第589話 知らない方がいいんじゃない?

 ミロス陛下と踊った後は、もうユーインの側を離れないようにしておいた。最強の盾だからね、うちの旦那は。


 祝賀会中、あのねっとりした視線は絡み続けたけれど、結界を張ってシャットアウトしておいた。


 それに気付いたユーインが、首を傾げる。


「レラ? どうして結界を……」

「何かね、変な視線を感じるから」

「変な視線……ああ」


 彼の視線が、一定方向へじろりと向けられた。


「もう大丈夫だろう。あの王子も懲りないものだ」

「ははは」


 立場が立場なんだから、国内の有力貴族のお嬢さんを妃に迎えればいいのにね。




 祝賀会が終わって翌日。グラナダ島に戻らずブラテラダの王宮に泊まった私は、朝からミロス陛下に呼び出された。


「何ですー? 朝っぱらから」

「何って……運河の建設許可を欲しがってたんじゃないのか?」


 おや、運河関係か。でも。


「運河はもう、いらないんじゃないんですか? だって、海路を手に入れたんだから」


 チブロザー海洋伯が謀反を起こして処刑された為、チブロザー家はそのままお取り潰し。新しい海洋伯がその座に就く事になった。


 その新海洋伯は、ゲンエッダ時代からのミロス陛下の配下だった人らしいよ。


 信用がおける人物を重要な海に配し、これから荒れた国内をまとめ上げていく訳だ。いや、大変だねえ。


 私の言葉に、ミロス陛下が深い溜息を吐いた。


「いや、出来たら運河は作ってほしい。費用はこちらで持つ」

「いえいえ、費用はいりませんよ。通行税を取るのはこちらですから。でも、本当にいいの?」

「いいんだよ。海は荒れると手が付けられないからな」


 ああ、なるほど。時化たら船は出せないもんね。外海ほど酷くはないけれど、内海ってほど内側でもないから、海が荒れる時はそれなりにあるらしいし。


 内陸を行く運河なら、時化は関係ない。


「そういう事なら許可ください。すぐに着工したいから」

「わかった。ああ、運河を通す土地は、こちらで指定したい。いいか?」

「問題ないですよ。王領にのみ通しますか?」

「察しがいいな」


 にやりと笑うミロス陛下。まあ、まだ混乱してる国内に、他国の人間が運河建設するー、王様の許可取ったーとか言って動いてたら、人によっては嫌悪感を持つだろうから。


 それに、運河は色々権利も絡んでくるから。王領にだけ通すなら、その辺りも調整しやすかろう。


「んじゃ、地図に通していい場所を記載してください。地図はカストルに用意させますから」

「……さすがだな」


 何がさすがなんだろうね。




 運河建設の許可が下りて、どこにどう通すか、帝国からの運河とどう繋げるかを考えなくては。


 ブラテラダと帝国の間にも山があるから、ロックは確実に必要でしょう。後は、そこを通す船もいくつか用意しておこうか。


 何なら、運搬用の船はこちらの指定したものだけを使わせて、通行税の代わりに船賃を取るのも手だなあ。そっちの方が、取りっぱぐれがないかも。


 他の船が航行しないよう、監視もしないとなー。


「船の建設はお任せください。こちらの船でなくば、航行出来ないよう、運河のあちこちに仕掛けをしておく方が有効かと思われます。塔で見張るより、安全確実です」

「なるほどー」


 船と運河双方に双方を認識する魔道具を取り付けて、認識が出来ない場合はその場で船を止める仕掛けを運河側に付けておく。


 全部、これから建設だからこそ付けられる仕掛けだね。


「いえ、後付でもどうとでもなりますよ」


 そうなんだ……




 グラナダ島で、運河関連の書類と格闘していたら、来客を知らされた。誰だ?


「あら、ミロス陛下。こちらにいらしたんですか?」


 用があるなら、王様の方から呼び出すもんじゃないのかねえ?


