第606話 取引(ただし断ると死が待ってます)

 ゼマスアンド最後の王、ズーインには、しばらく考える時間を与えた。いきなり「別人になって余所で働いてみない?」と言われても、簡単には頷けないのはわかるから。


 でも、出来れば穴掘り現場じゃなく、デュバルの領政に関わってほしいんだよなあ。


 野心さえ叩き潰してしまえば、優秀な人材だと思うんだよね。




 それをグラナダ島に戻って、執務室でリラに伝えたら目を丸くしていた。


「それ、マジで言ってんの?」

「うん、もちろん」


 私の返答に、頭を抱えて深い溜息を吐かれる。


「あんたのやらかす事には大分慣れてきたと思ってたけど、まだまだだったわね」

「えー?」


 何か、酷い言われようじゃね?


「有能な人材は適材適所で使うのは基本じゃない」

「そうだけど! そうなんだけど! ……これが敵国の元国王でなければ、こんなに悩まないわよ」


 そうかなあ? 国王っていったって、ただの立場じゃない。


「首相だって、引退しちゃえばただの人でしょ?」

「あんた……それを余所の国の引退した国王とかにも同じ事を言える?」


 ああ、そういう感覚。


「んじゃあ、それが敗戦国の王様で、かつこのままだと公開処刑される立場だとしたら? 別人になりすます事でしか、助けられないよ?」

「うぐ」


 まあ、別に人道的な考えから、手を差し伸べた訳じゃないけどさ。


「まあ、本人がどういう答えを出すかはわからないけれど、私の提案を受け入れるのなら、デュバルで働かせるつもり」

「他の重犯罪者達は?」

「そっちは問答無用で穴掘り行き」


 どうせ死ぬのなら、人の役に立ってから死になさいな。今まで散々人様に迷惑掛けてきたんだからね。




 ズーインに提案をした二日後、彼からの返答がきた。


「申し出を受け入れる」

「そう。なら、すぐに手続きするわね。それと、働くまでに我が家の特別研修を受けてもらうから。それに不合格だと、別の仕事場に行ってもらう事になるから、気合い入れてね」

「わかった」


 頷くズーインには、先日の無気力さは感じられない。いい事だ。


 その調子で、研修を乗り切ってくれ。特に対人の作法なんかはカストルが自ら講師を務めるつもりでいるそうだから。


 あいつ、そんな事をどこで覚えたんだろう?




 ズーインの件が片付いたので、他の重犯罪者達も移送する事になった。彼等は本来、公開処刑される予定だったんだけれど、それが中止になった事だけは公表されるという。


「一応、表向きの理由が必要だっていうから、収容所食中毒が出たって事にしておいた」


 グラナダ島の執務室にて、今回の件の諸々の書類にサインをしつつ、リラに伝えた。


「食中毒って。まあ、出された食事に中ったって言えば、通るのか」


 衛生観念が低い世界だからね。もっとも、オーゼリアには日本からの転生者が何人かいたらしく、衛生面では現代日本と変わらないくらい。


 おかげで楽に生きられるよ。うちのご先祖様始め転生者の人達、ありがとう。


 ともあれ、これで形は整った。後は実行あるのみ。


「ここで手に入れた労働力は、帝国に連れて行って地下工事現場へ。一番きつい場所に配置して」

「承知いたしました」


 サインを入れた書類を受け取るのはネスティ。現在、執務室には彼女がいる。カストルが向こうで事後処理をしている間のピンチヒッターだ。


 普段はデュバル領で領政のサポートをしてくれている。ポルックスはもっと広範囲の仕事をあれこれ請け負っているので、領政限定のサポートをしているのは、ネスティなのだ。


 今は私の側付をしてもらっているけれど。


「そういえば、カストルの方はどうなってるの?」

「念話は向こうに盗聴されかねないので、私達の間だけで使える暗号を使用して連絡を取っています。それによりますと、新政権が樹立する見通しが立ったそうなので、近日中に戻るとの事でした」

