第621話 無理なのはわかっていても

 旧ゼマスアンド現リッダベール大公領内で、盗賊発見。とはいえ、彼等はガリガリに痩せた農民だった。


 自分達が食べる分だけでなく、家族の食べる分を何とかしたくて、急ごしらえの盗賊になったらしい。


 現在、その盗賊になった農民が暮らす農村で、炊き出しの真っ最中。炊き出しをしているのはオケアニス。


 私とリラ、ユーイン、ヴィル様は、馬車の脇にテーブルと椅子を出してちょっと休憩中だ。


 そのテーブルの側に、地べたに正座しているのが盗賊として私の馬車を襲撃してきた農民である。


「あの街道は、馬車がひっきりなしに通るようになったから、一台くらい襲えば金になるかと思って……」


 野菜入りの重湯を食べて少し落ち着いた彼等から、ちょっと詳しい話を聞こうと思ったところ。


 この辺りはそれなりに平坦な土地だから、何とか農作物を作る事が出来る場所だという。


 そこに目を付けたのが、ここらを治める領主だ。


「ご領主様は、儂等に重い税を払わせて、払えなければ女房や娘を取り上げていたんだ……だから、儂等は自分達が食べる分すらなくて……」


 災害や土地が痩せているからという理由ではなく、人災だった訳だ。


 つか、ここの領主ってどうなったの?


「先の戦争で大した事をしていなかったせいで、大公殿下にそのままこの土地を治めるように言われているようです。今はその大公殿下に取り入ろうと、領地内の領民に重税を課しています」


 おうふ。領民、何も救われていないよ。てか、そんなのをどうして放置してんのよ、大公殿下。


「さすがに、この短期間で領内全ての把握は厳しいかと。主様でしたら、軽く出来るでしょうが」


 カストルの言葉に、棘を感じる。いや、こんな寂れた元国、もらったってこっちが困るでしょうが。


「何事も、やりようというものがございます。もらっておけば、酪農を広げて山羊や牛、羊などを手広く育てられたかもしれませんよ?」


 結果論だね。大体、家畜ならデュバルでも育てられるって言ってたじゃない。


 ……カストルからの返事がない。まったく。


 ともあれ、余所でもこういう農村があるかもしれない。そこを治める領主の行動と合わせて、ちょっと調べておこう。


「という訳で、よろしく、カストル」

「承りました」


 カストルに命じると、軽く一礼して馬車へと向かう。


 その様子を見送りながら、ヴィル様が口を開いた。


「レラ、何を命じたんだ?」

「ここと同じような農村が、他にもないか探ってもらいます。それと、その農村を治める領主の動向も」

「……内政干渉にならないか?」

「なるかもしれませんが、それならそれでゲンエッダの王様に色々ねじ込もうかと。何せこの土地、最初は私にくれるって言ってましたから」


 さすがに国内に土地を持つのは……フロトマーロでやってるね! とはいえ、海を越えてってのは……帝国でもらったじゃん!