 それを突っ込んだら、ミロス陛下が苦笑していた。


「息抜きを兼ねている。悪いな、突然来て」

「別にいいですよ」


 私も書類の海から逃げ出せたから。後でリラに怒られるかもしれないけれど。


 客間に通して、対面に座る。


「即位の祝賀会の時の事、覚えているか?」

「祝賀会……ですか?」


 はて、何かやらかしたっけ?


 思い出そうとしていると、目の前のミロス陛下が笑った気配がする。


「印象にも残っていないか。リューバギーズの第三王子の事だよ」

「ああ」


 いましたね、そんな人。


「あの後、個別に会談を申し込まれてな。リューバギーズは国境を接しているから無下にしたくない。で、顔を合わせた途端、君達に会わせてほしいと頼まれたんだ」


 えー?


「どうやら、髪や瞳の色などを変えていた事を、不審に思っていたようだぞ」

「そんなの、変装の一環じゃないですか。基本ですよ基本」

「まあな」


 ミロス陛下は、ゲンエッダの王子時代、身分を隠して国内外であれこれ動いていた人だ。変装の大事さくらい、知っているでしょ。


「あちらは、君達の正式な身分も知らなかったようだ。教えたら、目を丸くして驚いていたよ」


 そういえば、オーゼリアの侯爵家当主だって、教えてなかったね。まあ、長く付き合う相手じゃないと思ったから、黙ったままでいいやって判断だったんだけど。


「向こうさん、大分しょげてたぞ。大事な事を教えてもらえなかったって」

「仕方ありませんね。素性を偽ってましたからー」


 へらっと笑うと、ミロス陛下が何故かげんなりしていた。




 運河建設は、帝国のもブラテラダ国内のも順調なスタートを切った。


 内乱に加担して、処刑にならなかった人間は全員、この運河建設に携わる事になったらしい。


 現場監督はデュバルから連れてきた人形遣いの一人なので、彼に丸投げ状態だ。なので、現場で誰がどのように使われているかは、私は知らない。


 ただ、書類での報告は随時上がってきてるので、確認はしているけれど。


「おかしい……」

「何が?」


 グラナダ島の執務室で書類と格闘している最中、ついぼやいた言葉にリラが反応する。


「普通、丸投げしたら私に書類という形で返ってくる事はないと思うんだけど」

「普通、あんたの立場で丸投げは出来ないっていい加減気付け」


 正論過ぎて何も言えない……誰か、私の仕事代わってくれないかなあ。


 貴族なんだから、好きな事だけして生きていきたいのに。どうしてこう、やりたくない事が山積みな人生なんだろう。


「おかしいよ」

「おかしくありません。働かざる者食うべからず。書類の決裁くらい、おとなしくやんなさい。それとも、現場で肉体労働やりたい?」

「その方が性に合ってるかも!」


 だって、魔法で全部やればいいんだし。いっそ、書類仕事と現場仕事をコンバートしたいわ。




 要求は、却下されました。


「さすがに、侯爵閣下を現場で働かせる訳にはいきません」


 渋い顔をするのは、運河建設のブラテラダ側を統括する人形遣い、ユクス。彼は崩れかけのデュバルの街を支え続けた家の出で、魔力量もそれなりにある人物。


 数々の建設現場を渡り歩き、結果を出し続けてきた男でもある。ちなみに、渋い四十絡みのイケオジだ。


「わかってるけどさあ」

「ご理解いただけで何よりです。現場は、あっしらにお任せください」


 単純に、書類仕事から逃げたいだけとは、言えない。


「言っておきますが、ブラテラダが駄目なら帝国内の現場……なんてお考えにはならないでくださいよ」

「何故わかる!?」

「侯爵閣下は、わかりやすい方ですからねえ」


 えー? そんな事はないと思うんだけどー。




 運河を航行する船の建設も、運河と同時期に進められている。


「さすがに海の船とは違うねえ」

「そうですね。細長い船体になります」


 ヨーロッパの川を運航するナローボートみたいな感じ。もちろんオールや風力で航行する訳ではなく、魔道エンジンを搭載している。


 スピードは出ないけれど、少ない魔力で長く航行出来るよう調節しているみたい。


 一度、それに乗って運河の旅とか、やってみたいよね。

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