第615話 意外なところに強力な味方が
オーゼリアでは、女性からの離婚申し出も出来るし、子の側から親との縁を切る事も出来る。リラも使ったし。
ただ、貴族の場合、親子が縁を切ると子の側が不利益を被るんだよね。貴族籍から抜けるし。
それを嫌がって、疎遠にするだけの人もそれなりにいる。もちろん、貴族籍から抜けてでも縁を切りたい親から逃げ出す子もいる訳だが。
ヤールシオールを王都へ送った後、リラと二人でちょっとおしゃべり。コーニーは現在迎賓館の方へ行っている。シーラ様のお手伝いだって。
「じゃあ、ヘシア夫人はその制度を使うって事?」
「一応、私の方から陛下に口添えをしておく事になったんだ。ただ……」
「ただ?」
「……舅に襲われそうになりました、って言って、男性陣が信じてくれるかどうか」
「ああ」
こういう問題って、すぐに理解を示してくれるのって、やっぱり女性の方が多いんだよね。いや、中には理解してくれない女性もいますが。
「陛下が『そんな馬鹿な』って言ったら、その場で鉄拳制裁する自信がある」
「やめなさい! デュバルが潰れるわよ!!」
その時は、ネミ様に泣きつこうかな。陛下が虐めるんですーって。
「ともかく、アポが取れ次第王宮に行こうかと」
「私も一緒に行くわ」
「いや、さすがにさっきのは冗談だよ?」
「普段の行いって、大事よね」
どういう意味かなあ?
通信機でデュバル王都邸のルチルスさんに連絡をし、王宮へ伺候する連絡をしてもらった。私が書いたお伺いの手紙を、届けるだけの簡単なお仕事です。
なるはやで、と手紙に書いたら、手紙を届けた日の昼過ぎには返事が来たそうな。届けたの、午前中だってさ。早ー。
指定された日時は、手紙を届けた翌日の午前中。そこならいつでもいいそうな。助かるわー。
旦那連中はまだゲンエッダ王宮でサンド様にこき使われているらしく、夕食にも帰ってこなかった。
「一応、お義父様にも明日王宮へ行く事、伝えておいたわ」
「ありがとー」
さすがリラ。気配り上手さん。
夕食は、陽光館でも一番狭い食堂を使っている。二人だけだからね。
その席で、リラは浮かない顔だ。
「どうかした?」
「いえ……ヘシア夫人の事を考えると……ね」
「ああ」
どうも、ヘシア夫人という人は実家にいた頃から親から虐待めいた事をされていた人だったらしい。
ヘシア夫人には姉がいて、両親の愛情はこの姉に全て注がれていたそうだ。
ヤールシオール曰く、「ちょっと見てくれのいいポンコツ」だって。
絶世の美女とも言えず、周囲の異性に甘えるのが得意なだけの、学業もその他も丸っきり駄目な人なんだとか。
それでも努力するならまだしも、そうした泥臭い事は大嫌いときている。
そんな姉と差を付けられながら育ったヘシア夫人は、奇跡的にいい人なんだとか。
それに関してはちょっとしたからくりがあるそうで、父方の祖母が彼女を可愛がっていたんだって。
祖母という人は、甘やかされるばかりの姉を毛嫌いし、素直で頑張り屋なヘシア夫人を溺愛していたらしい。
とはいえ、両親が姉にするような甘やかす生活ではなく、貴族令嬢として身につけておくべきマナーや知識を教え込んだそうな。
その中でも、特にヘシア夫人が好んでいたのが刺繍と絵画。今回、それが彼女を救う。
芸は身を助くって、本当だね。
翌日、軽く着替えてから王都邸へ。王宮へ行く支度は、こちらでするから。
「お帰りなさいませ、ご当主様、エヴリラ様」
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
ルチルスさんと軽く挨拶を交わし、すぐに支度に取りかかる。午前中の王宮へ行く装いなので、露出はほぼなし。
首元まで詰まった軽い布のドレスで、最近の貴婦人の流行最先端の型だって。
私は首元や袖口がゆったりした、桜色のドレス。リラは首元も袖口も詰まった若葉色のドレス。どちらもマダム・トワモエルの新作だ。
緩く結った髪に、リラは白真珠、私は黒真珠の髪飾り。デュバルで作ったクラッチバッグを持って、いざ出発。
馬車で揺られる事十分弱。王宮に到着するより、王宮の門から玄関までの方が長い気がする。
侍従に案内されて通されたのは、陛下の執務室。顔ぶれも、いつもと一緒。コアド公爵と元学院長……レイゼクス大公殿下だ。
「侯爵が急ぐ用事とは珍しいな」
「少し、陛下にお願いがありまして」
私の言葉に、何故か公爵と元学院長が緊張した様子を見せる。
「ほう。侯爵が、私に、お願い」
「そんなに難しくありませんよ? とある女性から申請される離婚と親との絶縁を早めに承認してほしいだけなんです」
ほらね? 簡単なお仕事でしょう?
