第617話 コロコロ

 ヘシア嬢は無事自由になった。婚家と実家が潰れたしね。その前に離縁出来たのはよかったよかった。


 ただ、婚家や実家の面々が「無敵の人」になり襲撃してこないとも限らない。


 なので、しばらくは専属のオケアニスを付けておく事にした。


「という訳で、こちらがヘシア嬢の専属戦闘メイド、パシパエです」

「第五グループのパシパエ五と申します。今後とも、よろしくお願い致します」

「え……第五? 名前の後ろに、番号?」


 ヘシア嬢が混乱している。でも、そうか。このパシパエは第五グループか。


 カストルが調子に乗って増やしたオケアニスでは、一番最初に作られた子達を第一グループとし、その後順にグループに番号が振られている。


 第五は一番新しいグループだ。


 オケアニス達の名前は第一グループの時に付けられたものを他のグループでも使っているので、パシパエという名のオケアニスは現在五人いる事になる。


 なので、名前の後ろに番号が付いている訳だ。この番号を付けない場合、「第〇グループの〇〇」と名乗るらしい。


 ちなみに、第一グループのオケアニスには、名前の後ろに番号が付かない。付く子達は、ネレイデスとの名前被りだって。


 その場合も、単純な番号ではなく「二世」となっているそうな。




 ヘシア嬢は、しばらくデュバルの領地で仕事をしてもらう事になった。あそこなら、防御が完璧だからね。


 素人じゃまず入り込めないし、玄人でもすぐに見つかって捕縛される。


 王都邸も警備面ではガチガチだけど、一歩外に出たら無防備状態になってしまう。


 その為にオケアニスを付けたし、護身用のブレスレットも特注で作らせた。何でも、ニエールがノリノリで作ったってさ。


 ……一体どんな術式を入れたのか、後で確認しておかないと。


 ともかく、王都よりは領地の方が安全だから。


 それを通信で王都に戻ったヤールシオールに伝えると、納得していた。


『そうですわね。ご当主様の仰る通りかと』

「磁器の生産は領地でしている訳だし、王都にいる必要もないでしょ。必要があったら、移動陣か鉄道の使用許可を出すから」

『わかりました。では、ヘシアによろしくお伝えくださいまし』

「はーい」


 ヤールシオールも忙しい人だからねえ。……その忙しさを生み出したのは私だけど。いや、ヤールシオール本人も楽しんでやってるし! いい事なんだよきっと。




 ヘシア嬢は一足先にデュバルに送り届け、生活環境を整えるよう指示を出してある。


 ツイーニア嬢がやる気に満ちているので、お任せしてきた。仲のいいお友達だし、また一緒に過ごすといいんじゃないかな。


 ゲンエッダの国内の混乱は大分収まり、そろそろサンド様も解放されるのでは? という見通しが立ってきた。


 てか、今更だけど他国の仕事を押しつけられるてのはどうなのよ? いくら既に国の恥は見せたからとはいえ。


「父上が担当なさっていたのは、民の生活に関わる部分ばかりだからな」


 やっと帰ってきた旦那連中も交えたグラナダ島での夕食時、私の愚痴に近い疑問にヴィル様が答えた。


「王都の民ですら、混乱から生活が荒れたそうだから」

「あー……」


 上が荒れると、下はもろに影響を受けるからねえ。行政サービスとかも止まるだろうし、公共のあれこれも止まるか遅れるかしてたかも。


 また、公共のものって、生活に密着したものが多いから。


「とはいえ、そのおかげで色々と見えてきたものもあるそうだ」


 にやりと笑うヴィル様。やっぱり、あのサンド様だもの。ただでこき使われるなんて事、ないよねー。


「レラが作る運河は、これからのゲンエッダの要になるだろう」

「そうなんですか?」

「作っているお前自身が言うな。ゲンエッダ、タリオイン帝国、ブラテラダ。この三国を陸で繋ぐ意味は大きい」


 それはわかります。でも、それがどうしてゲンエッダの要になるんだろう? そこがわからない。


「ゲンエッダは、これまで食料を北の三国に輸出していた。そのうち一国は実質ゲンエッダの親戚国となり、もう一国は完全にゲンエッダに併合された。残るはリューバギーズだけだ」


