第619話 初の入植者とその後
現在、私が主に過ごす場所はグラナダ島だ。ここは入る人間を制限している島なので、面倒な連中が入り込まなくていい。
「その分、人がいなくてスッカスカだけどね」
「リラが厳しい」
午前中の執務時間、書類仕事をしつつリラと軽口を言い合うのもいつもの事だ。
でも、確かに人がいないから閑散としているんだよね、ここ。
ある程度の建物は建ててあるけれど、誰も入っていないからゴーストタウン味がある。
店舗も、今すぐ使えるような設備が整っているんだけどねえ。
「いっそ、ネレイデス達を住人として住まわせようか」
「それはそれでテーマパーク味がありすぎて怖い」
あれも駄目これも駄目じゃ手がないじゃん。
そんなグラナダ島でも、たまに来客がある。大きなお風呂目当ての後宮シスターズだ。
「お邪魔していますよ」
「やはり、ここのお風呂はいいですねえ」
満面の笑みで言われては、文句も言えない。いや、言う気もないけれど。
大抵はシーラ様と一緒に来て、お風呂に入って食事をして帰っていく。後宮とはいえ、あの国の王宮にいるからか、それなりストレスが溜まるらしい。
「かといって、王都にお忍びでいくのもねえ……」
安全確保という面では、いくら王のお膝元とはいえ怪しい部分があるそうな。後宮に刺客が送られていたくらいだからね。
オケアニスを護衛代わりに連れて行くという手もあるけれど、それならグラナダ島に連れてきた方が安全という事……らしい。
「街中を散歩するだけでも、大分違うみたいなのよ」
苦笑するシーラ様に、何も言えない。そうだよなあ。たまには羽を伸ばして買い物とか、したいよねえ。
やっぱり、グラナダ島の店、ネレイデス達に運営させる?
こういった事は、ネレイデス達を管理しているカストルに聞くのが一番。
という訳で、話を振ってみた。
「グラナダ島内の店舗を、ネレイデス達に運営させる……ですか?」
「無理かな?」
「無理……とまではいいませんが、それくらいでしたら、行き場所のない者達を連れてきてここに住まわせる方が現実的かと」
「行き場所のない者達って?」
まさか、オーゼリアから人を連れて来るって事? それくらいなら、飛び地に住まわせた方がいいのでは?
私の言葉に、カストルが首を横に振る。
「いえ、旧レズヌンド王国の民達です」
ん? 旧レズヌンド? レズヌンド自体は聞き覚えがあるけれど、いつの間に滅んだの? あそこ。
「いつぞや、かの国がデュバルのビーチを襲撃してきたのを、覚えてらっしゃいますか?」
「あれか。確か、オケアニスとヒーローズで返り討ちにしたやつじゃない?」
「そうです。その後も何度か襲撃してきましたが、その度に追い返しました。人死には出ていませんが、あの国が所有していた船は海の藻屑と化しまして」
まあ、そうだろうね。それなり沖に持っていったそうだから、そのうち魚の住処になるんじゃないかな。
「そんな事を繰り返したものですから、周辺国からあっという間に攻め入られたようです。結果、亡国となりました」
なるほど、自業自得という訳か。
「そのレズヌンドですが、民衆の大半が周辺の国へ難民として逃れておりまして」
「もしかして、フロトマーロにも?」
「ええ。ですが、あの国に入った難民はまだ幸せな方です。何せ主様が作られたため池のおかげで、農業が盛んになっておりますから」
そういえば、そんなものも作ったね。海沿いのうちの土地では、海水を真水化するプラントを使って水を贅沢に使っているから、忘れていたわ。
「じゃあ、ここに連れてこようとしているのは、他の国に散ったレズヌンドの国民って事?」
「はい。中でも難民として逃れた先で虐げられている者達を中心に、連れてこようかと」
うーん。それはいいんだけど、あの国、長らくオーゼリアが肩入れしたおかげで、上から下までおごり高ぶったやつばかりってイメージなんだよなあ。
そんなのをグラナダ島に入れて、大丈夫なんだろうか?
