第591話 いつもの面倒なやつ
連れてこられたのは、デーヒル海洋伯の邸。何と、元気になった海洋伯自ら玄関先までお出迎えだよ。
「ようこそ、お客人。我が家は皆様を歓迎しますぞ」
呪われていた時はあまり気にならなかったけれど、元気になったデーヒル海洋伯って大きな人だなあ。
身長はヴィル様くらいなんだけど、肩幅が五割増しくらい。肥満ではなく、筋肉で服がはち切れそうだよ。
ちょっと、ペイロンの伯爵やおっちゃん達を思い出す。
通された客間で話を聞いたところ、どうやら今回のお出迎えはゲンエッダの国王陛下からの命令だったらしい。
「陛下にとって大切なお客様なら、我が家にとっても大事なお客様。王都までの案内は、お任せあれ」
何と、このまま海洋伯が王都まで連行……じゃなくて、案内してくれるらしい。
「お気遣い、感謝します」
全員を代表してヴィル様がそう言うのなら、これは断れない話なんだなあ。
今日はこのまま海洋伯の邸に泊まり、明日の早朝、王都へ向けて出立する事になっている。
海洋伯の邸とはいえ、色々と不便な部分が多いから、ちょっと嬉しくないんだが。
こっそり遮音結界を張ってコーニーに相談したところ、こんな提案が返ってきた。
「使わせてもらう部屋の大きさにもよるわよね。大きかったら、一番小さい宿泊施設を出せばいいんじゃないかしら」
「小さかったら?」
「部屋に結界を張って、夜だけでもグラナダ島に戻ればいいんじゃない?」
コーニーの案を採用させてもらおう。
結果、部屋は天井といい広さといい十分なものだったので、簡易宿泊所を取り出し
て水回りを使うようにした。
やっぱりね、違うのよ。その分、使用人が多くいるから、それなりに快適には過ごせるんだろうけれど。
オーゼリアの人間は、水洗トイレやいつでも蛇口から流れるお湯を使い慣れているから。それがない場所って、生活しづらいんだよね。
あ、レネートは大丈夫だろうか?
『オケアニスが移動宿泊所を持っていきましたから、問題ないかと。ちなみに、運河の建設現場にも大型の宿泊所を用意しています』
そっか。ならいいや。
到着したその日は軽い歓迎の晩餐だった。翌朝の事もあるから、夜は早めに切り上げられたみたい。
夫婦単位で部屋を用意してもらったので、それぞれの部屋に簡易宿泊所を出しておいた。水回り、大事。
その分、メイドさん達には部屋に入らないよう言い含めておいたけどね。これで海洋伯の不興を買わないといいんだけど。
翌朝、すっきり目覚めた後、身支度を調えてまずはコーニーの部屋へ。ノックをすると、仕度を終えたコーニーが顔を出した。
「簡易宿泊所の回収に来たよー」
「ありがとう。そういえば、夕べこの部屋に侵入しようとした者がいたわよ」
「本当に? こっちにも来たんだけど」
当然、ふん縛ってバルコニーに転がしている。仲間が回収に来ても手を出せないよう、結界で包んでおいたら、その周辺で三人ほど倒れている不審者が。
結界、触れると催眠光線が発射されるように仕掛けておいたからね。
それを説明したら、コーニーが首を傾げた。
「でもこの不審者、私達を狙ったのかしら? それとも、海洋伯?」
「自白させればわかるんじゃない? 多分、ヴィル様達のところにも来ただろうし」
コーニー達の部屋の宿泊所を回収し、コーニーと一緒にヴィル様達の部屋に向かうと、不機嫌な顔のヴィル様が出てきた。
「どうしたの? 兄様」
「やかましい蠅が一晩中騒いで眠れなかった」
ああ、蠅ね……
ヴィル様達の部屋に入ると、微妙な顔をしたリラがいる。無言で指差した先は宿泊所の裏で、入り口からは見えない場所。
そこに、布でぐるぐる巻きにされた不審者が四人。
「ヴィル様の部屋が一番多かったんだね」
「もしかしなくても、あんたらの部屋にも出たの?」
「うん、もちろん」
うちの場合は、バルコニーにいるけれど。あ、あれも回収しないと駄目か。
不審者改め襲撃者の件をメイドさん経由で海洋伯に伝えたら、海洋伯が大変お怒りだそうな。
で、ただいま襲撃者を前に、全員で集まってます。場所は海洋伯家の地下牢。あるんだ、地下牢。
「ふっふっふ、我が家が王家から任された大事なお客人達に、不埒な真似をしようとは許しがたし。この場で己の所業を死ぬほど後悔させてくれる!!」
おう、海洋伯がヤル気満々。
でも待ってー。そいつらには、先に自白させないとならない事があるからー。
「海洋伯、少し待ってほしい」
「何かね? ゾーセノット伯」
「彼等の尋問を、こちらに任せてはもらえないだろうか?」
「何?」
「襲撃されたのは我々だ。なら、その落とし前は自分達でつけたい」
ヴィル様、獰猛な様子でにやりと笑っております。それに対し、海洋伯までにやりと笑う。黒い、黒いよ!
