第590話 ホームシック

 ゲンエッダとの交易の話はサンド様がまとめつつある。瘴気の発生源は浄化し尽くしたし、ついでにブラテラダの新王誕生にも立ち会った。


 あ、帝国も世代交代したっけ。


「という辺りで、もう私に出来る事はこちらにはないような気がする」

「じゃあ、オーゼリアに帰る?」

「だねえ」


 どこに行っても書類が追いかけてくるんなら、デュバルの領地に帰って少しのんびりしたい。


 あ、フロトマーロに造った街に行くのもいいな。上王陛下ご夫妻を送ってから、あんまり行ってないし。


 上王陛下ご夫妻が隠居しているイズは、何人か王家の船で遊びに行っているらしい。


 イズには、普通の船は入れないようになっている。もちろん、陸上からも侵入は出来ない。


 広く深い堀と高い壁で囲まれているから。あれを越えられる実力者なら、街に侵入出来るだろうけれど、その場合オケアニス達に捕まるだけだしな。


「港と船に相互認証の魔道具を取り付けてますから、認証出来ない船は侵入不可能です」


 カストルがしれっと言ってくる。ただいま、グラナダ島の執務室で午前中の休憩です。


 カストルが淹れてくれたカフェオレとクッキーで、つかの間のコーヒーブレイク。


 それにしても、今の話は初耳だぞ?