「街の治安維持には、増産したヒーローズを当てようかと」
「やっぱり、オケアニスだけでなくヒーローズも増産してたか……」
やってるとは思ったけど、改めて言われるとちょっとげんなりする。
「彼等はある意味見せる抑止力です。当然、裏ではオケアニス達にも頑張ってもらいましょう」
いい笑顔のカストルに、私とリラはドン引きだよ。
とはいえ、確かに統率が取れない人間を入れる以上、治安維持を考えるのは大事だ。
実験として、一部区画に入植を許してもいいかも。
「わかった。カストルから見て、犯罪行為に走りにくい人材を選び出して連れてきて。ただし、本人達が来るという意思を見せてから、ね」
「承知いたしました」
さて、これで少しはこの島にも人が増えるだろう。
そうなると、次は店先で何を売るかだ。
「人が住むなら、生活必需品は扱わないとね」
「そうねえ。いっそ、安いものはゲンエッダから仕入れたら?」
「そうなるか」
輸送費を考えたら、ゲンエッダから購入するのが一番だ。いや、リッダベール大公領やブラテラダからでもいいんだけど。
リューバギーズが候補に入っていないのは、あの国とお付き合いする気があまりないから。特産品も、これといってなかったしねえ。
「後、後宮のお偉いさん方向けに、デュバルの高級商品も扱ってみてはどう? 王太后やミロス陛下の母君ご愛用の品となれば、宣伝効果は高いと思うから」
ふむ。確かに。
「じゃあ、磁器や陶器の置物、それから化粧品なんかを並べてみるか」
この辺りは、オーゼリアでも人気の品だ。後宮シスターズにも、気に入ってもらえるかも。
グラナダ島初の入植者の件でバタバタしている中、オーゼリア王宮から通信が入った。
『やあ、侯爵』
おっと、通信画面に映っているのは、レオール陛下ではありませんか。
「ご無沙汰しております、陛下」
『面倒な挨拶はいい。少し前にもらった録音の件だ』
あれか。ゴシップ誌を使って、こちらに攻撃を仕掛けようとしていたカシュード伯爵。
貴族派で、亡きビルブローザ翁の思想に染まりきっていた人物だっていう話だけれど。
その後、処分に関しては王家に丸投げしておいたんだっけ。あれの結果が出たのかな? 早くね?
「カシュード伯爵……ですよね?」
『ああ、結果だけ言おう。前カシュード伯爵は病気療養の為に爵位を遠縁の者に譲り、自身は領内の僧院に入る事になった』
わー。家は潰さないけれど、頭はすげ替えるよって事か。
『ちなみに、次のカシュード伯爵は齢三歳の男児だよ。侯爵の記録を塗り替えたな』
え……それって……
「随分と若い方が爵位を継がれたのですね?」
『年がいっていると考え方が固まってしまうからな。それくらいなら、これからいくらでも教育出来る者に爵位をと思っただけだ。これは、ビルブローザ侯爵も承知している』
あー、お疲れ様です、ビルブローザ侯爵。あの人、どこまでも自分の祖父の尻拭いをさせられてる気がする。
そのうち、温泉街の無料宿泊券でも送ろう。往復の列車切符を同封して。
『それから、カシュード伯爵に色々と提供していた家だが、これを機に一掃しておいた』
「一掃」
やだー、凄く不穏な言葉なんですがー。
『当主交替は軽いもので、一番重いのは爵位と領地を没収だ。どこの家とは言わんがな』
画面の中のレオール陛下が、不敵に笑う。怖い怖い。
ちなみに、カシュード伯爵が後援していた出版社は潰れたってよ。何やら不正をしていたそうで、一斉摘発を受けた結果だってさ。
まあ、ゴシップ雑誌中心の出版社だったみたいだから、その雑誌自体刊行出来なきゃ先はないわな。
通信が終わり、ほっと一息。
「それにしても、カシュード伯爵って何がしたかったのやら」
リラの言葉に、ちょっと考えてみる。
「ビルブローザの爺さんに心酔していたみたいだから、爺さんの敵討ちがしたかったのかも?」
「その時点で周りが見えてないわね。滅ぶべくして滅んだってところか」
そうだね。リラの言葉が正しいと思う。
ともあれ、これで鬱陶しいのはいなくなったから、よかった。それでも、ブルカーノ島の警備は厳重にさせておかないと。
あそこ、うちの海の玄関なんだから。
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