第611話 古巣でサプライズ

 私とリラ、コーニーは基本グラナダ島にいる事になった。旦那連中は、サンド様に便利に使われているらしい。


 サンド様や旦那連中が王宮であれこれ出来るのも、ゼマスアンドとの戦争がものを言っている。


 王宮占拠の場で、そして実際の戦場で、彼等の腕前を見た人達は多いからねー。そりゃあ敵わない相手には逆らわないわな。


 その影響が、後宮にも出ているらしい。


「いやあ、国内貴族がこぞって刺客を送ってくるから、オケアニスが片っ端から捕まえてくれてるんだー」

「……その結果、どうしてレラがそんなに上機嫌なのかが、わからないわ」

「労働力が簡単に手に入るから!」


 当然、オケアニスが捕まえた刺客達は、ゲンエッダの国王陛下の許可を得て、運河建設の現場に連れて行っている。


 陛下としても、自身の母君の命を狙った奴らだから、死のうが苦しもうが構わないってさ。


 その代わり、「決して逃がすな」と言われている。逃がす訳ないよね、大事な労働力なんだから。


 イエルカ大陸の現場が終わったら、デワドラ大陸のお仕事が待っているよ。




 刺客を送り込んだ連中の事は、サンド様の助言の元しばらく放置しておく事が決定している。


 いや、自白魔法を使えば、簡単に依頼主まで辿り着けると思うんだけど。何故かサンド様は「今は動かなくていい」と仰ってるのよ。


 私としても、文句はない。何せ、元凶を放置しておけば、次から次へと労働力が手に入るからさー。


 それに、「今は」って事だから、そのうち大きく動くんでしょう。オーゼリアとしても、折角の交易国のゲンエッダに潰れてほしくないみたい。


「それにしても、よくそれだけ送り込む刺客がいるわね」


 リラがげんなりと呟く。


「あー……それについては、戦争も影響している……としか」

「どういう事?」

「送り込まれてくる刺客、ゼマスアンドの組織らしいんだ」

「はあ?」


 リラだけでなく、コーニーまで眉をひそめている。まあ、そういう態度になるよねー。


 ゲンエッダ国内の組織からの刺客もいるんだけど、大半はゼマスアンドの連中だ。どこでも、暗殺を請け負う組織というものはあるらしい。


 そして、そうした組織に依頼するのは、大抵金や権力を持った連中だ。


「で、現在のゼマスアンド。そんな依頼主、いるかな?」

「ああ……」

「戦争で、主立った貴族家も随分潰されたって聞いてるわ」


 納得顔のリラに、聞いた情報を思い出しているコーニー。


 ゲンエッダは、敗戦国であるゼマスアンドの戦争責任を、国王だったズーイン一人に負わせる事をしなかった。


 国の上層部全てに等しく追求し、その結果多くの貴族家が潰されている。更に、そうした貴族家を顧客としていた商人も、商売を畳むところまで追い詰められた者が多い。


 現在のゼマスアンド国内で、暗殺組織が生き残る術はゲンエッダで顧客を探す事だけ……らしい。


 リューバギーズ側はどうなのかといえば、あちらはゲンエッダ、ゼマスアンド両国間で起きた戦争以来、ゼマスアンド側の国境を封鎖しているそうだ。


「リューバギーズは、随分国境線を警戒しているようね。イエルがこぼしていたわ」

「イエル卿、あっちまで行ってるの?」

「ええ。ゲンエッダ側の使者を連れて、ゼマスアンドを縦断してリューバギーズに接触しているようよ。ゼマスアンド国内はまだ治安が悪いし、護衛のようなものね」


 コーニー、それ、ゲンエッダ側の国家機密にならないかね? それをここで話していいの?