「運河と船に導入するシステムって、そこで既に使われていたんだ」

「はい。セキュリティ面からも、港が一番狙われやすいと思いましたから」


 なので、港に入る船を制限するようにした訳か。で、そのシステムを一部応用して、運河とそこを通る船とに採用する……と。




 未だにミロス陛下のお手伝いをしているヴィル様達が、三日ぶりにグラナダ島に戻ってきた。


 いい加減、あそこの手伝いも切り上げるべきじゃね? そう提案しようかと思ったら、玄関ホールに入ってきたヴィル様が、イエル卿と何やら話しているのが聞こえる。


「そろそろ、手を離す頃合いかもな」


 びっくりした。私の考えを読まれたのかと思ったよ。


「お帰りなさい、皆」

「ただいま。レラはおとなしく書類仕事をしていたか? あまりエヴリラに迷惑を掛けるなよ?」


 うぐ。言い返せない。


 三人が戻ったのが夕食直前の時間帯だったので、三人の仕度が調うのを待って食事に。


 その席でも、先ほどの話題が出た。


「そろそろ、ブラテラダを離れるつもりだ」

「あら、もう国内は何とかなりそうなの?」

「そうではないが……これ以上、我々が側にいるのは、陛下の為にもならないだろう」


 コーニーに聞かれたヴィル様が、ちょっと苦い顔で返す。


 ヴィル様としても、こんな中途半端な状態で手を引くのは、本意じゃないんだろう。


 ただ、これ以上「余所者」が側に居続けるのは、ミロス陛下の為にならない。


 ただでさえ、血を継いでいるとはいえ他国の王族だ。しかも、反乱まで起こされている。無事鎮めたけれど、そこに突っ込む連中はいるでしょ。


 そんなミロス陛下は、一刻も早くブラテラダに馴染まなくてはならない。その為には、これから側に置く相手も選ぶ必要がある……ってところかな。


「じゃあ、皆で一足先にオーゼリアに帰りますか?」

「あれ? 侯爵は帰国する気満々なの?」


 イエル卿が、軽い調子で聞いてきた。


「だって、こっちでやるべき事ってもうないから」


 思い返すと、色々とやったなあ。大半は瘴気の浄化だけれど。


「あれ? 運河建設があるんじゃ……」

「あれは他の人に振ったから」


 人、それを丸投げという。投げたはずなのに、書類で戻ってきてるけどなー。


 指示すべき事はしたし、後は残していく人達を信じておこう。




 その日の夜、ユーインにも確認された。


「オーゼリアに戻るのは、本気か?」

「うん。他に、やり残した事はないはずだし。ここでもデュバルでも、同じように書類に追われる日々だけれど、向こうでやる事もまだあるしね」


 ネオヴェネチアの視察にも行きたいし、稼働し始めたブルカーノ島のテーマパークにも行きたい。


 フロトマーロの街建設も、イズ、トイ、シモダ以外見に行っていないし。上王陛下ご夫妻の様子も見に行きたいんだよね。


 一応、困った事や要望があったら、オケアニスかネレイデスを通してもらうようには言ったけれど。


 実際に自分の目で見て、不足がないか確かめておきたいんだ。


「それに、デュバルに連れて行く羊や山羊の事もあるし。農作物も、ちゃんと根付いたかどうかのチェックをだね」

「確かに、やる事は山盛りだな」

「でしょう? ……西大陸も楽しかったけれど、やっぱり自分が帰るのはあそこなんだなって思う」

「そうか」


 うん、こうして言葉にしたからやっとわかる。多分、私は軽いホームシックになってるんだ。


 帰ろうと思えば簡単に帰れるんだけどね。それでも、行ったり来たりではなく、帰りたいんだと思う。


 人間って、複雑よねー。




 自分がホームシックになるという事は、他の人もそうなる可能性がある。


 心配なのは、現場監督含む人形遣い達とレネートの事。


「カストル、人形遣い達やレネートが少しでもオーゼリアに帰りたいって言ったら、短期間でも帰してあげて」

「承知いたしましたが……私は、このままこちらの大陸に残るのですか?」

「いいえ? でも、カストルならネレイデスやオケアニスから上がる報告を聞く立場だと思ったから」

「なるほど、理解いたしました。あの者達がそうそう音を上げるとは思いませんが、そうなった時にはしっかり戻しましょう。病んだ者に仕事を続けさせるのはよくありません」


 ええと、そういう意味で言ったのではないんだが。でも、結果が一緒ならもういいか。


 さて、帰る気満々だった私だが、朝食の席でヴィル様からちょっと意外な事を言われてしまった。


「レラ、父上が、やる事がないのならゲンエッダの王宮に来ないかと言ってきたぞ」

「え」


 まさか、ここに来てゲンエッダ王宮に行く事になるとは。




 ゲンエッダの王宮へは、まずグラナダ島から海路でデーヒル海洋伯領へ行き、そこから陸路を使う。


 現在、私達は表向きブラテラダにいる事になってるから……だって。


「帝国経由じゃないんですね」


 グラナダ島を出港したデュバルの帆船の甲板で、同じく港を眺めているヴィル様に聞いてみた。


 帝国の方も落ち着いたし、ゲンエッダ、ブラテラダ双方と事を構えるつもりはないんだろうに。少なくとも、あの新帝陛下が在位中は。


 私の質問に、、ヴィル様は間髪入れずに答えてくれる。


「ブラテラダとゲンエッダの海路が問題ない事を、我々の目から確認させる意図もあるのだろう」


 そんなもんなんだ。ああ、でも、食料を輸出している側と輸入している側としては、大事なのかも。


 グラナダ島からデーヒル海洋伯領まで、うちの帆船……を偽装した最新式の船なら数時間で辿り着けるんだけれど、そこはそれ、偽装の一環という事で時間をかけておいた。


 何せ、本当ならブラテラダの海洋伯領から出航した事になってるしー。


「そういえば、本当によかったのか? アスト殿下を乗せなくて」


 ああ、ゲンエッダの第二王子ですねー。何故か彼、うちの船に興味津々でミロス陛下伝いに「乗りたい」ってアピールが凄かったらしいんだ。


「ゲンエッダとは、個人的にやり取りしてもいいとは思いますけれど、アスト殿下はまだよく知らない人ですから」


 ミロス陛下なら、乗せたんだけどなー。いくら陛下のお兄ちゃんだからって、無条件で信用したりしないよー。




 デーヒル海洋伯領には報せが届いていたらしく、港に入ったら物々しい様子で囲まれてしまった。


「オーゼリアからのお客人方ですね。主、デーヒル海洋伯が領主館にてお待ちです」


 デーヒル海洋伯かあ。呪いを解呪した時は星空の天使バージョンだったから、今の姿ならわからないよね?

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