第607話 久々の

 ゲンエッダでやるべき諸々は終わった……はず。


「ズーインも移送したし、労働力は各地に送ったし、契約書その他も手元にある。これ以上、ここに残ってやる事、あったっけ?」

「とりあえず、オーゼリア使節団が帰るまでは、残る事になると思うけれど?」


 グラナダ島の領主館にある執務室で指折り数えながら挙げていたら、リラからの返答。


 もう、そのくらいしか残ってないよね? 何か、忘れ物はしていないよね?


「後は後宮のお風呂場建設と、オケアニスとネレイデスの派遣延長と、後は帝国のレネートのサポートくらいかしらねえ」


 そうだった。帝国に送ったレネートは、意欲的に働いてくれてるんだけど、周囲にいるのがネレイデスとオケアニスだけで、後は全て帝国人。


 その環境がちょっと辛いらしい。


「人形遣いを手伝いという名目で送ろうか」

「それがいいかも。デュバルの人でも、オーゼリア人ってだけで大分違うでしょう」


 レネートの出身はデュバルじゃないからね。同郷って言える人間を連れて来る訳にもいかないし。


 まあ、オーゼリア人なら大きな意味で同郷と言えるでしょ。どのみち、彼の側に人形遣いを置いておかない訳にもいかないだろうし。


 何せレネート、帝国内の運河建設の責任者でもあるから。


「人形遣いを束ねる親方を置いた方がいいかな?」


 いるんだ、そういう人。いち早く人形遣いの能力を発揮して、後進に教えてくれた人が。


 今じゃあ人形遣い全体から「親方」って呼ばれて、各地の建設現場から「うちも監督してほしい」って熱いラブコールをもらっているらしい。


「親方も、結構な年齢だからねえ」


 リラが言うように、親方はもう老齢に差し掛かっている。後、長い事栄養事情が悪かったからか、今も疲れやすいらしいんだ。


「医療特化のネレイデスも同行させるから、何とかなる……はず」


 私が回復魔法を使ってもいいんだけど、無料でやっちゃ駄目って言われているので、余程の事情がない限りはやれないんだよねえ。


 治療費、親方の収入でも支払えないくらい高いし。分割払いでも、と持ちかけた事があるんだけど、親方自身に駄目って言われちゃったからなあ。


 やりたい。でもやれない。何か悔しい。




 とりあえず、帝国のレネートの側には、複数人の人形遣いを送る事になった。


 彼等はデワドラ大陸中の工事現場で引っ張りだこだから、手の空いてる人員は殆どいないんだけどね。


 帝国の運河建設はデュバルにとっても大事……という事にしているから、何とかねじ込んだ。


「私情が大いに入ってる……」

「そ、それはほら! ゆくゆくは領地の為になるから! ね!?」


 地を這うリラの声に、言い訳にならないような言い訳をしておいた。


 あながち嘘でもない。帝国の土地で育った綿花からコットン生地を作れれば、領内の服飾事情もまた変わってくる。


 うちの場合、運搬費用がほぼゼロに出来るのが大きいよなあ。移動陣って、本来は使うのにもの凄くお金が掛かるけれど、陣を敷くのは私が、必要魔力は領内で生産している圧縮型魔力結晶が担う。


 おかげでほぼゼロ。いや、私の人件費や魔力結晶の作成コストは掛かっているけれど。


 それでも、こちらの大陸から船でオーゼリアに荷を運ぶ事を考えたら、凄く早いし安い。


 そうして作ったコットン生地で、夏場は薄手の室内着を作るのだ。浴衣を作るのも手だよなあ。


 今温泉街で使ってる浴衣の生地て、うちでごく少量生産している生地を使ってる。なので、大変お高いのですよ。


 これを安い生地で大量生産出来るようになると、高い浴衣と安い浴衣とでランク分けが出来る。それはそれで、高級志向の人達には訴求力があるのだ。


 ふっふっふ、夢が広がるね。仕事も増えるけどね!




 グラナダ島で書類仕事に追われている中、ゲンエッダ王宮にいるサンド様から呼び出しされた。


 場所は王宮にサンド様がもらった仮の執務室。いや、本当にいつまでサンド様をこき使うつもりですかねえ? ゲンエッダ王宮。


「忙しいところを悪いね。実は、頼みがあるんだ」

「何でしょう?」

「これを、レオール陛下に届けて、返事をもらってきてほしい」


 手紙? いや、この大きさだと、何かの契約書かな?