 私の質問に、コーニーは笑う。


「ここで話したところで、聞いてるのはあなた達だけじゃない。話が漏れないのなら、機密は守られた事になるわよ」


 そういうもの? ……まー、いっかー。




 ゼマスアンドの治安は、日に日によくなっていってるそうだ。ゲンエッダから、大量の兵士が送り込まれて、あちこちで睨みを利かせているからね。


 王弟殿下も、近々ゼマスアンド入りするそう。荒れた国内を建て直すのは、大変だろうなあ。


 ブラテラダのミロス陛下も、近い思いをしているんだろうね。偶に王弟殿下への同情めいた言葉をこぼしているって。


 ミロス陛下の元には、旧型の通信機を置いている。オーゼリアではもう使われなくなったタイプだから、無料で貸し出しだ。


 ゲンエッダ王宮のサンド様の執務室にも、同じものが置かれている。それで、ほぼ毎日のように連絡を取り合ってるんだって。


 それをうらやましそうにしているのが、ゲンエッダ国王。とはいえ、もうじきゲンエッダ王宮にも相当数の旧型通信機が入る予定なんだけど。


 その辺りは、私が運んだ手紙にあったらしい。あれ、手紙っていうか書類だったんだけど。


 よくよく考えたら、サンド様とオーゼリア王宮は通信機で会話出来るんだから、わざわざ紙に書く必要ないんだよね。


 しかも、こちらが使っているのは相手の姿を見て話せる最新型だ。サンド様が持っているのは、スマホタイプの携帯型だけど。


 多分、オーゼリア人の中で一番通信機を使いこなしているの、サンド様だと思う。




 グラナダ島で書類と格闘しつつ過ごしていたら、サンド様の呼び出し。また、何かお使いかな?


 ゲンエッダ王宮に向かうと、執務室で笑顔のサンド様に迎えられた。


「やあレラ。いつぞやぶりだね」

「先週ぶりですかねえ?」


 もうちょっとちょくちょくグラナダ島に来てくれても、いいんですよ? 何ならご飯食べてお風呂入るだけでも。


 現在、ゲンエッダ国内にいるオーゼリア使節団の人数は半数ほど。残りは子供達を預かっている島の別荘に移動している。


 残った人達用に、急遽ペイロンの研究所で仕立ててもらった水回り特化型の施設を貸し出しているけれど、やはり大きなお風呂は別物だと思うんだ。


「さて、レラに来てもらったのは、またオーゼリアに戻ってほしいからだよ」

「じゃあ、通信機を運んでくるんですね」


 私の言葉に、サンド様は軽く頷く。


「王宮内の掃除も、大分終わったから」


 掃除。この場合、片付けられたのは物ではなく人なんだろう。後宮にまで刺客を送るような連中がまだ残っていたから、警戒して通信機の数を減らしていたのかな。


 通信機には、シリアルナンバーが振られていて、そこから微弱な魔力が放出されている。


 それを辿れば、例え盗まれたとしてもすぐに見つけられるんだよね。簡易版GPSみたいな感じ。


 ただ、これは魔法を扱える人間にしか探せない。そのうち魔道具化しようって話も出ていて、実際研究も進められているんだけれど。


 どうも、GPSタイプにすると距離に負けるらしいんだ。通信機は、そんな事ないのにね。使う魔力の差なのかね?


 それはともかく、盗難の心配が減ったので、やっと王宮にも通信機を配置出来るようになったらしい。


 当然、ゲンエッダ王宮からは見返りがある。その内容までは聞いてないけれど、サンド様が決めたのなら、それでいい。


「では、すぐに戻って――」

「ああ、悪いが、戻る日付はこちらで指定させてほしい」

「そう……ですか?」

「ああ。それと、今回は直接ペイロンに行ってくれ。王宮を通す必要はない」


 まあ、前に運んだ書類で、その辺りの調整は済んでいるだろう。いずれにしても、私が首を突っ込む問題じゃないな。




 サンド様に指定された日に、移動陣にてペイロンに行く。グラナダ島からブルカーノ島へ行き、そこからデュバル本領の領主館であるヌオーヴォ館へ。


 そこから地下鉄で分室へ赴き、分室の移動陣を使って研究所へ移動した。


 移動している時間は少ないものの、経由地が多いと何だか疲れるねえ。


「お? レラじゃないか。元気にしてたか?」

「おーっす。ちょっとサンド様のお使いで来たよー」


 移動陣が敷いてある部屋から出たら、ちょうど顔なじみの所員が通りかかった。


 彼はニエールとも一緒に仕事をしている人で、出身は某侯爵家。五男だから、好きに出来たと言っている人物。


 彼は私の言葉を聞いて、何かを思いだしたようだ。


「ああ、あれか。旧型の通信機だろ?」

「そうそう。引き取りに来たんだよ」

「まあ、レラが来るのは当然か」


 移動陣、使い放題の人間って、研究所の人以外だと私くらいだからね。


 彼に案内されるまま、所内を歩く。通信機はもう用意されていて、後は運び出すだけなんだって。


「そういえば、この時期戻ったのはやっぱり伯爵の件もあるのか?」

「伯爵の件? 何?」


 伯爵って言ったら、ペイロン伯爵の事だよね? 私の育ての親の。


 首を傾げる私に、彼は驚いた顔を見せた。


「え? 知らないのか? 近々爵位をシイヴァン卿に譲って、ご自身は隠居なさるって話なんだけど」

「えええええええ!?」


 何それ。聞いてないよ!?

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