第605話 もらわなきゃ!

 ミロス陛下とゲンエッダの国王陛下の間でどんなやり取りがあったのかは知らないけれど、無事ゲンエッダ国内での運河建設の許可が下りた。


 迎賓館にそれを伝えに来てくれたのは、ミロス陛下。


「大分渋っていたけれど、素直に受け取れって言っておいたよ。後、帝国とブラテラダでは既に着工してるとも」

「それで、許可が下りた?」

「このままだと、ゲンエッダを抜きにして、ブラテラダと帝国の貿易が活発になりかねないからな」


 ああ、仲間はずれは嫌なのか。内心納得していたら、同席しているヴィル様からの発言が。


「確かに、ブラテラダと帝国に運河が完成すれば、大きな商業圏が出来そうですね」

「そうなる。帝国は大きいし、乾燥に強い作物も多く作ってる国だ。それに鉱山が多く、金属加工の技術を持っている。細かい細工を得意とする国なんだ」


 仲間はずれが嫌なんじゃなくて、その商業圏からゲンエッダが締め出される事を嫌ったのか。


「後は、ゲンエッダに運河を通さないのなら、リューバギーズを抱き込んでそちらに運河を建設してもらうのも手だって伝えたんだよ」

「えー? リューバギーズはちょっと……」

「はったりだ。ゼマスアンドはゲンエッダに併合されるが、リューバギーズはそのまま。あの国の扱いが、これから難しくなってくる」

「というか、リューバギーズは生き残れるんですかねえ?」


 実質ゲンエッダに挟み込まれた形だ。余程うまくやらないと、潰されちゃうんじゃない?


 私の意見に、ミロス陛下が苦笑している。


「そのうち、ゲンエッダの王女をリューバギーズに嫁がせる事になるかもな」

「お年頃の王女様、いましたっけ?」

「一番年上で今年十二歳だ。王族の結婚は年齢が離れている事もよくある」


 十二……まだ子供じゃない。といっても、今日明日にも嫁がせるって訳じゃないらしいから、いいのか。


「ゲンエッダの王女が次代のリューバギーズ王を生めば万々歳。娘であっても、ブラテラダへの嫁入りが出来ればそれもよしという事になるだろうな」

「え!? ミロス陛下のお嫁さんに!?」

「そんな訳あるか! 将来生まれる俺の息子にだ!!」


 ああ、そういう事か。びっくりしたー。




 ミロス陛下をブラテラダへ送り届け、グラナダ島に戻って執務室で地図とにらめっこ。


 西の大陸……東大陸風に言うならイエルカ大陸の東側では、四国……もう三国だけど、この三つの国の間では活発な行き来が出来そうだ。


 それを考えると、ゲンエッダ、旧ゼマスアンド、リューバギーズを繋ぐ運河があってもいいんじゃね?


 実際、大きな川がリューバギーズとゼマスアンドに流れている。ここにブラテラダからとゲンエッダへ流れる運河を足せば、水運がかなり発達するんじゃないかなあ。


 海側の三国は水に恵まれてるから、帝国ほど工事は大変じゃない。あ。


「労働力も、もらわなきゃ」


 今回の戦争で、最初に王宮を占拠した連中、まだ地下牢にいるんじゃなかったっけ?


 どうせ処刑になるのなら、表向きは死んだ事にして、うちの工事現場で働かせるってのもありだ。


 帝国では地下での現場も多いし。地上の現場でも、深夜帯は人形遣い達を休ませたい。


 うちの工事現場、基本的に交替制で二十四時間稼働してるから。


 三国をぶち抜く運河より、労働力確保の方が大事。こっちの現場なんだから、こっちで手に入れた労働力を使うべきだよね。




「という訳で、犯人達ください」


 グラナダ島からゲンエッダ王宮へ来て、サンド様を通じ国王陛下にお願いがあるって言ったら、あっという間に後宮で場を設けてくれた。


「……何が『という訳』なのか、聞きたい気もするが、聞いたら後悔しそうだな」


 失礼ですね。後悔するもしないも国王陛下次第ですよ。私が悪い訳じゃありません。


「犯人というのは、王宮占拠の……でいいんだよな?」

「他にも今回の戦争に関して、まだ処刑していない人がいたらください。決して逃がしませんし、運河建設現場で働いてもらいます」


 死ぬまで労働して罪を償ってもらう。


 目の前にいる国王陛下は、私の言葉にちょっと引いてる。何で?


