第610話 納まるところに納まった

 無事ゴミを陛下に引き渡し、ユーインと一緒に王都邸へ戻る。


「お帰りなさいませ……どうか、なさいましたか?」

「え? ううん、何にもないよ?」


 出迎えてくれたルチルスさんに笑顔でそう言ったのに、何故か彼女は深い溜息を吐いた。


「何か、あったんですね。……エヴリラ様には、私の方からお伝えしておきます」


 あれー? どうしてこうなった?




 王都邸からまっすぐグラナダ島へ移動する。時刻はそろそろおやつの時間。


 昼前に王宮に行ったのになあ。いらん事する奴がいたおかげで、妙に時間を食った気がするわ。


 サンド様へ返事を持っていく刻限にはまだ間がある。甘い物でも食べて、気分を変えよう。


 そう思ったのに。


「で? 王宮では何があったの? ルチルスさんが、青い顔をしていたわよ?」


 ルチルスさん、仕事が早い……


 私がこっちに帰る仕度をしている間に、リラに通信を入れたらしい。伝えておくって、言ってたもんね。


「レラったら、陛下と喧嘩でもしたの?」

「喧嘩なんてしてませんー。コーニーにとって、私って陛下と平気で喧嘩するような人間な訳?」

「ええ、もちろん」


 酷くね? 陛下に喧嘩売った覚えはないんだけど。


「さあ、どうでもいいから何があったか話しなさい。でないと、今日のケーキ、あげないわよ!?」

「やだああああああ!」


 今日のケーキはフルーツタルトなのよ!? 私の大好物なのに!!




 結局リラに負けて、王宮であった事を全部話した。


「はあ? ユーイン様がいるのに、フェゾガン家の跡継ぎ問題?」

「リラ、問題はそこじゃないわ。ユーイン様の従兄弟とやらが無礼を働いた事の方が大きいわよ」

「あ、ああ、そうですね。でも、結界で潰して国王陛下に丸投げしてきたんでしょう? あんたは、本当にそういうとこだっての!」


 そんなに大きな問題かなあ。


「貴族を裁くのは王宮裁判で、それを開くには時間が掛かるからさ。こっちに戻ってこなきゃならなかったから、関わってる暇なかったんだよ」

「今回は珍しくまともな理由があるわね」

「珍しくって。それに、陛下にもちゃんとお願いしたし。向こうも頷いて了承してくれたし」

「陛下も、いきなり目の前に結界で押しつぶされそうになっている人間を持ってこられたんだから、驚いたでしょうね」


 そういえば、驚いていたね。


『あの後、国王陛下からの八つ当たりを受けた旦那様の従兄弟は、金獅子騎士団に伴われ実家に送られていきました。そこで実父に事の次第を報告され、陛下の不興を買ったとしてその場で父親から勘当を申し渡されたようです』


 そうなの!? てか、展開早。


『ちなみに、従兄弟の母親、旦那様の父方の叔母ですが、夫に離縁されたようです』


 おおう。


『夫の方は、気の強い妻に長年虐げられて、積もる思いもあったようですね。離縁の際には、随分と罵っていましたよ』


 カストル……一体、どこまで覗いてたのよ。


『主様が王宮を辞した後、ずっと見ていました。ネゼマイ伯爵は、これをもって息子シャナビルの罪が伯爵家に及ぶ事を避けたようです』


 それでも、夫婦仲や親子関係がまともなら、きっとこんなに簡単に切り捨てられなかったんだろうなあ。


 その前に、おかしな絡み方をしてこないよう、躾けられてたか。


 それで、勘当された馬鹿息子と離縁された困ったおばさんのその後は?


『今のところ、元伯爵夫人は実家縁の尼僧院に入る事が決まりそうです。まだ確定ではありませんが、元夫のネゼマイ伯爵が旦那様の父君に頼むと口にしていました。息子の方は、伯爵家縁の僧院に放り込む予定だとか』


 ネゼマイ伯爵、優しいなあ。


『いっそ、シャナビルはこちらで労働力として引き取りますか?』


 やだ。


『承知いたしました。では、このまま監視するだけにしておきます』


 別に、監視もいらないんじゃね?


