第608話 比べると小さい
西の大陸……イエルカ大陸であった出来事をあれこれ話していたら、何故か陛下の目が丸くなり、最終的に酷く驚かれたんだが。
仕方ないか。色々あったもんね。瘴気とか瘴気とか瘴気とか。
陛下は私の前で何やら頭を抱えて溜息を吐いている。
「お疲れのようですねえ」
「半分くらいは侯爵のせいだがな」
「えー? 私、しばらくオーゼリアを離れていましたけどー?」
「西の大陸でも、やりたい放題だったようじゃないか」
そう……かな?
「自分に出来る範囲で動いたまでです」
「侯爵、もう少し自覚してくれ。侯爵に出来る事は、大抵の人間には出来ないんだぞ」
「それは多分努力が足りないんですよ。やろうと思えば、何とかなります」
別に出来るまで努力しろとは言わないけれど、私がやってる事には大した才能は必要ないと思うんだ。
まあ、ちょっと前世の記憶を頼りにしているところはあるけれど、それはガルノバンのアンドン陛下だってそうだし。
そういうのは、生まれ持ったアドバンテージだと思ってる。
陛下は私の返答を聞いて、何故かコアド公爵を見ている。公爵は、微笑みで返すだけだ。
そうだよね。才能云々で言うのなら、私よりよほどコアド公爵の方が上じゃない。この人こそ、出来ない事は何もないんじゃないの?
「ともかく、そのゼマスアンド……だったか? そこの元国王を手元に置くのは、問題ないのか?」
「大丈夫です。うちの執事がしっかり教育すると、今から張り切っていますから」
「執事が、教育? 元国王をか?」
どうしてそんな怪訝そうな顔をするのやら。
「うちで働く以上、元の身分は関係ありませんよ。求めるのは能力だけです」
そこだけは譲れない。
「逆に言うと、うちに来るまでにあったしがらみは、全て捨てる事が出来ますよ」
「国王という立場を、しがらみと言うか」
あ、しまった。目の前にいる陛下も、国王だったわ。その人の前で、王という地位をしがらみ呼ばわりはよくなかったか。
「ええと、ものの例えという事で」
「よい。確かに地位などしがらみに過ぎん。侯爵も、そう思うのだろう?」
「ええ、まったく」
ぶっちゃけて言えば、今の地位は欲しいと思って手に入れたものじゃない。家の当主という地位は色々な理由で私が継ぐ以外になかっただけだし、侯爵に陞爵したのもそれを目指して動いた結果ではない。
やりたい事をやりたいようにやっていたら、何故か陞爵していただけ。そういう意味では、しがらみだね。
ただ、このしがらみ、使いようによってはいい「道具」にもなるんだよなあ。だから簡単に捨てられないんだよねえ。
イエルカ大陸のゲンエッダから、オーゼリアまで戻ってものの一時間経つか経たないかくらい。
話も終わったし、お手紙のお返事もいただいたので向こうへ戻ろうかと思っていたら、部屋に侍従が入ってきた。
「どうした?」
「お耳を」
何やら、陛下に耳打ちしている。
『旦那様のご実家に関する事のようです』
へ? ユーインの? って事は、フェゾガン侯爵家か。
陛下は侍従に小声で何かを指示すると、侍従が一礼して部屋を出て行った。
それを見送った陛下が、こちらに向き直る。
「ユーイン、今回侯爵と一緒にお前を王宮に呼んだのは、訳がある」
「何でしょう」
「お前の父君、フェゾガン侯爵に内々に頼まれたんだ。何でも、侯爵家で跡取り問題が出ているそうだ」
はい?
