第592話 労働力捕獲計画

 これからデーヒル海洋伯領から王都へ行くのに、途中にも襲撃者が待ち構えているらしい。


 捕縛するのは簡単だけど、同行する海洋伯の目の前でどこまでやっていいものか。


 迷ったら相談相談ー。


「という訳で、どこまでやっていいのか判断出来ません」

「それでも、相談する事は覚えたんだな。いい事だ」


 相談したら、ヴィル様からの返答がこれ。酷くね?


 しかも、ヴィル様の後ろでリラまでうんうん頷いているんだよ? 酷くね? 本当に。


「連中が道中待ち伏せをしているとして、その場所はわかるか?」

「ええと、カストルが調べました」


 虫型ドローンで、場所や背後関係までバッチリ把握済み。自白魔法を使ったのは、あくまで海洋伯に聞かせる為のものだ。


「なら、先んじて襲撃者を捕まえてしまえばいいのではないか? リューバギーズではそうしただろう?」

「あ」


 そういやそうだった。何で忘れてたんだろう。


「王都までの道中でこちらを襲撃する予定なら、我々の隊列の前で捕縛しておけばいい。一時的に置いておく場所があればいいが」

「ああ、それはグラナダ島にある監獄に入れておくそうです」

「そうか」


 そもそも、何故あの島に監獄があるんだよって話なんだけど。ヴィル様は気付かなかったのか、それともどうでもいい事と思ったのか、聞いてはこなかった。


 その代わりに、後ろのリラが何か言いたそうにしている。話は後でね。


 とりあえず、襲撃予定者達の処遇は決まった。グラナダ島経由で、各運河建設現場に送る事になるだろう。


 いや、いい労働力が手に入ってよかったよかった。




 襲撃者があった翌日、一日遅れでデーヒル海洋伯領を出立した。


「もう少し、襲撃者を調べた方がいいと思うのだが」

「不要です。今は少しでも早く、王都へ到着したいと思います」


 海洋伯の考えもわからないでもない。襲撃者の口から、王都までの経路に他の襲撃者が待ち構えているって聞いてるからね。


 おかげで、王都へのルートが微妙に変わった。この情報が敵に渡らない限り、待ち伏せは出来ないんじゃないかと思うけれど……


『裏切り者がいますし、人海戦術を使って海洋伯領から王都への全てのルートに襲撃者を配置すれば、確実に襲えるでしょう』


 普通ならね。てか、いたのか裏切り者。どうやら、金で寝返ったのが海洋伯の側にいるらしい。


 カストルが既に見つけているので、問題なし。裏切り者が動くのなら、こちらも叩き潰す為に動くまで。


 隊列は、海洋伯の馬車、うちの馬車、使用人達が乗る馬車、荷馬車と続く。今回も、旦那連中は騎馬で馬車と併走だ。カストルが御者を務める。


 デュバル製の揺れが少ない馬車の中で、コーニーがくすりと笑った。


「いつもと変わらない顔ぶれよね」

「変わった方がよかった?」

「いいえ?」


 何故か楽しそうなコーニーは、馬車の窓にしては大きな車窓から、外を眺める。


 現在、海洋伯領から王都へと伸びる街道の一つをひた走っている最中だ。一応街道として整備はされているけれど、やはり路面のコンディションはあまりよくない。


 街道の脇には、木立が続いていた。


「あの木立のどれかに、襲撃者が隠れているのかしら?」

「もうちょっと先だね。あ、今カストルが眠らせて全員グラナダ島へ送ったよ」

「なあんだ、残念」


 おおう。コーニー、またフラストレーションを溜めてるのかな? 早いところ発散させないと、また私の肋骨がミシミシと悲鳴を上げる羽目になりそう。




 街道は、いくつかの貴族領を抜けていく。最初の領地はデーヒル海洋伯とも懇意にしているというアーダ平原伯領だという。


 当然のように、領主館で一泊だってさー。


「野営でも、まったく問題ないのだけれど」


 通された客間で、コーニーがぼやく。水回りに関しては、野営の方がいい説まであるもんね。


 今回は、夫婦単位ではなく男女で分かれた。別に他意はない。だって、ここで襲撃しようとしていた連中は、既にカストルによりグラナダ島に収監されてるから。


「レラのところの執事は、仕事が早いわねえ」

「後で褒美を出さないとね」

「あいつに対する褒美って、何?」


 リラが首を傾げているけれど、確かに何にすればいいんだろう。後で本人に聞いてみようか。


『では、グラナダ島での実験を許可してください』


 実験? 何するつもり?