『あの手の者は、簡単に逆恨みをします。主様に万一の事があってはいけません』


 あー……そうね。慢心はよくないって、思ったばかりだったわ。




 リラ達に話した内容は、サンド様にも筒抜けになっていた。


「王宮で何やら面倒な事があったようだね」

「それ、誰から聞きました?」

「うん? 陛下からだよ?」


 当事者からかー。これは文句言えないわ。


 とりあえず、陛下から預かった返事を渡し、これでお仕事完了と思ったら、待ったが掛かった。


「少し、シーラの事を見舞ってやってくれ」

「え? まさかシーラ様まで体調を崩したんじゃ……」

「いや、後宮にずっといただろう? 色々と鬱憤が溜まっているようでね。少し、話し相手をしてやってほしいんだ」


 なるほど。そういう事か。


「なら、このままシーラ様を連れてグラナダ島へ行ってもいいですか?」

「うん、そうだね。向こうにはコーニーもいるんだし。悪いが、頼むよ」

「お任せ下さい」


 こういう依頼なら、いくらでも引き受けますよー。




 シーラ様と一緒にグラナダ島に戻ると、コーニーに見つかった。


「まあ、お母様。こちらにいらしたの?」

「ええ、サンドに少し休んでくるように言われたのよ」

「じゃあ、しばらくは一緒にいられるのかしら」

「そうね」


 仲良し親子だから、久しぶりにゆっくり一緒にいるといいよ。


 そして、私の方はリラに捕まった。


「戻ったわね。書類が山となって待ってるわよ」

「うげ」

「あんたが色々仕事を増やした結果だからね」


 おおう。早いとこズーインが使い物になりますように。




 シーラ様は、グラナダ島に三日間滞在した。最終日には、後宮シスターズも一緒になってお風呂と庭園を楽しんでいたよ。


 シーラ様とシスターズ、かなり仲良くなっている様子。気が合うんだろうねえ。


 三人の話をちらりと耳にしたら。


「うちの息子は早くお嫁さんを見つけてほしいわ。立場上難しいのはわかっているのだけれど、このままだと世継ぎ問題が出てくるわよ。上も下も恋人すらいないなんて」

「うちは完全政略結婚になりそうですわ。それも、あの国の王位に就いたものの定めでしょうけれど。あの子にそんな甲斐性、あるのかしら?」

「うちは三人とも結婚してくれて助かったわ。長男が一時期怪しかったけれど、結果的にいい嫁が来てくれたから」

「その辺りを、ぜひ詳しく聞かせてちょうだい!」

「どうやって結婚させたんですか? やはり親が決めたんですか? うちも離れているとはいえ、私が動いた方がいいのかしら……でも、他国の者だし」


 ……母の悩みは尽きないらしい。後でミロス陛下に通信でチクっておこうかな。早く嫁さん見つけないと、母君が安心出来ないよーって。




 旧ゼマスアンドは、王弟であるアスト殿下が治める大公領になるそうだ。


「ブラテラダとは違って、戦争で負けた国ですからね。領土がゲンエッダに組み込まれるって、こういう事なんでしょうし」

「まあねえ。その手続きやら何やらで、しばらく王宮は忙しいらしいよ」


 暢気に言っているのは、グラナダ島に食事に来たサンド様。ちなみに、この夕食の席には、後宮シスターズもいる。


「やはりそうなりましたか」


 王太后レズシェノア陛下が、溜息と共に呟いた。まあ、順当っちゃ順当だよね。


 元は一国の広さがあるから、下手な臣下に任せるのも怖い。そうなると、血の繋がりって強いから。


 特に国王と王弟は同母兄弟で仲がいい。なら、使わない手はないよね。


 ただ、ゼマスアンドもブラテラダやリューバギーズと一緒で平地が少ない。つまり、食料生産が厳しい。


 やろうと思えば、山でも段々畑で作物を作る事は可能だけどね。デュバルもトレスヴィラジでやっているし。あそこは果樹が中心だけど。


 まあ、王弟殿下のお手並み拝見ってところかな。

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