第593話 王都ウォンジラック

 迎賓館では、さっそくサンド様、シーラ様との再会が待っていた。


「皆、元気そうで安心したよ」

「父上達も、お元気そうで」


 通信の映像で顔を見ていたから大丈夫とわかっていたけれど、やっぱり直接顔を見て話すのは違うなあ。


「あなた達も、変わりないようね」


 そう言うシーラ様は、ちょっと疲れが見えている。どうしたんだろう?


「お母様、お疲れですか?」


 コーニーも気付いたようで、心配そうにしている。


「そう……ね。あなた達にもわかるほどなのね」


 これはあれか? 社交疲れか何かか? でも、シーラ様なのになあ。




 ただいま、迎賓館を抜け出し、グラナダ島に来ております。


「ああ! 生き返るわあ。これよこれ!」


 シーラ様は、大浴場にて入浴中。なんかね、ゲンエッダって入浴の習慣がない国らしく、迎賓館にも浴室がないんだって。マジか。


 水には困らない国なのに。


「水があっても、習慣がないと風呂って入らないものなのね……」


 リラも呆然としてるよ。シーラ様のお疲れの原因は、入浴出来ない事にあったらしい。


 言ってくれれば、宿泊施設を持たせたオケアニスを派遣したのになあ。


「お母様も、ゲンエッダ滞在がこんなに長引くとは思わなかったんじゃないかしら」

「ああ」


 少しの間なら、我慢してしまおうと思った結果が、あのお疲れモードだった訳かあ。シーラ様、そこは我が儘言ってもよかったと思いますよ。




 もしかしたらと思ったら、使節団の他の皆さんも、風呂に飢えていたらしい。だからね? オーゼリアでも身分が高い人ばっかりなんだから、そこはちゃんと主張しようよ。何で我慢するかなあ?


 使節団の全員を迎賓館側には内緒でグラナダ島に連れてきて、お風呂に入れてからコーニーとリラ相手に愚痴をこぼす。


「そんなの、主張する相手がレラだからに決まってるじゃない」

「え?」

「あんた、使節団の大半の人から怖がられてるって自覚、ある?」

「えええ!?」


 そんな!


「リラの言いたい事もわかるけれど、普通にレラの身分を考えなさい。名実共に力のある侯爵家当主に、お風呂入りたいですなんて些細な主張、出来ないのよ」

「お風呂はささやかな主張じゃないと思うんだけどー」

「それでも! 命に関わる事ではないし、国の危機でもないでしょう? 言ってしまえば、凄く個人的な事なのよ」

「それに、お義母様もあんたに頼むのを我慢なさってたでしょう? それも、一因だと思うわ」


 あー。シーラ様の場合、私の邪魔をしないようにって配慮だけれど、それが使節団の他の奥方達には「シーラ様ですら我慢なさっているのだから、自分達も我慢しなくては!」になったんだ。


 別に、宿泊施設くらいいくらでも貸し出すんですが。これまでも、嫌と言った事は一度もないぞ?