 ただ処刑するよりは、世の為人の為になるんだから、いいじゃない。有効活用ですよ。


 そう言ったら、ますます顔色を悪くしてるんだけど。納得いかん。


 でも、やる事はやってくれた。


「現在、侯爵が作ってくれた国境の仮収容所、そこの重犯罪者用の区画に連中はいる」


 あれかー。プレハブ形式で、グラナダ島で作った建材をその場で組み立てたんだよねー。


 収容する人間が逃げ出さないように、ヒーローズを派遣して見張らせている。彼等も、増産されてました……


 それはともかく、ヒーローズが四交替で二十四時間監視しているおかげで、未だに脱走出来た者はいない。


 未遂は何度もあったそうだけど。逃がさないっての。


 大体、収容者には全員、魔法で位置確認出来るGPSもどきの術式を使ってるんだから、どんなに逃げても捕まるよー。


 特に重犯罪者を入れる区画は念入りにしてあって、ネスティ自らが隷属の術式を入れている。主は彼女にしてあるので、命令通り収容所から逃げ出す事もない。怖いけど、ある意味便利な術式だ。


 んで、今回はその重犯罪者達をごっそり労働力としてもらおうという魂胆。


 戦争犯罪だと、さすがに労働力としてもらうのは気が引けるので。上の命令に従っただけって事もあるから。


 その辺りを捌いて処罰するのは、国にお任せします。


「ところで、侯爵。本当に重犯罪者を全員そちらにやっていいんだな?」

「ええ」

「どんな人間が混ざっていても……か?」


 何か、引っかかる言い方だなあ。ネスティ、何か問題があるような人物、紛れ込んでいる?


『いいえ、特には。問題行動を起こすような者もおりませんし』


 ならいいや。


「どんな人間であろうと、労働力は労働力です。収容所同様、絶対に逃がしませんからご安心を」


 私の言葉に、国王陛下が何故かにやりと笑った気がした。


「そうか。では、名簿を渡そう。犯罪者達の移送は、任せていいな?」

「もちろんです。ありがとうございます」


 城の地下牢から収容所に運んだのも、うちだしなー。いや、オケアニス達が頑張ってくれました。




 王宮から迎賓館へ戻り、そこからグラナダ島へ。もらった名簿を確認するのは執務室で。


「ネスティ、名簿の確認よろしく」

「承りました」


 何故まだネスティが私の側にいるかと言えば、カストルが向こうで事後処理をしているから。


 あいつ、向こうの国を混乱に陥れたまま戻ろうとしていたよ。ネスティの報告がなかったら、私も知らないままだった。


 ちゃんと混乱を鎮めてから戻れって言ったら、大分しょげていたそうだけど。自業自得です。


 ネスティは、もらってきた名簿をパラパラ見ている。速読が出来るそうで、あれでもきちんと確認出来てるんだぜ。うちの連中、本当に優秀だな。


「主様、一つ気になる名がありますが、よろしいのですか?」

「へ?」


 気になる名前? でも、特に問題ないって、ネスティが言ったんだよね? 念話で。


 首を傾げていると、名簿の一部を指差して見せてきた。


「これです。この名前」

「どれどれ……あ」


 何で、ゼマスアンドの前の王様の名前があるのかなあ?




 ゼマスアンド最後の王、ズーイン。今、私の目の前にいるのがその人物だ。


 自分と母親を捨てた国や父親、兄弟を恨み、彼等が果たせなかった夢を、違う形でさらに大きく叶えようとゲンエッダに戦争を仕掛けた人物。


 正しい形で国を治めれば、賢王になっただろうというのは散々聞いた言葉だ。


 手枷足枷を付けられ、いかにも犯罪者ですといった風のズーインを前に、私の方はポルックスとネスティを同伴させている。


「……俺に、何の用だ?」


 ズーインはこの収容所に入れられてから、淡々とした日々を過ごしているらしい。


 何かを諦めたのか、それとも生きる事に飽いたのか。


 彼に関しては、オケアニスが自白魔法を使って洗いざらい喋らせたと聞いている。ゲンエッダへの侵攻理由も。


 それが、屈折した親や兄達への感情だった訳ですが。


 彼の母親は、ブラテラダで亡くなっている。ゼマスアンドから彼等母子を連れ出した人物の情けか、ブラテラダでは何不自由ない生活を送っていたらしい。


 それでも、自身に流れる王家の血と、国を追われた母の悲しみを見て育ったからか、国と王家に対する憎しみは強かったそう。


 今の抜け殻のような姿からは、ちょっと想像が出来ないね。


「あなた、まったく違う場所で別人として生きてみる気はない?」

「……は?」


 お? ちょっとだけ、目に力が宿ったかな?


「あなたがその気なら、新しい場所と名前と立場を用意するわよ。その代わり、馬車馬のように働いてね」


 何せ、デュバルは年中人手不足だから。

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