「返事用の封筒はいりますか?」

「いや、それは王宮で用意しているはずだ。急ぐので、明日の朝までには行ってきてほしい」

「わかりました」


 移動陣を使えば、あっという間にオーゼリアの王都へ行けるからね。


 軽く応じた私に、サンド様が笑う。


「本当は、こんな大変な事を軽く頼むものではないんだけどね」

「私には、軽い事ですから」


 いや本当に、ちょっとそこまでお使いに出るくらいの感覚ですよ。




 とはいえ、王宮に行くにはそれなりの格好をしなくてはならない。なので、王都邸に連絡を入れ、先に仕度をしてもらっておいた。


「お帰りなさいませ、ご当主様」


 王都邸の家政婦が板に付いてきたルチルスさんが出迎えてくれる。


「すぐにお支度なさいますか?」

「ええ。お願い」


 ちなみに、本日はユーインと一緒。何でも、サンド様がレオール陛下に連絡を入れたら、ユーインも一緒にと言われたらしい。


 何か、あるのかな?


「単純に、久しぶりに顔が見たいという事ではないんですか?」

「どうかなあ?」


 私の仕度は、ルチルスさんが中心でやってくれる。といっても、彼女は指示を出す役で、実際の仕度はメイド達のお仕事。


 本日のドレスはラベンダー色の淡いドレス。薄い生地なのが、季節を感じさせるね。


 そういえば、そろそろ私の誕生日か。またパーティーをしないとならないのかなあ。


「他にも色々と、行事ごとが詰まっておりますよ」


 ルチルスさんににっこり言われてしまった。……リラの影響、受けてない?




 馬車で王宮へ。何だかここに来るのも久しぶりな気がする。


 ユーインにエスコートされて、侍従案内のもと陛下の執務室へ。


「あれ?」

「どうかしたか?」

「ええと、執務室って、こっちだったかなって」


 侍従には聞こえているだろうけれど、小声でユーインと言葉を交わす。道順に違和感があるんだよね。


 ユーインは、その理由にすぐ思い当たったらしい。


「ああ、レラが言う執務室は、王太子殿下時代のものだな。今はご即位されているから、国王陛下の執務室に移られている」

「ああ、そうか」


 国王の執務室に移ってからも、何度か行ってるはずなのにね。訪問回数は、王太子時代の方が多いからかも。


 無事陛下の執務室に辿り着くと、相変わらず忙しそうにしている。


「ああ、来たか。そこに掛けて待っていろ」


 挨拶もそこそこに、ソファを指差され待たされる事に。まあ、まだ時間はあるからいっか。


 王宮付きのメイドさんがお茶を出してくれて、それを堪能する。お、これ、ゲンエッダの茶葉じゃないですかー。


 まだ国内では流通していないのに。サンド様が送ったんだな。


 やっと一段落したらしき陛下が目の前の席に座ったので、預かっていた手紙……手紙? 書類? を渡した。


「こちら、サンド様からお預かりしたものです」

「わかった。少し待て」


 中身を見て、侍従にペンを取らせると、ローテーブルの上でさらさらとサインをしていく。


 何枚かサインし終わると、大きめの封筒を用意させて、そこに全ての書類を入れて、封蝋で封をした。


「では、これをアスプザット侯爵に渡してくれ」

「承りました」

「さて、まだ少し時間があるだろう。向こうの話を聞かせてくれないか?」


 向こう。西大陸の国の話ですかねえ? どこから話せばいいんだろう?


「レラ、ゲンエッダの話からすればいい」


 隣に座っているユーインから、助け船が出た。そうか、ゲンエッダからか。

じゃあ、デーヒル海洋伯の一件からだね。




 その後、海洋伯の息子と金貸しがタッグを組んで悪さをしていたのを懲らしめた事から始まり、ダコズチード北方伯領での簡単なもめ事、通りすがりの王族改めミロス陛下との出会い、ブンゾエック山岳伯領での盗賊討伐、山越えの際の襲撃、帝国領での複数回の襲撃からの襲撃者捕縛、帝国全土の大掃除、ブラテラダの国土浄化からのミロス陛下即位。


 ゲンエッダに戻ってからは王宮占拠事件、ゼマスアンドとの戦争から一方的に勝利、戦争に関わる重犯罪者達の処遇までを一気に話す。


「で、前ゼマスアンド王ズーインは、名前を変えてデュバルで仕事をさせる事にしました」

「待て待て待て! 何故そうなる!?」

「え? 優秀だから?」


 デュバルは常に人材不足なんですよ。使えるものは何でも使う主義なんです。

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