第618話 ゴシップ
旧ゼマスアンド現リッダベール大公領にも運河を通してほしいリッダベール大公殿下が、領内でおいしい果物を探すから少し待ってほしいと言ってきた。
これ、帰国が伸びるフラグじゃないよね?
グラナダ島での執務中、リラに軽く振ってみた。
「確実にフラグじゃないの」
「マジでええええええ」
別に、私がどうこう動いた結果じゃないのにー。あ、運河建設を遠回しに断ったから? でも、あの状況で受ける案件じゃないよね?
「まあ、今回は相手が悪かった……というか、そもそも運河をタダで作ったあんたが元凶か。諦めた方がいいんじゃない?」
どうしてこうなった……
それでも、船だけは先に出してもいいんじゃないか? という話になり、ゲンエッダのデーヒル海洋伯が所有する港から、大々的に出港した。
甲板に使節団の面々がいるけれど、中に入った途端グラナダ島へ移動陣で向かう。その事は既に通達済みなので、混乱はない。
グラナダ島に滞在する人もいれば、他の島で家族と過ごしている人達と合流する家もある。オーゼリアに船が到着するタイミングで全員が揃っていれば、問題なしとなった。
「島で過ごしている人数は、約半数ってとこね」
名簿を確認しつつ口頭で報告してくるのはリラ。何故か、使節団の現状把握の仕事がこちらに回ってきている。
「解せぬ」
「何が?」
「使節団に関する事って、うちの仕事じゃないよね?」
「仕方ないんじゃない? 使節団がばらけて滞在しているのって、デュバルの所有する島なんだから。彼等の所在地や人数を把握出来るの、うちだけだもの」
「うぬう」
使節団の利便性を考慮した結果、私にしわ寄せが来ているのは理不尽じゃないかね?
いっそ、全員ブルカーノ島に送り込んじゃおうかな。
リラに提案したら怒られましたー。何でー?
「雑な仕事をするんじゃありません! 大体、ブルカーノ島に使節団が現れたら、誰に見られるかわからないでしょう? どう言い訳するつもり?」
「えー? でもあの島、うちの領地で出入りは現在制限されてるはずだよ?」
「制限されると覗きたくなるのが人の性よ。研究所で売っている望遠カメラで撮影している連中がいるって報告が上がってきてるわ」
「何? 誰だそれ?」
「最近、王都で部数をそれなり伸ばしているゴシップ雑誌の記者みたい」
ゴシップ雑誌!? こっちでも、そんなのあるんだ?
「貴族は特に目の敵にしているらしく、訴えられないギリギリを攻めているわ。それに、どうやら背後に権力者がいるらしくてね……」
ほほう?
「後ろに付いてる家に関しては、後でカストルにでも調べさせるといいわ。多分、表立ってデュバルに対抗出来ないから、裏から手を回そうとしているんでしょうけど……考えが浅いわよねえ」
本当にね。うちには、有能執事達がついているんだぞ。
カストルには、王都で流行りだしたゴシップ雑誌の裏にいる貴族を洗い出してもらうのと、ブルカーノ島にちょっかいをかけているのを一掃してもらうのを頼んだ。
「労働力になさいますか?」
「んー。一応、雑誌を出している出版社の方に、厳重注意を入れておいて。次はないとも」
「承知いたしました」
これでおとなしくなればいいけれど……多分、無理だろうなあ。
「それと、ヘレネからの報告がございます」
「何?」
「帰りの航路にて、再び海賊が襲撃してきたので捕縛したそうです。どうなさいますか?」
「まだ生き残っていたのか海賊。彼等のアジトを探して、囚われている人達がいたら解放して。海賊達は労働力に」
「承知いたしました」
海賊って、捕まったら縛り首だっけ? なら、生きていられるだけましってもんだよね。
にしても、海賊かあ……彼等がアジトにしている島は、残らず取り上げたんじゃなかったっけ?