「まあ、今後こういった事があった場合、宿泊施設を人数分持たせたオケアニスを配置するようにしましょう」

「だね」


 リラの案を採用だ。




 風呂で旅の垢を落とし、ヌオーヴォ館から取り寄せたオーゼリア料理を振る舞ったら、皆さん涙ながらに喜んでいる。


 うちの料理長の料理、おいしいからね。


「ゲンエッダの料理も美味しいんだが、やはり故郷の味付けは格別だね」


 サンド様も、味わっている様子。また、オーゼリアの味付けって、過去にうちのご先祖様のような日本からの転生者がいたらしく、醤油や味噌、味醂などを使う事が多い。


 地方で味付けが異なる地域もあるけれどさー。それでも、他国の味付けと比べれば共通項は多いのだよ。


「迎賓館での昼食、拒否する形になってしまいましたけれど」

「それについては、後ほど国王陛下に謝罪しておこう。何、すぐにご理解いただけるよ」


 サンド様の力強いお言葉。頼りになるわー。


 風呂に入って懐かしい味を食べて、使節団の人達も大分元気になってきた。


 迎賓館に帰るのは明日の朝でいいらしいので、今日はこのままグラナダ島の領主館にお泊まりである。


 これに一番喜んだのは、女性陣だ。風呂もスキンケアも、好きなだけ堪能してください。


 ええ、化粧品に関しては、ロエナ商会で扱っているものですよ。ここでお試しいただくのもありですねえ。


 今回お使いいただいているラインは、ネオヴェネチアでのみ販売している限定品でございます。


 街に入るのに入場料が必要な場所ですが、決して損はさせませんよ、ええ。




 翌朝、簡易移動陣にてゲンエッダ王都ウォンジラックの迎賓館へと戻る。グラナダ島で仕度を調えたので、このまま王宮へ向かう事が可能だ。


「では、参ろうか」


 サンド様に連れられる形で、別行動をしていた私達六人が王宮へ。


 話は通っているらしく、すぐに謁見の間へと通された。


 本日の装いは、オーゼリアのドレスコードに準じたもの。昼の公式の場への参加なので、肌の露出はほぼなく、アクセサリーも控えめ。


 髪はきっちりと結い上げて、室内なので帽子はなし。ヘッドドレスは生花禁止。なので、ダイヤのヘアピンを使っている。土台が金だから、髪の色に埋もれることもないでしょ。


 ドレスの色はペールピンク。グラデーションはなしで、同色の糸で模様を織り込んでいる。ぱっと見は無地だけど、光の加減で細かい花模様が浮かび上がる仕掛けだ。


 今回、コーニー、リラと三人で型は合わせた。色がコーニーがグリーンでリラが青。リラと私が色を交換したようなイメージだね。


 手には扇。バッグ類は持たず、荷物はお付きの使用人に持たせている。今回同行する使用人は、全てオケアニスだ。


 男性陣は普通に昼間の礼装。ラペルピンだけ、三人とも違う。ユーインがプラチナにアクアマリン、ヴィル様が金に琥珀、イエル卿は金にエメラルドだ。


 本当は台座を黒曜石にしたかったそうだけど、ピンにするにはちょっと向かなかったんだって。


 謁見の間には、奥の玉座に座る若き王と、その下に居並ぶ人々。多分、ゲンエッダの貴族家当主なんだろうなあ。


 彼等の視線の中、中央に開けられた通路を進む。挨拶なんかは、全てサンド様がやってくださるので楽だわー。




 謁見が無事終わり、何故かそのまま王宮に留め置かれております。これから、国王陛下と個人的な懇親会だってさー。


「待たせたな」


 通された部屋で、サンド様、シーラ様、私達の八人で和やかに過ごしていたら、ゲンエッダの国王陛下ご登場。


 後ろには、第二王子の姿もある。後、女性が二人?


『王太后陛下とミロス陛下の母君ですね』


 おうふ。いきなりかい。


 ソファから立って挨拶しようとしたら、国王に手で制された。


「よい。楽にせよ。今日ここに来てもらったのは、個人的に礼を言いたかったからだ」


 はて。ゲンエッダの国王陛下からの礼とな。


 それはやっぱり、ミロス陛下の事ですかねえ? うまくブラテラダを手に入れられたから?


「ミロスの事だ」


 やっぱりー。でも、内容は私が考えているようなものではなかった。


「あれの手紙で、何度も命を狙われたところを、君達に救われたと書いてあった。弟を助けてもらい、感謝する」


 あー、そっちかー。そういや、結果的にそんな事にもなりましたねえ。


 こういう場でのやり取りは、ヴィル様がやってくれる。


「もったいないお言葉にございます。国王陛下。我々は自らの為にやった事、決してこちらの国や陛下方の為にした事ではございません」

「それでもだ。君達といなければ、弟の命はなかっただろう。それを考えれば、いくら感謝してもしたりない」


 ううむ。そう言われましても。


「何か、私に出来る事で望むものはないか? 出来る限りの事はする」


 そうは言われまして……あった。

「では! 一番小麦をください! 全部とはいいません! 少し譲っていただければ!」


 あ、陛下達の目が丸い。ヴィル様が頭を抱えて、サンド様が笑いを堪えている。


 あああああ、シーラ様の目が怖い。これ、後で説教コースではなかろうか。


 でも! 陛下が言い出した事だし! 主張しないのも悪いと思ったから! 私、悪くない! ……多分。

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