第624話 なんでやねん

 強権発動まで、ちょっと時間をもらいたい。そんな言葉が大公殿下から出た。


「一応、北の了解は取ったけれど、ゲンエッダの陛下の許可は取っていないから」


 ああ、兄君にも話は通しておかないとね。そう考えると、北と南だけで、東と西の領主達には話を通さなくていいのかな?


 私の疑問に、殿下の目がちょっと遠くなる。


「東の四伯と西の七伯は昔からゲンエッダ寄りの家なんだ。でも、家の力自体はあまりなくてね……」


 つまり、今回根回しはしなくても文句は言われないけれど、家の力が弱いから味方に付けてもあまり意味がない家……か。


「そういう事ですか。陛下への書状その他でしたら、ついでに届けて差し上げますよ?」

「本当かい!? 助かるよ!」

「それと、南の領主達の横暴ぶりの証拠も、今から集められるだけ集めておきますね」

「至れり尽くせりだね……」


 おや? 先ほどとは声のトーンが違うね。嬉しくないのかな?


 無言で首を傾げる私に、殿下は苦笑する。


「昔から、人の厚意には裏があると教えられてきたんだよ」

「まあ。それは、王太后陛下の教えですか?」

「そう。あの王宮で生き抜く為には、全てを疑えって……ね。今も、その癖がどこか抜けないんだ」


 苦く笑う大公殿下。まあ、あんな王宮じゃあそうなっても仕方ない。本当、国王が愚かだと他の王族も家臣達も大変ね。


 それはそれとして。


「その割には、私の事は最初から信用していたようですが?」

「あの母上が、君には全幅の信頼を寄せているからね。どうしても、警戒心が緩むんだよ」


 判断基準は王太后陛下か。


「なら、どうして先ほどはお疑いになりましたの?」

「いやあ、兄上に書状を届けるくらいは本当についでだろうけれど、南の領主の横暴の証拠となると、ついでの範囲を超えると思わないかい?」


 いや、「思わないかい?」って聞かれましても。私にとっては本当に「ついで」だし。何なら、実行部隊のカストルにとっても「ついで」程度だよ。


『それでも、主様からのご命令がなければやりませんよ?』


 あんた、いつも私の命令を待たずに色々やってるじゃない。


『それは、主様の為になると私が判断した場合のみです。今回の南の領主達の一掃は、主様の為になるとは言い切れませんから』


 一応、カストルの中にも判断基準はあるのか。まあいいや。なら、彼等を潰す事は私の望みと解釈して、奴らの弱みを洗いざらい探ってきて。


『承知いたしました』

「殿下。今回、南の六家を一掃する事は、私の願いでもあります。ですから、こうして力をお貸ししている訳なのですよ」

「それがわからないんだよ。何故、他国の……それも、さほど交流のない私の領地で不正をしている領主を処断するのが、侯爵の願いになるのか」


 ああ、そこからか。


「……我が家の恥になりますが、私の祖父と実父は領地にろくに手を入れず、領民の中から餓死者を出す事がありました」

「え……」

「それを憂えた近隣領主の家々の当主が、父を廃し、私を新たな領主として家を再興させる事にしたのです。ですから、領主に虐げられる領民を見過ごす事はしたくありません。ただ、それだけなんです」


 言ってしまえば、本当にこれだけだ。後は、人として見殺しにしたら寝覚めが悪いとか、そんな感じ。


 人間、食べられないってのはかなりの苦しみだから。


 私の説明に、殿下が何やら考え込んでしまっている。どうしたんだろう?


「その……こんな事を言うのはどうかとも思うけれど、その近隣の当主達のやった事は、越権行為になるんじゃないかな?」


 そう来るか。でも、確かにこれだけ聞いたら、そう思うかもー。


「全ては、オーゼリアの国王陛下の思し召しです」

「国王の? そうか……それなら……」


 さすが王族。国王陛下の鶴の一声の威力をよくご存知でらっしゃる。


 あの時はまだ上王陛下が国王の座にいらしたけれど、多分我が家の事情に深く関わったのは王妃様……ネミ様の方だと私は睨んでいる。


 上王陛下は、父を廃す判断を下すには、優しすぎるから。ネミ様が優しくないという訳ではないけれど、あの方は国の利益の前には個人の感情などいくらでも捨てるという覚悟を持った方だ。


 そういう意味でも、隠居なさっている今は、お二人とも穏やかに過ごされているんだと思う。決して院政は敷かないってところだね。


 ちょっとオーゼリアの事を想いだしていたら、大公殿下がくすりと笑った。


「何だか、侯爵のお家事情は我が王家に通じるものがあるね」

「ああ……そう……かも?」


 そういや、うちの実父も愛人に入れ込んで、しかもその愛人に托卵されてたね。側室の生んだ子が王の子ではないって聞いた時、私も思ったっけ。


「ともかく、そんな事情で殿下に力添えをするのは、完全に私の私欲です。お気になさらず」

「そうか……うん、わかったよ。では、全力で頼らせてもらおう」


 こういう台詞、違う人が言ったらきっと「図々しい」とか思うんだろうなあ。でもなーんかこの人、憎めないんだよねえ。素直だからかな?




