第594話 風呂はいい

 無事、一番小麦はもらえる事になりました。後が怖いけれど。


 いや、ゲンエッダや国王陛下が、ではなく、シーラ様が。微笑んでらっしゃるけれど、圧が凄い。これはやはり、説教コース……


 欲しいものを主張しただけなのにいいいいい。




「淑女には、言い方というものがあります」

「はい……」

「ペイロンで育ったあなたに、それを言うのは酷かも知れませんが、それでも! 立場を考えなさい」

「仰る通りです……」

「ああいった場合は――」


 迎賓館に戻ってすぐ、シーラ様と二人きりでお説教タイム。うううう、ここまできて「淑女とは」を聞かされるなんてええええええ。


 ペイロンでは乳母を務めたシービスに、王都では学院で、休みの日にはアスプザット邸でシーラ様に、耳にたこが出来るほど聞いた内容だ。


 いや、「そこまで聞いて何故覚えない?」と聞かれたら、あれだけど。


 だって、ペイロンで野生児状態で育ったんだよ? ちょっと矯正したところで、張りぼてお嬢様が出来上がる程度だよ。


 だから今も社交は苦手だし、腹の探り合いとか大嫌いだし。探るのは他の人に任せて、ぶっ飛ばすところだけやりたいよね。


「レラ、聞いてるの?」

「はい! 聞いてます!」


 シーラ様は、勘も鋭い。その後、たっぷり時間を掛けて王族の前での振る舞い方をたたき込まれた。


 途中で魂飛んだ気がしたけれど、きっと気のせいではない。




 迎賓館に滞在している間は、それぞれの部屋に宿泊施設を出し、希望があればグラナダ島へ移動するようにした。


 移動はオケアニスが担当する。迎賓館に滞在しているオーゼリアからの使節団員の人数って、それなりにいるから。


 個別に対応していたら、私が何人いても足りない。なので、移動陣を起動出来るオケアニスを配置するようにしたのだ。


 これでお風呂問題は解決。グラナダ島には領主館以外にも、客人を泊める専用の建屋もあるから、使節団員が一度に全員移動したところで問題なし。


 そういや、グラナダ島の領主館と来客用の建屋に名前を付けるよう、カストルに言われてたっけ。


 後で何か考えなきゃなあ。


 迎賓館で割り当てられた部屋は、三階の中央付近。窓からは庭園ではなく王都が見渡せる。ここも、結構高い場所だからかな。


 吹く風は、大分温くなっている。暑い季節はもうすぐそこなんだ。




 王都でやる事は、特にない。とはいえ、迎賓館にずっといるのもなあと思ったら、シーラ様に引っ張り出された。


 私だけじゃなく、コーニーやリラも。


 行き先は王宮……の、更に奥。国王のプライベートスペースだ。


 こっちでは一夫多妻が普通だから、貴族や富裕な家の男は複数の妻を持つ。当然国王も一緒で、この王宮の奥はいわゆる後宮というやつだ。


「今王位に就いている息子には、まだ妃がいないので、私達しかいないのだけれど」


 そう言って笑うのは、王太后陛下。先王の正妃で、現国王の母君。彼女が、この国を背負っていたんだ。


 その王太后陛下の隣にいるのが、ミロス陛下の母君。こうして見ると、タイプは違うけれどどちらも美人だ。


 先王は、もったいない事をしたね。安いプライドをぶら下げていなければ、悠々自適に過ごせただろうに。


『それが出来なかったからこそ、正妃に嫌がらせをし、側室の実家の専横を許したのでしょう』


 つくづくろくでなしだ。


 ……いや待て。女で身を滅ぼすっての、近場でいたねえ。実父なんだけど。托卵されてたところまで一緒じゃん。うわああ。


 とはいえ、うちの場合は実母がそこまで優秀かと言われると、謎なんだけど。人の話を鵜呑みにする人だったって、母方のばあちゃんが言ってたっけね。それが原因で、折角あった魔法の才能を腐らせた人だったってさ。


 まあ、それは兄と私に受け継がれたと思えば、いいか。


 で、そんな後宮の二大トップが何故目の前にいるかといえば、シーラ様や私達を招いての女子会だそうな。


 いや、そういう名目ではないんだけど。男達が酒飲んで友好を深めるのなら、女子はお茶と甘い物とおしゃべりで仲良くしましょうという事らしい。


 ちなみに、本日旦那連中はサンド様に連れられて国王陛下と王都の視察だ。いいなあ、そっち行きたかった。


 私が呼ばれたのは、もちろんミロス陛下の件からだ。


「まあ、では、帝国内でも刺客が?」

「ええ。帝国の旧上層部はよほどミロス陛下が邪魔だったようです」

「レラ、言い方を」

「いいのよシーラ。ここでは、面倒な作法はなしにしましょう。それにしても、帝国の暗殺部隊といえば、他国にまで名前が知れるほどの手練れなのよ? その部隊を丸ごと捕縛するなんて」


 そういえば、何かそんな話、聞いたなあ。いやあ、催眠光線は優秀だ。


「襲撃された場所には、私達はいなかったんです」


 その頃は、グラナダ島でぐっすり寝ていたよ。


 私の言葉に、王太后陛下と母君が何やら目配せをしている。何だ?


