第620話 またかよと思ったら

 改めてカストルに調べさせたところ、ブルカーノ島へ海から侵入しようとしていた連中がいた事が判明。


 いや、いたんなら報告してよ。


「主様のお心を煩わせる必要はないかと」

「ここにもホウレンソウが出来ていないのがいた……」


 リラが何やらがっくり肩を落としている。そういえば、私も度々言われるね、それ。


「主に似たのか主が似たのかわからないけれど、改めて言います。報告連絡相談! 大事! 特にカストル! 判断はこの人がするんだから、勝手に判断しない!」

「承知いたしました」

「あんたはもう少しこいつに目を光らせて!」

「えええええ」


 カストルに目を光らせるなんて、無茶を仰る。




 海から侵入した連中の背後関係は改めて洗うとして、ブルカーノ島の警備をもう少し厚くしておきたい。


「オケアニスを配備しますか?」


 オケアニスなあ。それもいいんだけど、機械警備をもうちょっと入れておこうか。


 私の言葉に、カストルだけでなくリラも首を傾げる。


「赤外線探知機でも置くの?」

「それもいいんだけど、どうせなら移動型監視カメラと捕縛システムを一緒にしたものを作りたい」


 何というか、アニメなんかにある捕縛専用ロボットみたいなの。


「ブルカーノ島から船に乗る人には、期限有りのIDを発行して、それを携帯していないと警告、後捕縛って感じ」

「で、捕縛する相手の顔もカメラで撮影しておこうって訳?」

「そう」

「んー……それならあり……か?」


 IDには、入れる区分を決めておいて、立ち入り禁止区域に入った「客」も同様に捕縛対象とする。


 もちろん、ID発行時にその事を口頭と書面で説明しておく。言った言わないになると面倒だから、書面も大事。


「これからブルカーノ島に入る人間は増えるだろうから、全てをオケアニスに任せるより、単機能で捕縛と監視、カメラ撮影に特化したロボットを導入しようかなと」

「オケアニスの増産では、駄目なのですか?」

「オケアニスは高機能だから、ぽんぽん増産するのは反対です」


 私の言葉に、何故かカストルがしょんぼりしている。いや、オケアニスみたいな高機能な子達を増産する必要はないでしょうよ。


 ロボットなら、廃棄処分にするのも心が痛まないしね。




 オーゼリアでの一件ですっかり忘れていたリッダベール大公からの連絡が来た。


『見つけたぞ!!』


 何を? 通信を聞きながら、素で首を傾げた。ゲンエッダに渡した通信機、旧式だから画像がないんだよね。


『聞いているのか?』

「聞いてますよ。見つけたって、何をですか?」

『何をって……果実に決まっているじゃないか』


 あ。そういえば、私が気に入る果実でも見つけたら、運河建設をするって言ったんだっけ。忘れてたわ。


「ええと、では近々ゲンエッダ王宮へ向かいますので、そちらに運んでおいてもらえますか?」

『え……それだと、傷んでしまうのではないか?』


 そっかー。でも、リッダベール大公領には移動陣を敷いてないしなあ。わざわざ行くのも面倒だわ。


 大体、本当に私が気に入るフルーツかどうかも怪しいし。


 今現在、これだけやる気にならないって事は、多分不発な予感がする。大公殿下、運河が欲しければ自力で頑張ってくれたまえ。




 結局、こちらからリッダベール大公領へ赴く事になった。面倒。


「顔に出てるから」


 リラに言われるも、本当の事だから仕方ない。


 移動は馬車。デュバル製のものを、人形馬に引かせている。護衛を付けるとゲンエッダの国王陛下や王太后陛下に言われたけれど、この大陸で私を下せる人間なんているかな?