 旧ゼマスアンド王宮、現リッダベール大公宮の一室を借り受け、移動陣を設置する。


 一応、部屋の扉は結界で覆っておく。間違えて誰かが入ってこないように。


 ゲンエッダには、迎賓館に移動陣を敷きっぱなしだ。その座標を入力して、こちらの移動陣から迎賓館へ移動出来るようにしておく。


「さて、じゃあ一度ゲンエッダに戻りましょうか」

「グラナダ島じゃないの?」


 リラの問いに、軽く頷く。


「まずは、フェイド陛下に殿下からのお手紙を渡さないとね」


 私の手には、つい先ほど大公殿下がしたためたばかりの手紙がある。これを、ゲンエッダのフェイド陛下に手渡ししてくるのだ。


 出来れば、返事ももらってきてほしいと言われたっけ。まあ、急ぐもんねえ。


 とはいえ、北から十二伯が旧王都に到着するまでまだ時間がある。それに、他の諸侯や断罪予定の南の六家も呼び出さなきゃいけない。


 結局公開処刑は、東西南北全ての家の当主を集めてやる事になったのだ。今後同じ轍を踏む馬鹿が出ないよう、見せしめの意味もあるらしい。




 サンド様を通じてゲンエッダのフェイド陛下に繋いでもらった。忙しいだろうに、すぐに会えたのは大公殿下からの手紙を持っているからかな?


 通されたのは、公の場である謁見の間ではなく、フェイド陛下の私室。とはいえ、後宮の部屋でない辺り、完全に私的ではなく、半分公ってところかな。


 部屋では、既に陛下がくつろいでいた。


「よく来た。向こうはどうであった?」


 向こうというと、当然リッダベール大公領の事だよねえ。


「面倒ごとが起こってますよ」

「何?」

「詳しくは、殿下からの書状をご覧下さい」


 取り出した手紙を、侍従が手にした銀盆に置く。一度彼が確かめて危険がないと判断した後、陛下の手元に行くのだ。


 盆と同じく銀色のペーパーナイフで封を開け、中身を確かめていく侍従。彼の顔色が、さっと変わった。


「陛下……」

「……あいつは、何を書いてきたんだ?」


 侍従の様子に、陛下が怪訝な様子だ。盆の上に載せられた手紙を手に取り読んでいく彼の眉間に、皺が寄っていった。


「……これは、確かな事か?」

「南の領主達の横暴でしたら、事実です」


 何せ、この目で見たから。


 フェイド陛下は何事かを考え込んでいる。さすがに大公殿下が手紙にどこまで書いたかは、私も知らないんだよねえ。


 やがて、陛下が短い溜息を吐いた。


「いいだろう。あの土地はアストに任せたんだ。あいつがやりやすいようにやるといい」


 お、お墨付きがもらえた様子。んじゃ、この返答を持って大公殿下のところに帰ろうかね。




 と思っていたら、サンド様に捕まった。


「まあまあ、そんなに急いで向こうに行く事もないさ」

「それはそうなんですけど」


 リッダベール大公領に関する情報の出所は、ヴィル様だろうなあ。


「今夜の夕食は、グラナダ島で一緒にどうかな?」

「いいですね」


 サンド様だけでなく、シーラ様も来るだろうし。久しぶりの顔ぶれでの食事は、楽しかろう。


 グラナダ島には、相変わらず使節団の人達が滞在している。彼等は全て月光館にいるので、私が過ごす陽光館に来る事はない。招待すれば別だけど。


 その陽光館の食堂で、ごく内々の食事会だ。参加者はサンド様とシーラ様のアスプザット侯爵夫妻、ヴィル様とリラのゾーセノット伯爵夫妻、コーニーとイエル卿のネドン伯爵夫妻。そして主催の私とユーイン。


 のはずだったんだけど。


「なるほど、これは凄い……」

「そうでしょう? 私も初めて来た時には驚いたものよ」

「今は島の住民が増えて、通りの店舗も開店しているところが多いそうです」


 何故か、フェイド陛下と王太后陛下、ミロス陛下の母君まで同席しているんだが?


「まさか、俺まで呼ばれるとはな……」


 そう言って肩を落としているのはミロス陛下本人だ。お隣に座る母君は、久しぶりに会う息子に満面の笑みだ。


 うん、何だろうね? このカオス。


 それでも食事会は始まり、和やかな雰囲気の中進んでいく。


 途中のソルベまで来たところで、フェイド陛下が口を開いた。


「オーゼリアの者達はもう知っているだろうが、近くリッダベール大公領でちょっとした騒動が起こる。今日は、その事を伝えておきたかったんだ」


 それはわかりますが、その場を何故うちの島に決めたのか、小一時間問い詰めてもいいですかねえ?


 私のその気持ちを代弁するように、王太后陛下が口を開いた。


「フェイド、それを話す場所をデュバル侯爵の島にした理由は、何?」


 ですよね!? 何でだよって思いますよね!? 無言で軽く頷いていたら、シーラ様に視線だけで「めっ」ってされた。


 王太后陛下の疑問に、フェイド陛下が軽く答える。


「簡単ですよ、母上。我が王宮に、旧ゼマスアンドの間諜が入り込んでいるからです」


 何ですとー!?

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