「……シーラから聞いたのだけれど、ある場所からある場所へ、瞬時に移動する手段があるんですってね」


 移動陣の事!? シーラ様、話したんですか!?


 驚いてシーラ様を見ると、軽く頷かれる。という事は、いつかは移動陣もゲンエッダに売る可能性があるって事か。


 シーラ様一人の判断じゃない。もちろん、サンド様だけでもないだろう。これは、オーゼリアの陛下も承認している話だと思う。


 なら、隠す必要はないね!


「はい。それを使い、リューバギーズの沖にもらった島へと移っていました」

「まあ」

「リューバギーズの沖に、島ですって?」


 あれ? それは伝わってなかったの?


「あの国の沖に、人が住める島なんてあったかしら……」

「ブラテラダでしたら、海洋伯の領地のすぐ前に島がありますけれど」

「それは、沖とは言わないわよね?」

「詳しく、話を聞かせてもらっても、いいかしら?」


 あれえええええ?




 あの後、どうやって島を手に入れたのか、その島をどうしたのか、今の島の姿はどうなのかまで、洗いざらい話す事になった。


 結果。


「まあ……これが……」

「何という……」


 どこをどうしたらこうなるのか。王太后陛下と母君を、グラナダ島にご案内している。


 もちろん、シーラ様、サンド様、ユーイン始め旦那連中、コーニー、リラというレギュラーメンバーも勢揃いだ。


 王太后陛下……長いな。後宮シスターズ……という年齢でもないけれど、そう呼ぶのがぴったりな気がするから、そう呼ぼう。


 後宮シスターズは、まず移動陣での移動に感動し、次にグラナダ島の外観……わざわざ見える場所まで行きましたとも……に大騒ぎし、街中の大通りにはしゃぎ、現在は領主館の大浴場で言葉を失っている。


 ちなみに、グラナダ島の領主館は陽光館、客用の建屋は月光館と名付けた。何か連続殺人事件でも起きそうなネーミングだけど、気にしない。


 対になるような名前にしたいなあと考えたら、これになったんだよ。意味がわかるリラだけは、チベットスナギツネのような顔でこちらを見ていたけれど。


 大浴場に来たからには、当然入浴してもらいますとも。シスターズの側付きまでは連れてきてないので、入浴の手助けはオケアニスに任せる。


 私達は一人での入浴になれているので、手伝いは不要。普段身につけている服も、マダムに相談して一人で脱ぎ着しやすいように工夫してもらってるし。


 こういうのを作れるのが、マダムの才能の一つだと思う。しかも、嫌な顔一つせず、かえって前のめりで食いついてくれるからね。助かるー。


 大浴場の大きな湯船に浸かった二人は、言葉をなくしている。とろけるような顔だ。


「これが……お風呂……」

「これ、王宮にも欲しいですね……」


 うん、まあそうなるよね。納得していたら、脇から突かれた。誰だと思ったら、シーラ様。


「レラ……出来るわよね?」

「ええと」


 出来る出来ないで言われたら、多分出来ると思う。出来るよね?


『風呂場の工事でしたら、お任せください』


 あれ? カストルじゃなくてネスティなんだ。


『主様がご入浴中ですのに、カストルに念話させる訳には参りません』


 おおう、細かい気配り、ありがとう。ってか、出来るんだ?


『出来ます。王宮内に井戸がありますから、そこから水を汲み上げて、浴場に回せば水は困りません。もしくは、王都周辺の川から水を引き入れても問題ないでしょう、途中で浄化装置を通しますから。ですが、こちらはメンテナンスが必要な品です』


 つまり、誰かをゲンエッダ王宮もしくは王都に常駐させる必要がある……と?


『はい。メンテナンスはネレイデスが出来ますから、彼女達を三人ほど国内においておけば、事足りるかと』


 そういえば、ネレイデスも増員したんだっけ? オケアニスが五百人近くに増えたのは聞いてるけれど。


『……あの、オケアニスも、ネレイデスも、現在も増やしております』


 ……はい?

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