「行きとは違う航路を使って戻っているそうです。なるべく、近場に島がある海域を進んでいるそうですよ」
「それって……」
「海の安全を確保するのも、大事な事ですね」
海賊がいそうなところを狙って進んでるって事か。とはいえ、海から賊がいなくなるのはいい事だ。
それに、うちの労働力が増えるのも、いい事だね。
大公殿下がおいしいフルーツを領内で見つける前に、カストルの調査が完了した。
報告は、グラナダ島の陽光館執務室で聞く。同席するのはリラのみ。
「出版社の後ろにいるのは、貴族派の伯爵家であるカシュード伯爵家です」
「貴族派? 何だってまた、あの派閥が?」
あそこは先代ビルブローザ侯爵であるじいさんがやらかした為、現ビルブローザ侯爵が死ぬほど大変な思いをしている派閥なのに。
孫である現ビルブローザ侯爵とは、王家派閥としていい関係を築けていると思う。
「カシュード伯爵家は粛清の手を逃れたようですが、元々先代ビルブローザ侯爵の思想に染まっていた家のようですね」
あー、あれかー。貴族の家の方が王家より上とか何とか。
後で発覚した事だけれど、ビルブローザの爺さん、自分達の手で王家を管理しようとしていたらしい。気持ち悪。
で、件のカシュード伯爵家は、そんなキモジジイの思想に染まっている……と。
「って事は、カシュード伯爵家も、王家は貴族が管理すべきと思っているって事?」
「そのようですね。常々、呟いていますよ」
「それ、録音してある?」
「ございます」
ふふふ、いい切り札ゲットだね。
一人グフグフ笑っていると、カストルから追加の報告があった。
「それと、カシュード伯爵のみで今回の事を企てた訳ではないようです」
「ん? 他の家も加担してるって事?」
「ええ、その家というのが……」
カストルは、そこまで言うと無言で一枚の紙を差し出してきた。何だこれ? 家の名前が書いてあ……んん!?
「マゾエント伯爵家ってあるんだけど?」
他にも見た事あるような名前が……あ、スエーニン子爵家の名前もある。
「正確には、夫人の実家の遠縁ですね。キーガン男爵家は四代前に叙爵された比較的新しい男爵家ですが、当主の妻は伯爵家の出身です」
「男爵家に、伯爵家の令嬢が嫁いだの?」
「金銭関係による政略結婚ですね。キーガン男爵家は裕福な家ですから」
つまり、どこだかの伯爵家はお金に困っていて、娘を男爵家に売り飛ばした訳か。
「その伯爵家出身の夫人が、前マゾエント伯爵夫人の再従姉妹に当たる方だそうで」
「……その人が、どうかした?」
「その一覧に名がある家は、レフェルア様、ヤールシオール様、ミレーラ様、コーシェジール様、ツイーニア様、そしてヘシア様に関する家ばかりです」
「で、この家は何をしたの?」
「カシュード伯爵に資金提供、もしくは何某かの便宜を図ったようです」
ああ?
あまりの事に二の句が継げずにいると、リラが代わりにカストルを問いただす。
「それは、カシュード家が動いた結果? それとも、一覧に名がある家から動いた結果?」
「前者です。カシュード伯爵は、デュバル家に恨みのある家を探し、資金等の援助を取り付けました」
「ねえ、待って? ヤールシオールの婚家って、財政難じゃなかった?」
他にも、お義姉様の元婚家であるゴミアード家とか、既に息をしていないんじゃないかって言われているのに。
どっから支援する金銭をかき集めたよ?
「資金提供が難しい家は、伝手などを使い便宜を図ったようですよ。皆様、後ろ暗い手はいくつもお持ちのようですし」
なるほど。それらを使い、ゴシップをかき集めて雑誌にしたって訳か。で、満を持してうちのゴシップを見つけようとブルカーノ島を見張っている……と。
「記者は追い返して、出版社にはちゃんと脅しを入れたんだよね?」
「言い方」
リラに注意されたけど、どう言ったところで一緒じゃない。
「警告はしてあります。ただ、ああいった連中は聞かない事も多いですから」
「その場合は、捕縛して労働力行きなんでしょう? 何か問題でも?」
リラからの質問に、カストルが少し困った顔をする。何だ?
「どうやら、今回彼等の目的はそこにあるようでして」
どういう事? 思わずリラと顔を見合わせちゃったよ。
「ブルカーノ島にしつこく貼り付く記者は、生け贄です。彼等が労働力にされる事を不当として、ゴシップ雑誌で大々的に取り上げるつもりのようですよ」
アホか。捕縛した犯罪者に関しては、労働力として使っていいかどうかくらい、王宮に確認してあるわい。
今回の事も、貴族家……それも侯爵家の領地に許可なく立ち入り、こちらの不快になる行動を取ったとして、王宮には通達済み。
警告もしたから、これでまた同じように監視しようものなら、王家の許可を得て労働力行きだ。
とはいえ、カシュード伯爵家まで潰すには至らない。
となれば、それが出来るところに丸投げだ。
「カストル、カシュード伯爵が呟いていた録音、王宮に渡して」
「承知いたしました」
今ならコアド公爵が色々動いてくれるかも。そうでなくとも、「王家を貴族家が管理する」なんて内容を聞けば、陛下が激怒するだろう。
本当、懲りないよなあ。何故前ビルブローザ翁が失脚したか、考えなかったんだろうか。
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