第609話 エンゲージ

 ユーインの実家で跡継ぎ問題発生。とはいえ、本人がピンシャンしている以上、問題はただの勘違いで発生しただけでしたーで終わる話。


 だというのに、何故かユーインパパの顔は暗い。


「まったく……あいつは一体誰に似てあんな性格になったのか」


 ぼやいてます。そして、多分「あいつ」とか「あんな性格」とか言ってる相手は、話に出た妹さんなんだろうね。


 相当な性格とみた。




 ユーインパパからも、再度フェゾガン侯爵家の跡継ぎはユーインだと困ったちゃんな妹に伝えるという事になり、王宮で別れを告げた。


 とりあえず、王宮を辞する挨拶を陛下にしておこうかと思い、もう一度執務室への経路を歩く。今回は、ユーインがエスコートしてくれるので、侍従の案内はなし。


「すまない、レラ」

「ん? 何で謝罪?」

「私の実家のゴタゴタに巻き込んでしまうかもしれない……」


 ああ、そういう事。


「どこも色々あるよねえ。我が家だって、それなりゴタゴタはあったじゃない」


 うちの方が、やらかし度では上かもしれないし。実父も母方伯父も母方従兄弟も、それなりの事をやらかしてくれたからなあ。


「そう考えると、困ったおばさんが文句言ってくるくらい、どうって事ないよ」

「レラ……」


 いや、本当。デュバルもユルヴィルも酷くね? いや、ユルヴィルはじいちゃんばあちゃんはいい人なんだけど。デュバルも、兄はいい人だ。


 それでも、実父も私と愛人の娘であるダーニルを入れ替えようとした事で、ある意味王家に反逆するような行動をしたし、母方伯父はよりにもよって魔の森を焼くという暴挙に出た。


 その息子で従兄弟のカルセインは私を誘拐したしな。本当、ろくでもない。


 それに比べれば、我が子を実家の跡継ぎにねじ込もうとしている困ったおばさんの方がまだ可愛げがあるって。


 私の話でちょっとほっとしたユーインは、すぐに表情を引き締めた。


「それでも、叔母も従兄弟もどんな手を使ってくるかわからない。用心はしておいてくれ。私自身はどうとでも出来るが――」

「私も、どうとでも出来るよ? かえって、私を直接襲撃してくれた方が、後が楽かも」

「レラ!」


 はい、調子に乗りました。ごめんなさい。


 でもなあ。本当に、相手が焦って襲撃とかしてきた方が、楽に処分……じゃなくて始末……でもなくて、何て言えばいいんだ?


 うまい言い回しが見つからない。私の語彙力よ。


 ちょっと黄昏れそうになっていたら、後ろから声が掛かった。


「ああん? ユーイン、お前、死んだんじゃなかったのかよ」


 あ? 誰だこの失礼な物言いをしたのは。


 振り返ると、見た事のない男性がこちらを睨んでいる。誰だ? あれ。


『どうやら、旦那様の従兄弟のようですよ』


 あれ? カストル? いつの間に戻ったの?


『つい先ほど、戻りました。ネスティとは交替しております』

『役目を奪われました……』

『人聞きの悪い。あなたは私が居ない間の担当でしょう?』

『そうですけれど……』


 ちょっと、念話で喧嘩はやめてね。ネスティ、また交渉事があった時は、お願いすると思うから。カストル、あんたはもう少し妹を大事にしなさい。


『承知いたしました』


 こういう時は息が合ってるんだね。


 それはともかく、よもや王宮内でユーインの従兄弟に出くわすとは。


 彼は、王宮勤めなのかな?