「ふむ。確かに。被害者は伯達だ。ならば、ここは皆様に譲ろう」
「感謝する。レラ」
「はーい」
私が前に出た事で、海洋伯はもちろん、襲撃者達もどこか驚いた顔をしている。
通常、尋問って専門の人間が行うからね。そうでない場合は、暴力を伴う拷問になりやすい。
でも、オーゼリアではそんな野蛮な事はしないのだよ。という訳で、自白魔法開始。
最初は、襲撃者達も自分達に何をされたのか、理解出来ないでいる。
「もう、猿轡を外していいですよ」
「え……しかし」
「毒を使った自害等は出来ませんから」
こういう襲撃者には、口の中に仕込んだ毒で自害する連中がいる。そして、カストルがしっかりそれを探り当てていた。
いやまあ、自白させる前に、誰から依頼されたどこの者なのか、しっかりわかっているんだけどね。
でも、今ここで、海洋伯の前で自白させる事に意味がある。
「さて、ではあなた達に訊ねます。あなた達は、誰からの命令で私達を襲撃しましたか?」
「そ、組織の頭領だ……」
「では、その頭領は誰から依頼を受けましたか?」
「……」
知らないのかな。でも、知らない場合はそう言うはず。なら、知っているけれど自白魔法に抵抗してるって事?
『意思の力が強い者は、魔法抵抗に関係なく自白魔法への耐性を獲得しているのかもしれません』
カストルの言う通りだとすると、自白魔法を強めないとね!
結果、三回くらい自白魔法を使ったら、やっと喋った。
「い……依頼……主……は、レガード中央伯……」
「何だと!?」
おおう、襲撃者の口から依頼主の名前が出た途端、海洋伯が怒鳴る。
仕方ないか。海洋伯にとっては、大嫌いな名前らしいから。
レガード中央伯。その家は、あの托卵した側室、ヘルツェキーア妃の実家だそうな。
彼女を側室にしていた王、セロス二世に娘を通して取り入り、王宮でも大分美味しい思いをしたらしい。
でも、ヘルツェキーア妃は子供共々急死し、そのせいでレガード中央伯の権勢も地に落ちたという。
この辺りの情報は、デーヒル海洋伯が教えてくれた。
「これから王都に行くのなら、必要な情報だろう」
なるほどね。多分、サンド様辺りがそういった情報はまとめておいてくれてると思うけれど。
ちなみに、今は地下牢から場所を移して邸の客間だ。本当なら、とっくに出立している時間なのに。
とはいえ、襲撃者をそのまま放置する訳にもいかないしね。
「で、そのレガード中央伯が、我々を襲撃するよう依頼してきた訳だが……
どうしたものか」
この場にいる全員が、うーんと唸る。
襲撃者が言うには、彼等はほんの一部で、レガード中央伯は他の組織にも声を掛けているという。
そういうの、組織としてはどうなの? って思うけれど、彼等は報酬を支払ってくれるのなら、どうでもいいんだってさ。そういうものなんだ。
問題は、これから王都へ向かう道中にも、彼等のような連中が潜んでいるって事。
もちろん、自分達の事は心配していないよ? ただ、海洋伯が同行しているのに、あれこれ見せるのはどうかなあ? ってところ。
既に、襲撃者を捕まえるのに、よくわからない手段を使ったと思われてるらしいから。
さて、どうしたものかねえ。
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