 という訳で、護衛なし。馬車のみでの移動です。とはいえ、御者はカストル、同乗者は私の他にユーイン、リラ、ヴィル様。


 リラの身の安全はヴィル様に任せるとして、カストルとユーインがいるんだから問題ないない。


 もし襲撃してくるものがいれば、そのまま労働力として使えばいいよ。一応、事前にゲンエッダの国王陛下とリッダベール大公双方からもらってるし。


 ゲンエッダとの国境を越えると、リッダベール大公領だ。前の名前はゼマスアンド。それなりの大きさの王国だった。


 国境付近は岩だらけの荒れ地だったけれど、そこを越えても、何だか荒涼とした風景が広がる。


「寂しい土地だね」

「そうね」


 街道脇の並木すらない。こっち側は、一応水に困るような土地じゃないはずなんだけど。


 しばらく進んだら、カストルから車内に報告が入った。


「街道の二キロ先に襲撃者が隠れています。どうなさいますか?」


 マジかー……本当に襲撃者が出てくるとは。


「全員捕縛して。その場に転がしていくのは……ちょっと駄目か。穴掘って、放り込んでおく?」


 捕虜の収容によく使った手だ。深く掘っておくと、逃げ出す手段がなくておとなしくなるんだよね。


 だが、返ってきたのは想定外の答えだった。


「いえ、放置しておいたら、最悪死ぬかもしれません」


 はい?




 移動中ではあるけれど、街道脇に潜んでいる襲撃者を一人残らず捕縛してから目の前に並べてもらった。


 見事に皆、ガリッガリの体である。それに臭い。着ているものも、長く洗っていないようだ。


 彼等は、農機具を手に私達を襲撃しようとしていたらしい。何ともまあ。


「どうするんだ? これ」

「どうしましょうねえ?」


 どこからどう見ても、食い詰めた農民にしか見えないんだけど。試しに一人ピックアップして自白魔法を使ったら、やっぱり近隣の農村の民だった。


 襲った理由は簡単。食べ物がなく、このままでは村民全員が飢えて死ぬほかないから。


 私達を襲い、馬車や馬を売れば、その金で食べ物を買える。そう思ったかららしい。


 胸の内がきゅっとする。この世界に転生してからこっち、私は食うに困る状況に陥った事がない。


 貴族の娘としては、ちょっと他にない経験を積んではいるけれど、それでも食べられない体験はした事がない。


「リッダベール大公は、領民のこの状況を知っているのかしら」


 思わず口を突いて出た言葉に、自白魔法を使っていた相手が昏い目をした。


「上のお貴族様が、儂等の現状など知る事はねえ。誰が上についても、何も変わらねえんだ」


 うーん。これ、放っていくってのは、ちょっとなあ。




 結局、彼等の村まで案内させ、即席の炊き出しを行う事にした。費用は後でリッダベール大公に請求しよう。


 セコいと言うなかれ。私が彼等に施しを与える義理はない。まあ、勝手にやるけれど、これも襲撃された逆恨み、仕返しと大公には思ってもらおう。


 だってー。私は他国の侯爵で運河を建設してくれるかもしれない大事な客人なのにー。その大事な客が来るとわかっていて、街道警備を怠ったのは大公殿下だしー。


 警備の為に周囲をきちんと見て回っていれば、村の窮状を知る事も出来たと思うんだー。


 ぜーんぶ、大公殿下の怠慢だと思っておこーっと。


 案内されて向かった村は、まあ酷かった。村民全員が襲撃してきた男達同様痩せ細っている。


「で? ここまで来たけれど、この先どうする訳?」

「そりゃもちろん、炊き出しするよ」

「私達が?」

「まさか」


 カストルが気合い入れて増産した子達がいるでしょうが。




 馬車の中にオケアニスを呼び出させて、三人ほどを外に出す。カストルが食材をデュバルから直接運び、調理台や調理器具も同様に運んだ。


 カストル、単体で移動陣のような事が出来るからね。今回は、馬車の中から食材その他を取りだしたように見せかけた。


 それらを、村民の目の前で調理する。いい匂いに、遠巻きに見ていた村民達の喉がなった。


 長く食べられなかったという相手に、いきなり重いものは危険だから、野菜を煮溶かしたスープを振る舞う。


 米も少し入れて、重湯のようにしておいた。それらを、並ばせて一人お椀一杯ずつ配っていく。


 あちこちで、村民の顔に笑顔が浮かんでいた。


 さて、フルーツ云々の前にやる事が出来たかもね。まずは大公殿下とお話し合いだ。


 あ、今回の炊き出しの費用も、請求するのを忘れないようにしないと。

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