第625話 健全です

 フェイド陛下から驚愕の一言。ゲンエッダ王宮に、旧ゼマスアンドから送り込まれたスパイがいるらしい。


 でも、驚いているのは私だけ?


「まあ、そうでしょうな」


 簡単に流したのはサンド様。


「後宮にも、接触を図ろうとした痕跡があるのよ。馬鹿よねえ」

「レズシェノア様の周囲は、昔からの女性騎士に護られていますし、今はデュバル侯爵が寄越してくれた者達もいますから」

「母上……それに王太后陛下まで……」


 どうという事はないと笑い飛ばすのは後宮シスターズ。その様子に、げんなりしているのがミロス陛下。


 えー……本当に、どうなってるのー?


「間諜は、そのままにしておくんですか?」

「構わない。大事な書類は見られないようにしてあるし、何より奴らを使って間違った話を向こうへ流す事も出来る。今回も、それを利用させてもらった」


 ヴィル様の質問に答えたフェイド陛下がにやりと笑う。


 私知ってる。ああいう笑い方をする権力者は要注意なんだ。


「ところでデュバル侯爵」

「……何でしょう?」

「そう警戒するな。アストのところの面倒な連中を一掃するのなら、それに合わせて王宮内に巣くっている間諜共も全ていぶり出したいのだが。手を貸してはもらえないか?」

「私、大公殿下のお手伝いをする予定なんですが?」

「その前に、軽く王宮内の掃除をしてほしいのだよ」


 むう。これだよこれ。大公殿下は遠慮してたのに、兄ちゃんの陛下は押しつけてくる。兄弟の差か?


 返事をしないでいたら、フェイド陛下が王太后陛下に叱られていた。


「無理強いはやめなさい、フェイド。余所の国の侯爵で、女性なのよ? なのに間諜の捕縛を手伝わせようだなんて……」


 王太后陛下、優しい。リラやコーニーが微妙な顔をしているのは見なかった事にしておくよ。


 シーラ様、どうしてそこで慈愛のこもった目を向けるんですかねえ? いや、向けないでというよりは、この時この場でってのが引っかかります。


「陛下、間諜達が雇い主に連絡を取る方法は、見つけておいでですか?」


 ヴィル様からの質問に、フェイド陛下が頷く。


「ああ。我が国でも連絡に使う鳥を使い、手紙のやり取りをしている。王宮の鳥舎にしれっと自分達の鳥を紛れ込ませている大胆さだ」


 肝の太い間諜だなあ。でも、鳥かあ。


「その鳥での連絡、定期的に行っていると見た方がいいでしょうね」

「おそらくは。連絡がなくなれば、何事か起きたと報せる事が出来るからな」


 なら、スパイを狩るのは定期連絡の後。もしくは、捕まえた後に、本人を使って何事もないよう定期連絡を入れさせる。どちらも可能だねえ。


 そして、スパイを放ったのは、旧ゼマスアンドのどの辺りの人間なんだろう。それも、捕まえてみればわかるか。


 ヴィル様が、こちらに向き直る。


「レラ、どうだ? やってもらえるか?」

「わかりました。リッダベール大公領に戻る前に、終わらせましょう」

「おお! そうしてもらえると助かる」


 嬉しそうだね、フェイド陛下。でも、後で後悔するなよ?


「ただし」

「ただし?」

「一番小麦の増量を求めます。それと、お手伝いが出来るのは今回が最後となるでしょう。後宮や陛下のお側に置いたメイド達も、近く引き上げますので心に留め置いてください」

「え!?」


 あれ? フェイド陛下だけでなく、後宮シスターズまで固まっちゃったよ? 何で?


「嘘でしょう? それでは、あの魅惑の甘味は誰が作るの?」


 はい?


「オシルコにダンゴ、アンミツにマンジュウ。あれらがもう、食べられないなんて!!」


 待って。うちのオケアニス、一体何をやってるの? あ、ミロス陛下が額に手を当てて俯いちゃった。


『お二人の要望に応じて、甘味を作っていたそうです』


 しかも和風。小豆なんて、あったっけ?


『デュバルから取り寄せました』


 駄目じゃん。あ、でもデュバルの小豆を交易品に入れればいいのか。


『はい。後は、作り方を王宮の厨房担当に教えていけばいいかと』


 うーむ。甘味は割とうちの外交に使うものなんだけどなあ。まあ、離れているし、いっか。ここは交易品を一つ増やした事を褒めておかなくては。


 じゃあ、オケアニスには、シスターズが好む甘味の作り方を伝授しておくよう、指示を出して。あと、私からの褒賞を期待しておいてって。


『承知いたしました。皆が喜びます。それと、王宮のスパイは全て洗い出しますか?』


 お願い。それと、洗い出すのはゲンエッダ国内全土にして。


『承知いたしました』


 これでスパイ網が全滅させられれば、それはそれでよし……かな。


 まだ嘆いているシスターズに、声を掛ける。


「うちのメイドに作り方と、必要な材料を料理担当の者に伝えるよう、言っておきますから」

「でも、彼女達の作るものではないのよね?」

「あの優しい甘みがよかったのに……」

「ゲンエッダ王宮の料理人が作ると、歯が溶けそうなほど甘いのよ」

「ものには限度というものがございますよねえ?」


 シスターズ、これまでの王宮スイーツに思うところがあった様子。それでも我慢していたけれど、そこにオケアニスが和風スイーツをほどよい甘さで出しちゃった訳だ。そりゃ飛びつくよね。