なのに、陛下達三人は何故かお互いに顔を見合わせている。
「確認なんだが、その離婚やらを申請してくる女性というのは、誰なんだ?」
「ヘシア夫人です。ええと……」
そういえば、家名はなんだったっけ? ちらりとリラを見ると、耳打ちしてきた。
「スエーニン子爵家に嫁いだ、元キュマードン子爵家令嬢よ」
「……もう、面倒だからリラが言って」
だって、今聞いた家名、言えって言われても、聞いた端から忘れたし。
無事、リラの口から家名が伝えられた。
「スエーニン子爵家……」
「陛下、嫡男が数年前に結婚しています」
「ああ、嫡男の嫁か。だが、子爵家から子爵家に嫁いだだけだろう? 何故、一方的な離婚をする必要があるんだ? しかも、実家とも絶縁するとは」
ここまでは想定内。あ、リラに左腕を掴まれた。
大丈夫、いきなり殴ったりはしないから。その代わり、全部教えるけどね。
「子爵家の恥になるでしょうけれど、事実をお伝えしますね。ヘシア夫人は、婚家で舅に襲われかけました」
「……何だと?」
「それを実家に伝えたところ、我慢しろと言われたそうです」
「何て事だ……」
お、一応、疑ってはいないんだ。全面的に信じてもらえるとは。
そして、室内にはもう一人、意外な反応を見せた人物がいる。
「許せませんね。たかが子爵家です。陛下、とっとと潰しましょう」
コアド公爵だ。これには、さすがの陛下も慌てている。
「待て待て待て、ルメス! とりあえず落ち着け!」
「これが落ち着いていられますか! 貴族の家でこのようなおぞましい事がまかり通るなどあってはなりません! 我が家の可愛い娘がそのような目に遭ったらと思うと!」
ああ、そうか。コアド公爵のところは女の子が一人。王家に連なる姫だから、どこに嫁いだとしても粗雑には扱われないとは思うけれど。
それでも、娘を持つ父親として許せない訳か。
いい人材がいたもんだ。
「そうですよね! コアド公爵閣下。こんな横暴を見逃してはいけません!」
「そうだとも! 侯爵!」
「さあ、陛下。とっとと色ぼけ子爵を呼び出して、自白魔法で自供させましょう!」
「それをもってスエーニン子爵家を取り潰し、スエーニン子爵のおぞましさを世に広めるのです! 二度と同じ事をしようとする愚か者が出ないよう、念入りに仕留めましょう」
「いや、本当に落ち着け! 二人共。スエーニン子爵の罪はちゃんと問うから!」
よし、言質は取った。
「陛下、今のお言葉、お忘れにならないでくださいね?」
「え? ああ、もちろん……」
「では、ヘシア『嬢』からの離縁申請、よろしくお願いします」
これで本日のミッションクリアー。
国のトップにねじ込んだから、ヘシア嬢の申請は最速で通るだろう。離縁が完了したら、即デュバルで働けるよう色々と準備しておかなきゃ。
この先の事をあれこれ考えていたら、あっという間に王都邸に到着した。まあ、目と鼻の先だから当たり前か。
王都邸に入ると、出迎えてくれたルチルスさんの様子がおかしい。
「お帰りなさいませ、ご当主様」
「ただいま。どうかした?」
何だか、慌てているような、困っているような?
「その……ヤールシオール様がお見えです」
ヤールシオール? 彼女が王都邸に来るなんて、よくある事なのに。どうしてそれで、ルチルスさんがこんなに困っているんだろう?
「ヤールシオールに無理難題でも押しつけられたの?」
「ええ!?」
「え?」
あれ? 本当に無理難題を押しつけられたとか?
ヤールシオールは、一階奥の客間にいた。彼女が客間とは珍しい。
だが、その理由は部屋に入ってすぐにわかる。連れがいるようだ。
待って。この時期に、連れ? もしかして……
「ああ、ご当主様! お帰りを今か今かと待ちわびておりましたわ!」
「待たせたわね。で、その……」
隣にいる人は? 視線で問うと、ヤールシオールが意を決したようにこちらに向き直る。
「彼女が、ヘシアですわ」
やっぱりー。でも、そのヘシア嬢、顔色が悪いんだけど。
「ヘシア嬢は、具合でも悪いのかしら?」
そうなら、すぐ回復魔法を使うけれど。言わない後半の言葉を正確に読み取ったヤールシオールは、軽く首を横に振った。
「具合が悪い訳ではないのです。ただ……」
「ただ?」
「お願いです! ご当主様。ヘシアを匿ってくださいまし!」
そう来るかー。
「……もしかして、婚家か実家から追っ手が来た?」
「両方からですわ! 本当にもう、あの二家はどうしてくれようかしら……」
ヤールシオールが歯ぎしりをしかねないほど口を噛みしめている。歯に悪いよ。
「事情はわかりました。なら、このままグラナダ島へ一緒に行きましょう。ヤールシオールも一緒に……行けそう?」
「行きます! しばらく、仕事は通信機を使ってグラナダ島から指示を出しますわ」
おお、リモートワークだね。
「ルシ……悪いわ、あなたには仕事があるのに」
「こんな顔色のあなたを一人で行かせたと知られたら、私が皆に責められますわよ。ヘシアは心配せず、私やご当主様に守られてらっしゃい」
そうだね。私なら、子爵家ごとき蹴散らせるから。
あ、今回それはコアド公爵がやるのかな? 陛下はドン引きしていたから、役に立たないかも。
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