 何だろう……言い訳しようとすればするほど、自分の首を絞めていく気がする……


「まあ、ゲンエッダの国王陛下も、戦争の最大功労者であるレラには文句を言うまい」

「ははは」


 ヴィル様の言葉に、笑うしかない。私は催眠光線でゼマスアンドの兵士達を眠らせただけなんだけどなー。


 眠らせるって、一番楽な無力化方法だよね。




 この農村には、オケアニスをそのまま置いておく事にした。ポルックスがデュバルから食料入りの収納バッグを持ってきたので、このまま炊き出し部隊とする為だ。


「後、領主が力尽くで何かしてこようとしたら、反撃していいし捕縛していいから」

「わかりました」


 オケアニスは、全員見た目が可憐な少女だ。大体十四歳から十六歳くらいの見た目で、しかもメイド服。


 これで戦闘特化とは、誰も思うまい。これなら領主の方もころっと騙されて手を出してくるだろう。


 ……酷い外見詐欺をしている気がするけれど、悪人を捕らえる為だからいいや。


 フロトマーロでも旧レズヌンドの船を数名で沈めたんだから、陸上でも百人や二百人の兵士くらい楽勝でしょう。


 先を進む事にした私の通信機に、タイミングよく大公殿下から連絡が入る。


『今、どのくらいの場所だろうか? こちらから迎えを出すが』

「迎えはいりません。街道を進んでいますので、迷いようはありませんから」

『……何か、あったのか?』

「まあ、どうしてそう仰るんでしょう?」

『いや、何か声が……前と違うような?』


 変なところで賢いんだな、大公。いやいや、カストルも言っていたではないか。こんな短期間で元は一国だった領内を完全に把握するのは難しいって。


「……詳しくは、そちらに到着してからお話ししますね」

『そ、そうか。では、待っている』


 通信が終わって、つい深い溜息を吐いてしまう。


「あんたにはしては上出来よ」

「リラ……それは褒めてるの? 貶してるの?」

「褒めてるに決まっているでしょう? 貶してほしかったの?」

「いや、そういう訳では……」


 リラの物言いのせいか、先程まで自分を取り巻いていた刺々しい空気が消えた。


「大公殿下の周辺も、あまりいい人材がいないのかもな」


 そんなヴィル様の呟きが、心に残った。




 旧ゼマスアンドの王都は国の北東よりにあって、名をパフデニールという。初代国王の王妃の名を冠したものだとか。


 ここに来るまで、街道をのんびり進んでいたら一週間もかかっちゃったよ。その間、大公からは矢のような催促が来たっけ。


 向こうも私に見せる果物の用意があるから、焦っていたのかもー。


 でも、時間を掛けたおかげで、色々見えてきたものもある。


「主に南側が腐敗してるね」


 カストルが調べた結果を地図に書き込んでいくと、ものの見事に国の北と南で明暗が分かれている。


 とはいえ、北に領地を持つ家は、先の戦争で当主や兵士達を人質に持って行かれた家ばかり。


 あ、私が悪いのか。でも、あれは戦争だしー。死ななかっただけ、マシだと思ってほしいなー。


 対して南の領地はのらくらと戦争参加を逃げ回り、かつ王やその周辺に金をばらまいて利益を得ていた家が殆ど。


 これも、北は農地に向かず、南は比較的農地に向いている土地柄かもね。


 何はともあれ、農民が重税にあえいでいたのは南が多い。だから、通りすがりの農村で炊き出しを行ってきた訳だ。


 旧王都を目前にした辺りで、最初の農村に置いてきたオケアニスから連絡が入った。


『領主の息子が兵士を連れて村に来ましたので、捕縛しておきました』

「ご苦労様。そのまま、穴でも掘って放り込んでおいて」

『承知いたしました』


 オケアニスはいい子達ばかりで助かるよ。




 旧王都パフデニールは、華やかな都市だ。石畳の街路は美しく整えられ、家々の窓や入り口にはプランターが置かれていて季節の花が咲いている。


 南にあった農村の貧しさとは、雲泥の差だな。


「旧王都はコンパクトな感じで可愛いなあ」

「いや……デュバルのネオポリスと比べちゃ駄目よ。あっちが普通じゃないんだから」

「失礼だな、リラ。ネオポリスは頑張って作ったデュバルの領都なんだぞ?


 快適に過ごせるよう、色々と計算して――」


「わかってます。そういう意味じゃないっての」


 えー? じゃあどういう意味さー。こういう時、旦那連中は貝になる。ずるい気もするけれど、下手に口を挟まれてもなー。


 馬車は旧王都を駆け抜け、奥にある旧王宮へと向かう。ここも、コンパクトだけれど瀟洒な造りだ。


 だが、あの旧王宮にいるのは、見かけ通りの美しい連中ではない。通り過ぎてきた農村を思うと、奥歯をぎりりと噛みしめてしまう。


「抑えて」

「……わかってる」


 リラの言葉に、深呼吸をして体の中の何かを散らす。


 こんな身分社会だと、上が間違えばその影響は下がもろに受ける。そして、下は上に文句すら言えないのだ。


 だからこそ、上は間違えてはいけない。少なくとも、下の人間達が飢えるような事をしてはならないのだ。

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