 これを機に、ゲンエッダ王宮でも甘さ控え目のスイーツが流行るといいんじゃないかな。


 ……デュバルに帰ったら和風スイーツを作るよう、シャーティに依頼しようっと。久しぶりにあんこものが食べたいわ。


「侯爵、国が安定するまで手を貸してはくれないか?」


 フェイド陛下の方は、そんな事を考えていたのか……


「陛下、私、高いですよ? 今後の事を頼まれたら、この国の数年分の小麦を持っていくかもしれません。もちろん、一番小麦もいただきます」

「……そこを何とか、他のもので」

「なりません」


 甘えんな。一番小麦は欲しいしもらうけれど、それだけでこの先もゲンエッダの手伝いなんてしていられるか。


 私には、大事な領地があるんだし、仕事も山積みなんだから。


「陛下、諦めた方がいいですよ。無理強いは利かない相手ですし、やったが最後、確実にゲンエッダを見限ります。運河、あった方がいいでしょう? 下手すると、それすら途中で放棄して帰国されかねません」


 ミロス陛下が助け船……助け船だよね? を出してくれた。


「ミロス……」

「我々に出来るのは、彼女に精一杯の便宜を図る事です。その見返りに、本人が自発的にやってくれる事を待つだけですよ」


 ミロス陛下の言葉に、サンド様達オーゼリア組がうんうんと頷いている。ちょっと納得いかん。


 でもまあ、フェイド陛下が諦めたようだから、いっか。


 フェイド陛下を説得したミロス陛下は、こちらに向き直る。


「今回の間諜狩りは、やってくれるんだよな?」

「そうですね。このままだと、ゲンエッダが荒れて小麦も茶葉も手に入らなくなりそうですし」

「だよなあ。陛下、これだけでよしとしておきましょう」

「……わかった」


 これにて、一件落着。




 ゲンエッダ国内にいる旧ゼマスアンドのスパイ狩りは、一日で全てを終わらせなくてはならない。


 ちなみに、カストル情報により鳥以外の連絡方法も判明した。


「国境近くでのろしとは……」


 また古いなあ。ただ、周囲にはのろしとわからない方法を使っている……らしい。どんな方法よ。


「鍛冶屋の煙突を使っているようですね。一際高い煙突を持つ鍛冶屋がスパイでした」


 おうふ。割と昔から入り込んでいたのかしら。まあ、隣の国だしそりゃ動向は気になるか。


 スパイ捕縛に関しては、フェイド陛下と交渉して全権を委任してもらった。という訳で、人海戦術を使い全てを捕縛するぞー。


 王宮内のスパイに関しては、新たに連れてきたオケアニスが一人ずつ対応している。王宮内だけで十数人のスパイが見つかってるよ……


 彼等を捕縛するのは、昼日中。まず連絡係である鳥担当と鍛冶屋を捕縛。同時に彼等に情報を渡し、旧ゼマスアンドに送らせていた者達を捕縛。


 最後に、現場で情報を収集していた者達を捕縛。いやあ、皆見事な働きでした。


 王宮外の者達はまた後日王都に連れて来るとして、王宮内で捕縛した者達には順次自白魔法を使用。雇い主の情報を抜き出した。


「まあ、そうなるよねー」

「確かに想定内ね」


 雇い主、旧ゼマスアンドの南方六家の当主達でしたー。まあ、わかりやすいと言えば、わかりやすいわな。


 彼等には愛国心なんてものはなく、旧ゼマスアンド王家に対する忠誠心もない。


 ついでに、自分達の領地を護るという気概すらないわ。あるのは今の贅沢な生活を維持したいと願う欲のみ。


 まあ、それももうじき潰えるんですけどー。


 スパイ達が集めていた情報は、どれも国家機密には相当しないものばかり。ここらはフェイド陛下の情報統制の賜かもね。


 それはともかく、王宮及び国内の大掃除が終わったので、安心して大公殿下の元で南の連中をつるし上げられるというもの。


 ふっふっふ、待っとれよ。




 大公殿下は、旧ゼマスアンド王宮を仮の大公宮として使っている。建て替える余裕はまだないし、何より宮殿を建て替えるのなら一緒に領都も移してしまいたいところ。


 なので、しばらくはこのまま、旧王都、旧王宮のままにしておくそうな。


 使えるものは使い倒すのは基本だよね。


 その旧王宮に、旧ゼマスアンドの領主が集っている。東と西の領主達はいきなり呼びつけられた事に困惑を隠せないようだが、北は違う。


 何やら物々しい雰囲気で、大広間に入ってきた。


 中の一人、一番年嵩に見える人物が辺りを見回す。


「はて。今回大公殿下は全ての領主を集めたと聞いておりましたが、南の者達の姿が見当たりませんな」


 彼の放った言葉に、室内がざわつく。


 まだ大公殿下がお見えでないからいいものの、王宮に来る時間は決められていて、ちゃんと招待状……というか、召喚状? にも記載されている。


 こちらの大陸にも時計はあって、普通に十二時間制のもの。記載された時間は午前十時。


 普段は遠い領地にいる領主達も、今回ばかりは早めに旧王都に来て支度をしている。北の諸侯がいい例だ。


 で、南六家の当主達。そろそろ約束の十時になるというのに、誰一人ここに来ていない。


 実はカストルに見張らせているんだけど、まだ旧王都にすら到着していないってよ。


 では、何をやっているのか。一応旧王都に向かってはいるようだけど、お仲間の一人の領地で留まって、乱痴気騒ぎをしていたらしい。


 これで酒宴に呼んだのが素人だったらその場で全員捕縛コースだったけれど、玄人で金払いもよかったそうだから見逃した。


 で、その領地からのろのろと馬車で進んでいるので、未だに旧王都にすら到着していないというね。


 あいつらは、揃いも揃って大公殿下を……引いてはその後ろにいるゲンエッダ王家を舐めているらしい。


 まあいいや。その分きっちり締め上げてやるから。地下での愉快な仲間と一緒の健全なお仕事が待ってるよー。

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