「そうなんだ……」


 新政権樹立? そういえば、今カストルがいる国の上層部全体が、ゼマスアンドに銃を売りつけたんだっけ。


 で、その上層部を一掃したと……


「今更なんだけど、カストルが上層部を一掃した方法って……」

「何でも、政治家にとって重要な場面で、自白魔法による罪の告白をさせたそうです」


 カストル、エグい。


 それにより、マスコミに総叩きにされて、有権者からもそっぽを向かれたらしい。


 で、そこに政敵からのリコールを誘導されて、哀れ失脚……と。それも、全部カストルがシナリオを書いたそうだけど。


 何だかどこかで聞いた事のあるワードばっかりだね。民主主義の国なのか。




 しばらくグラナダ島でのんびり。午前中は書類仕事に追われているけれど、午後からは砂浜で遊んだり、庭園を散歩したり。


 ゲンエッダの混乱も大分収まってきているようで、オーゼリア使節団もそろそろ帰国出来そうだとの事。


 何だか、長い西行きになったねえ。


「本来なら、航海だけでも数ヶ月くらい掛かりそうなものだけどね……」


 リラが遠い目で呟く。今はコーニーも一緒に三人で庭園を散歩中だ。


「そこはほら、船が速いから」

「それに、居心地のいい船よね」


 コーニーもそう思う? 楽だよねえ、あれ。


 私達の会話に、リラが更に遠くを見た。


「あれ、居心地いいとか言うレベルなのかしらね……」


 いいじゃない。楽に移動出来た方が。確かに、あんまり船には乗ってなかったけれど。


 船の中も、大分空間を弄って広げて、ついでに邸も入れたけど。おかげで航海が安全で気楽なものになったんだから、悪い事じゃないと思うんですけどー。


 ともあれ、帰りはグラナダ島からブルカーノ島へ直接入ってもいい。島から鉄道で王都へ戻れば、色々と誤魔化しが利くでしょ。


「個人的に、色々と実りのあった西行きだったなあ」

「そうね。レラはお屋敷をもらったり土地をもらったりしたものね」

「うぐ」


 リューバギーズと、帝国の話ですかねえ? いや、帝国のはおねだりしたけれど、リューバギーズのはねだってないぞ? 向こうが勝手にくれただけで。


 コーニーの話に乗る形で、リラもつらつらと言い出した。


「島もいくつも手に入れたし、ここもそうよねえ?」

「ええと」

「管理が大変だろうけれど、書類仕事、頑張ってちょうだい。ああ、運河の進捗状況の報告書も上がってくるっていうから、よろしくね」


 リラの笑顔が怖い。




 運河建設に関しては、いくつかの工事現場を同時に動かしている。特に南から山の下を通す水路の工事現場は大変なんだとか。


「落盤の危険もあるから、補強しつつ進むので時間がかかるのよ」


 なので、一番先頭の現場では、人形遣い達も入らざるを得ないそうだ。人形を通して、地盤の補強とかしていくから。


 現地採用労働者はまだしも、人形遣い達は四交替制でしっかり休養を取らせている。場合によっては催眠効果のある魔道具を使い、睡眠時間もしっかり取らせているそうだ。


 ただ、そのおかげで工事に遅れが生じているらしい。


「思った以上に岩盤が固いのと、補強に時間が掛かってるらしいの」

「かといって、やらない訳にはいかないしね」


 帝国の南側に連なる山脈は、どれも硬い岩で出来た山で、どこを掘っても同じような状態なんだとか。


 かといって、この山脈を迂回して地下水路を掘り進めると、今以上に時間とコストが掛かるという計算が出ている。


 多少遅れが出ても、工事続行だなこりゃ。


「他は、ブラテラダとの間のロックの工事と、ゲンエッダとの間のロックの工事が始まったところかしら」

「それぞれ山越えしないとならないからねえ」


 なので、ロックは絶対に必要。ロック用の水を確保する為の人工湖も同時に建設だ。


 何か、運河の周辺って観光地に出来そうだね。やっぱりリバークルーズ、やるかなあ。

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