目でこちらを見てくる。うん、さすがに君はわかったようだね!
「イタリアのアマルフィを模してみました!」
「やっぱりいいいいいい!」
あれ? 頭を抱えちゃったよ。別にいいじゃない。ネオヴェネチアと一緒だって。こっちでこれがわかる人は、確実にあの地球世界からの転生者だから。
馬車で海岸線をずっと走り、到着したのは崖と一体化したようなホテルである。途中の景色も、きっと楽しんでもらえた事だと思う。
ホテルの外観を見て、リラがぽつりとこぼした。
「ああ、あったね、こんなホテル。超有名なところ」
「いいよね、あれ。だからパクってみた」
「堂々パクったゆーな!」
大丈夫だよ。著作権だのなんだのは、異世界まで追いかけてこないから。
今回は旧ゼマスアンド王宮に集まった当主達と大公殿下、それに私とリラ、ユーインとヴィル様の合計三十人。少ない少ない。
ホテルには、メイドとしてオケアニスが、フロントスタッフとしてネレイデスが入っている。
まずは部屋を割り振り、鍵を渡してオケアニスに案内させる。部屋に到着したら、部屋の使い方、各種施設の使い方をレクチャーしてもらい、各々好きに過ごしてもらう予定だ。
ちなみに、このシモダは年中気温が高いので、崖途中のプールで泳ぐのもあり。
もっとも、旧ゼマスアンドの領主達が泳ぐかどうかは謎だけど。
もちろん、大展望風呂もあるから、そこでゆっくり温泉に浸かるもよし。部屋のバルコニー脇にある個別の露天風呂で楽しむもよし。
もちろん、この後はメインダイニングで海の幸三昧だ。採れたての魚やエビ、カニ、貝など、食べきれないくらいに出してやろう。
人間、胃袋を掴まれると弱いよね。その辺りは、後宮シスターズでも実感したわ……
メインダイニングでは、四人テーブルを配してランダムに領主を座らせた。
これはこれで気まずい空気になるかも? と思ったけれど、杞憂だったらしい。
「むおおお! 何だこれは!? 舌の上でとろけるぞ!」
「何という濃厚な味!」
「むむ! このプリッとした食感! 自然な甘みも堪らん!」
「む? こやつ、先ほどから無言で食べてばかりだな」
ああ、カニを食べると無言になるって言うよね。
私のテーブルはいつもの面子……と、大公殿下。ここだけちょっと奥に設えた六人テーブルだ。
「どの料理も素晴らしい! 侯爵は、腕のいい料理人を雇っているのだな」
「お褒めにあずかり光栄です。後で料理人にも伝えておきましょう。きっと喜びます」
本日のディナーは、わざわざデュバルから料理長……いや、今では総料理長と呼ばれる人物を連れてきている。
彼にしても、普段見慣れない食材を使うのは楽しかったらしい。目を輝かせ、様々な料理を発案してくれたのだ。
総料理長にせがまれたので、ここの食材もデュバルに送れるように移動陣を敷いておかなきゃ。
「……こうして見渡すとわかる。この美味しい料理を一緒に味わい、かつ楽しむ。これ以上の絆はないだろう。きっと、これからのリッダベール大公領は、発展する」
「期待しておりますよ、殿下」
だから、私用のフルーツの栽培も、よろしくね。下手に品種改良とかしなくていいよ。必要なら、それはデュバルでやるからさ。
今日のソルベとデザートには、あの時出された果実を使っている。
柑橘はレンカン、リンゴはモークワイヤーという。どちらも名前が特になかったようなので、私が付けた。
レンカンもモークワイヤーも、産地の名前をそのままつけている。こういうのは、わかりやすさ重視だよね。
レンカンはレーン地方で作られていて、モークワイヤーはもうそのまま。どちらも旧王領だそうだから、現在はリッダベール大公の直轄地だ。
レンカンのソルベはさっぱりしているのに、奥深い味で舌を楽しませてくれる。このさっぱり感は、暑い場所や時期にぴったりかも。
大量輸入出来れば、シャーティの店にも融通出来るなあ。
モークワイヤーは、そのままアップルパイにしてもらった。それにバニラの濃厚なアイスクリームを添えている。
パイ生地を薄くして、キャラメリゼしたモークワイヤーの果肉を多めに入れている。ゴロゴロとした果肉が、食べ応えあっていい。
さっくりしたパイ生地と甘みの中に苦みが残るキャラメル、そしてモークワイヤーの濃い甘みとほのかな酸味。
ソテーすると、酸味が抜けやすいんだよね。
口直しのソルベもデザートも、大好評でしたー。やったね。
「それにしても、信じられない。これがあの酸っぱいばかりのリンゴと大きな柑橘だとは」
「料理長の腕がいいのもありますが、素材の味がいいんですよ」
胸を張って言っておく。生で食べるには向かないフルーツも、こうして加工すると美味しいデザートに早変わりするのさー。
私の言葉に、大公殿下は何やらアップルパイの皿を見つめている。
「そうか……素材の味がいい……そうだね……」
何やらブツブツと言ってますが、大丈夫ですかねえ?
明日はいよいよ、南方の連中を締め上げるというのに。
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