 哀れリューバギーズ。実質ゲンエッダに挟まれた状態になっちゃったね。


「リューバギーズの生き残る道は、陸路と海路を握る事。だが、ここでゲンエッダから帝国を経由してブラテラダへ行ける経路が出来た」

「ええと、つまり、リューバギーズの立場が悪くなる?」

「悪くなるというよりは、弱くなるのは確実だ。近々、リューバギーズ側から政略結婚の申し込みが来るだろうよ」


 おおう。そうなるのか……


「でも、リューバギーズに政略結婚が出来る相手、いたかしら?」


 コーニーの素朴な疑問に、ヴィル様が渋い顔になる。


「おそらく、あちらの王太子にフェイド陛下の妹君が嫁ぐ事になるだろう」


 あれ? それってミロス陛下の妹姫でもあって、確かまだ十歳になるかならないかくらいだったんじゃ……


「通報案件!」


 ロリコンじゃん! いきなり叫んだ私に、食事の席についている皆がぎょっとする。


 代表する形で、ヴィル様が聞いてきた。


「何だ? 急に」

「駄目ですよいけませんよ年の差が犯罪級です!!」

「いや、政略結婚なら年の差はよくある話だ。特に女性側が年下なら」

「それでも駄目ですううう! お姫様が可哀想!」


 十歳くらいの女の子にとって、二十歳過ぎの男なぞ等しくおじさんだ!




 ゲンエッダの方が落ち着いたので、とうとう帰国の時期が決まった。


「とはいえ、船だけ先に送り出して、しばらくはここで過ごさせてもらう事になりそうだけどねえ」


 グラナダ島に来て、のんびり昼食を食べているサンド様の発言だ。まあ、来る時もその手を使いましたからー。


 陽光館も月光館も、使節団を収容しても部屋が余るくらい広いから問題なし。


「そうそう、リッダベール大公殿下が、レラにお願いがあるそうだよ」

「大公が? 何でしょう?」

「それは、本人から聞いてほしい」


 お願い、ねえ?




 その日の午後、サンド様と一緒にゲンエッダ王宮へ。リッダベール大公アスト殿下は、現在ゲンエッダ王宮に戻っているという。


「やあ、来てくれて嬉しいよ」

「ご無沙汰しております」


 型どおりの挨拶。これが、この殿下と私との距離だ。


「時間が惜しいから前置きその他は省くよ。ゲンエッダとリッダベールの間にも、運河を通してほしいんだ」


 運河かー。ちらりと隣に座るサンド様を見ると、面白そうに笑んでいる。楽しんでますね。


「運河の建設ですか。対価は支払っていただけるのですよね?」

「君は、国内でも帝国でも、もちろんブラテラダでも、建設費用は取っていないと聞いているけれど?」

「そうですね。全て私の都合で建設しますから」


 大公殿下が黙る。そういう事ですよー。


 私をタダで働かせたかったら、そうしたくなる何かを用意してもらいましょうか。


 しばらく黙っていた殿下が、口を開いた。


「……君の都合とやらを、聞いてもいいかな?」

「大した事はありません。帝国に運河を通すのは自分の為で、ブラテラダに通すのはついでとミロス陛下の為です」


 嘘は言っていない。ぼかした部分はあるけれど。


 運河を作っているのは、綿花の為が大きい。運河という形で、帝国の南の海から真水を引く計画だったから。


 そのついでに、ミロス陛下の為の輸送経路を、と思っただけだから。ゲンエッダ国内の運河は、そのさらにおまけだ。


 だって、元々ミロス陛下の為の輸送経路は、ゲンエッダから帝国を経由する陸路だもん。


 大公殿下は、私の言葉に驚いている。まあ、弟の事を「ついで」とか言われたら、そりゃ驚くか。


「……私には、ミロスのようについでもないのかな?」

「私、大公殿下とはこれが二度目か三度目にお会いする機会だと思いましたが、間違っておりましたか?」

「いや……」

「ミロス陛下とは、しばらく一緒に旅をした仲ですし、色々とご本人の事を知る機会もありましたから」


 笑顔で言い切る。間違っても、ミロス陛下とご自身を同じラインに立たせないでくださいね。言わないけど。


 愛想笑いって、結構いい武器になるよなあ。


 このまま諦めてくれないかなあ。そうすれば、オーゼリアに帰れるのに。


 でも、敵も然る者。今度はサンド様に狙いを定めた。


「アスプザット侯爵は、彼女とは長い付き合いだと聞いたが」

「ええ、そうですね」

「彼女に頷かせる方法はないかな?」


 あー、ズルいー。そこでサンド様から聞き出そうなんて。


 でも、立場上口を差し挟む事が出来ないー。


「そうですねえ。デュバル侯爵は、おいしいものには目がありません。大公領には、何か特産品はありませんか? 特に果実を喜びます」


 ええええええ。いや、否定しないけれど。


「果実か……よし、探してみよう」


 マジでー? いや、おいしいフルーツが手に入るのなら、これもあり?

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