『植物の品種改良です。動物は扱いませんので、ご安心を』


 う……人間を使った実験かと疑った事、バレてる。


 まあ、植物ならいいか。小麦とか茶葉とか、美味しく出来るのならなおよしだよ。


『努力いたします』


 よろしく。




 翌日も、ほぼ馬車で走りっぱなし。旦那達は、馬で走りっぱなしだ。さすが体力あるなあ。


「イエルは大丈夫かしら。兄様やユーイン様に比べると、やっぱり鍛え方が足りないと思うの」

「コーニー、イエル卿は騎士団に所属していたとはいえ、白嶺だから筋肉を鍛える必要はなかったでしょう? ユーインやヴィル様と一緒にしちゃ駄目だよ」

「そうよね」


 ユーインは黒耀騎士団にいたからわかるけれどね。ヴィル様は、ペイロンで魔物退治をしていたから、体は鍛えているんだよ。


 あの人、騎士団に入っても出世しただろうなあ。だから、国王陛下が逃さず自分の側近にしたんだろうけれど。


 ちなみに、馬車で進んでいるこの街道にも、あちこちに襲撃者が隠れていたってさ。


 私達が襲撃ポイントに到着する前に、カストルがオケアニスを使って片っ端から捕縛しているらしいよ。


 そのうち、捕縛した人数を教えてもらおうっと。


『リアルタイムでカウント数を見ますか?』


 いや、いいわ。見たら何かが削られる気がするから。




 その後もあちこちの領地を経由し、海洋伯領を出てから六日後に、王都に無事到着した。


 ゲンエッダの王都ウォンジラックは、なかなか面白い都だと思う。


 元は丘だったところに王城を建て、そこから発展していった街なんだそう。その為、今は王宮となった建物が一番高台にあり、そこからなだらかな段々状態に街が出来上がっているという。


 この辺りを教えてくれたのは、デーヒル海洋伯だ。星空の天使の事がバレると嫌なので、なるべく海洋伯とは話さないようにしているんだけどね。


 その分、コーニーが海洋伯の相手をしてくれているので、色々話が漏れてくるのよ。


 ウォンジラックでは、サンド様達と合流し、王宮の近くにある迎賓館に滞在する事になるそうな。


 迎賓館は王宮のすぐ下の段にあり、壮麗な建物と庭園を誇るという。


 で、今は馬車のまま、その迎賓館に向かってます。まずは旅の汚れを落として、仕度を調えてから王宮で国王に謁見だってよ。


 そういえば、ゲンエッダの王様って、ろくでなしじゃなかった? あれ? もうミロス陛下のお兄さんが王位を奪取したのかな?


『ミロス陛下がブラテラダの王位に就く少し前に、こちらでも譲位があったようです。もっとも、先王は大分抵抗したようですが』


 ああ、やっぱりろくでなしだったか。


『お気に入りの側室に托卵されていたのが相当ショックだったようで、一時期は抜け殻のようになっていたそうです。その隙を突き、王太子殿下が王位を取ったようですね』


 さすがミロス陛下のお兄さん。出来る男だな。ろくでなしな父親に似ないでよかったよ。


『王太子、第二王子、ミロス陛下はそれぞれ母、母方祖父、母方大叔父に似たようです』


 なるほど。いずれにしても、母方の血が濃い方が出来がいいって事は、王妃様が出来た人なんだな。


『正妃レズシェノア陛下は、政治経済に明るい優秀な女性です。ろくでなしの王が在位中も国が傾かなかったのは、正妃とその周辺を固めた貴族達のおかげでしょう』


 わー。本当に母親が優秀だったー。じゃあ、ミロス陛下の母君も、優秀な人?


『ミロス陛下の母君は、元々レズシェノア正妃陛下の護衛騎士を務めていた方だそうです。剣の腕では右に出る者がなかったとか』


 ミロス陛下の母君、武闘派かー。


『騎士爵家の出で、レズシェノア妃が王家に入る前からの仲だったそうです。それは、ミロス陛下が生まれてからも変わらなかったとか』


 ……そんな女性が、よくろくでなしの相手をしたね。まさか。


『ろくでなし王がコンプレックスだらけの正妃に対してやった、最悪の嫌がらせでした』


 最低だな! ミロス陛下、よくひねくれずに育ったもんだ。


『母君と、その母君を支えたレズシェノア正妃のおかげだと思われます』


 いや本当、出来た女性だよ、正妃様。あ、代替わりしたのなら、元正妃様?


『王太后陛下でいらっしゃいますね』


 そうか。ちょっと、その方には会ってみたいかも。

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