『違いますね。ろくな仕事をしていないので、おそらく今日も貴族というだけで入れるエリアまで入り込み、適当な相手に取り入ろうとしていたのでしょう』


 小物かあ。


 カストルとの念話の間にも、小物従兄弟はこちらにずんずん近づいてくる。


 従兄弟と言っても、似ていないね。


「母上が、お前は死んだと言っていたのに」

「口を慎めシャナビル。ここをどこだと思っている」

「偉そうに説教すんな! 俺とお前は同い年なんだぞ!!」


 いや、年齢が上なら偉いのかね? ちょっと突っ込んじゃうぞ。


 それに、この従兄弟にとってユーインは、他家の跡取り息子、しかも相手は自分ちより上の爵位である侯爵家だ。


 いくら親族とはいえ、敬意を払うべきは向こうだろうに。


 その従兄弟、嫌ーな目で私をじろじろと見てくる。不快感にじろりと睨んだら、それだけでビビってるよ。


 女に睨まれたくらいで腰が引けるなんて、本当に小物だな。


「お前もやるじゃないか。婿に行ったくせに、こんな時間から堂々と愛人と王宮に来るなんて」


 はあああああああ?


 何言ってんだ? こいつ。ちらりとユーインを見ると、珍しくも呆然としている。うん、そうなるよね。


 この小物、私の顔を知らないのか。いや、どこかで髪色くらい聞いていても、おかしくはないんだけど……


 あまりの事にこちらが混乱していたら、それを言い当てられた慌てていると勘違いしたらしき小物が、ぐいっと近寄ってくる。


「なあ、お前の嫁には黙っていてやるから、この女、ちょっと貸してくんねえ? 何も寄越せとは言わねえよ。ほんの少しの間、俺にもやらせてくれ――」


 最後まで聞いていたくなかったので、途中で遮らせてもらった。


「ふぎゅうううう!?」


 潰れたカエルのような声を上げて、小物は慌てている。そりゃそうだろう。狭い結界の中で押しつぶされてるんだから。


「レラ、大丈夫か?」

「平気よ、ユーイン。それよりもこれ、このまま陛下に突き出しましょうか」

「ふぎゅううえええ!?」

「それは構わないが。向こうに帰るのが遅れないか?」

「それも平気。今夜中に戻ればいいんだから。突き出した後は、陛下に全てお任せしてしまいましょう」

「そ、そうか……」


 ユーイン、何故そこであなたまで後退ってるのかしら?




 結界で潰されている小物を、これまた魔法で軽く浮かせて運んでいく。


 王宮って、いくつもの仕掛けで魔法が使えないようにされているんだけど、元々結界は見逃されているんだ。後、運搬用の魔法も。


 結界を丸っきり使えなくすると、王家の方々の命に関わるし、運搬も支障が出るから……らしい。


 そんな穴を突き、この小物を魔法で運んでまーす。


 運ぶ先は、国王陛下の執務室。その扉を護る金獅子騎士団員も、こちらを見てギョッとしている。


「陛下にお願いがあるのだけれど、取り次いでくださる?」


 笑顔で言ったはずなのに、何故か騎士団員が怯えているんですが? 君達、女性に対して失礼じゃないかね?


 それに私、これでも侯爵家当主でしてよ?


「ど、どうぞ」


 怖々といった様子で、扉が開かれた。部屋の中にいたコアド公爵と元学院長……レイゼクス大公殿下の二人が、こちらを見て目を丸くしている。


「失礼します」


 一声掛けて部屋の中へ。もちろん、ユーインと小物も一緒だ。


 少し大股で部屋の奥、執務机の前まで行くと、書類を見ていた陛下がやっと顔を上げる。


「何だ、侯爵。フェゾガン侯爵との話は終わ……」


 言葉の途中で、陛下が固まった。視線は、私を通り越して後ろに行っている。


「ああ、これですか? 愚かにも王宮内で私を侮辱した者です。侮辱罪を適用したいと思いますので、後はお任せしてもよろしいでしょうか? 私、急ぎ西へ戻らなくてはなりませんから」


 笑顔で言い切ったら、何故か陛下が無言でこくこくと頷いている。


 おかしな陛下ですねえ。どうかなさったの?

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