「フェゾガン侯爵が王宮に到着したから、詳しい話は本人から聞くといい」
「わかりました。当家の問題で陛下のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「よい。気にするな」
いや、めっちゃ気になるー。なんで今更フェゾガン家で跡継ぎ問題? 跡継ぎはユーインでしょうが。
そのまま陛下の御前を辞し、侍従に案内されるまま王宮内を移動する。通されたのは、表と呼ばれる区画の一部屋。
どうやら、国内貴族向けの客間らしい。それも、多分爵位の高い家専用だ。
「ユーイン」
「父上、ご無沙汰しております」
「うむ。元気そうで何よりだ」
久しぶりに見たフェゾガン侯爵……ユーインパパは、ちょっとくたびれて見える。
陛下が仰っていた「跡継ぎ問題」とやらが、関係しているのかな。
立ち話も何だからと、部屋にあるソファで座って話す事に。こういった客間には、専用の侍女がいて、お茶を淹れてくれる。
「陛下に伺いましたが、我が家で跡継ぎ問題が勃発しているとか」
「そうなんだ……オリンホイラがな……」
「叔母上ですか」
しまった。フェゾガン家の親族の話だと、誰が誰やらわからん、その辺りは、リラが一括して管理してくれているから。
でも、ここで聞いてる限りで何となく察するのは、ユーインパパの妹が、実家であるフェゾガン家の跡取りに自分の息子をねじ込もうとしてきているらしい。何で?
確かにユーインは私と結婚しているけれど、私達の結婚はかなり特殊な形だ。何せ、私は前は伯爵家当主で、今は侯爵家当主。
ユーインは侯爵家の唯一の跡取り。どちらも「家名」を捨てられない。
なので、こういった場合の特例としてある制度がある。別姓婚だ。
一応法律にもきちんと記載されている制度なんだけど、滅多に使う家がないから殆ど忘れられているものだってさ。
私達の時に引っ張り出したのが、かれこれ百年以上ぶりだっていう辺りでお察しください。
で、ユーインパパの妹もその制度を知らず、ユーインが婿に入ったと思ったらしいんだ。
それで、実家の跡継ぎがいない。なら、自分の息子をねじ込もうとなったらしい。
「来る度に説明はしているんだがなあ……」
「……叔母上の性格が、言われている通り息子と似ているのなら、人の話は聞かないでしょう。シャナビルがそうでした」
誰? それ。
隣のユーインを見上げていたら、こちらに気付いた。
「レラ、シャナビルというのは、叔母の息子で私の従兄弟だ。私と同い年だから、学院では顔を見ていないと思う」
「ああ、そうなんだ」
言ってから気付いた。ここ、ユーインパパもいるよ。猫被らなきゃいけなかったのに、
時既に遅し。そっとユーインパパを見ると、こちらの失態には気付いていないらしい。
どうやら、件の妹の猛攻撃に大分疲弊しているようだ。
「その、叔母さんって人は、余所にお嫁に出ているのよね?」
「ネゼマイ伯爵家に嫁いで、シャナビルを儲けている。ただ、あの家も子供は彼一人だから、我が家に養子に出すとネゼマイ家の跡取りがいなくなるのだが……」
「私もそれを言ったのだが、ネゼマイ家は向こうでどうにかするの一点張りなのだ」
なかなか強烈な叔母さんのようで。
「フェゾガン家の跡取り問題となると、私は部外者になるので口だし出来ませんが、助力は出来ますよ。いつでも仰ってください」
「ありがとう。助かるよ」
いえいえ、何しろ夫の父であるユーインパパは私にとっては舅。その窮地は嫁……嫁? でいいのか? としても、何とかしたい次第です。
「それにしても、何故今頃叔母上が動いたんですか?」
ユーインの素朴な疑問に、何故かユーインパパがジト目になる。
「お前が西の大陸に行ったからだろうが」
「え?」
これには私もびっくり。因果関係がわからないよ!
隣のユーインを窺ったら、こちらも私と一緒のようで、訳がわからないという顔をしている。
二人の顔を見たユーインパパは、深い溜息を吐いた。
「……未知の土地である西の大陸に行くのは、航海の困難さと共に命がけだと聞いた。オリンホイラは、お前がもう戻ってこないと踏んだんだろう」
「だから、シャナビルを我が家の養子に?」
あー、なるほどー。普通に考えたら、陸地が見えない海に船で乗り出すのは、自殺行為も同然だ。
実際は、安全確実な場所で待機していて、時折船に移動した程度だし、その船もガチガチに安全確保をした造りなんだけど。
そんなの、部外者にはわからないもんね。そりゃー勘違いもするわ。
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