第588話 新生ブラテラダの王
ミロス殿下の魔法治療はそれなりに進んでいる。とはいえ、今ブラテラダは急速にあれこれ変わっていくので、仕事が忙しく、治療を受ける時間すら惜しいようだけど。
そんな中でも、ミロス殿下の戴冠式が行われる。
「ゲンエッダからは、兄上がいらっしゃるらしい」
グラナダ島の領主館での夕食時、ミロス殿下がこぼした。
「殿下の兄君と仰ると、噂の王太子殿下ですか?」
「いや、第二王子の方だ」
ほほう。
サンド様からの通信によると、ゲンエッダはゲンエッダで今ちょっと嵐が吹き荒れているらしい。
というのも、王太子殿下が父親である国王に退位を迫っている真っ最中なんだとか。
あの托卵をしていた側室とその子供達の死は、その前哨戦か。あ、三人は病死だったっけ。
で、王太子殿下は国王との対決で忙しいので、ブラテラダの新王誕生を祝う席には弟の第二王子が来る事になったんだとか。
「兄上がいらっしゃる前に、海洋伯の事を片付けられてよかったよ……」
ああ、ゲンエッダからブラテラダへ来るのなら、普通は海路を使うからですね。
陸路でも来られない距離ではないけれど、海を使った方が早いし、何より他国に入らずに済む。
でも、海洋伯が敵か味方かわからなかったら、海路は使えなかっただろうね。
その前に、ミロス殿下の即位も、すんなりは行かなかったと思うけれど。そう考えると、海洋伯とはぶつかる事になっていたのかも。
即位式には、何故か私達も出席する事になった。慶事に合わせて、王都も綺麗にされたらしく、見たくないものは見ずに済みそう。
一度王都近くまでカストルに馬車ごと移動魔法で移動してもらい、そこから王都に入る。
一度来ているから、直で入ってもよかったんだけどねー。一応、体裁を整えるって事で。
ヴィル様はサンド様の代理も務めるってさ。つまり、オーゼリアの代表の代理という立場。
遠く離れた国だけれど、今後ブラテラダとは友好国としてお付き合いしていきますよーと対外的に示す事になる。
一応、リューバギーズにはオーゼリアの名は知られているはずなんだよね。そういえば、リューバギーズからも誰か来るのかな。来るんだろうなあ。
第三王子じゃないといいなあ。
即位式は、王宮ではなく寺院でやるらしい。寺院といっても、仏教の寺ではなく、エキゾチックな感じの建物だ。
丸いドームは、何やらどこかの宗教を思い出させるなあ。ただ、こちらは偶像崇拝を禁じてはいないようだけど。しかも、多神教みたい。
王都の大寺院は数多い神様の中でも、主神に当たる太陽神を祭る寺院なんだとか。そう考えると、寺というよりは神殿かな?
入り口から奥に長く続く身廊……じゃないんだろうけれど、そう言いたくなる空間。
その中央に、ミロス殿下が通る通路が作られている。通路の脇には、花で飾られたロープで区切られていた。
参列者は、両脇に設えられた木製のベンチに座るらしい。私達の為に用意された場所は、かなり奥。つまり、重要な人物が座る場所。
これ、ミロス殿下が用意したのかな……
「随分奥なのね」
「ね。ミロス殿下が用意したのかな」
「どうかしら」
隣に座るコーニーと、ちょっとおしゃべり。私達の側にいるのは、見た事のない人達が多い。多分、ブラテラダでミロス殿下側に立った貴族達だろう。
ふと、視線を感じた。誰だ?
『ゲンエッダの第二王子です。主様の左斜め前に座っています』
カストル、イメージを私に直接送る事は出来る?
『お任せを』
脳裏に、見覚えのない男性の姿が映る。これが、ミロス殿下の兄、ゲンエッダの第二王子か……
言われてみると、ちょっとミロス殿下に似たところがある。ミロス殿下を上品にして、繊細な感じにしたら近くなるかも?
戴冠式は、つつがなく終了した。ミロス殿下改めブラテラダ国王ミロス陛下の即位宣言で式は終わり、これから祝賀会が開かれる。
ちなみに、こちらにも招かれているので参加だ。見た目は元に戻して、ドレスもオーゼリアから新作を送ってもらっている。
「また新しいものを……」
「マダムが何やら張り切ってるらしくてさ」
「そういえば、意匠のあちこちに、こちらで見るものが入ってる?」
あからさまな柄とかではなく、ワンポイントのモチーフなんかに西大陸で見た柄や色なんかが入ってるんだ。さすがマダム。
私のドレスは定番の青。それも上から裾に掛けて白から濃い目の青になるグラデーションが入ったもの。
裾に向かって刺繍が細かく入っているんだけど、西大陸で見た花がデザインされている。シルエットは定番のマーメイド。
リラのドレスは黒から赤へのグラデーション。こちらも私とは違う花が刺繍されている。
コーニーは薄い緑から濃い緑へのグラデーション。裾の部分に三重に入った幾何学模様の刺繍は、西大陸でよく見かける柄だ。
リラとコーニーのドレスはAライン。胸部装甲が強いと、よく映えるよね……
エスコート役の旦那連中がミロス陛下に呼ばれてしまったので、女子だけで固まっていたら、声を掛けてくる猛者が。
「ご機嫌よう、ご婦人方。お初にお目に掛かる」
ミロス殿下の兄上、ゲンエッダの第二王子だ。
「私はゲンエッダの第二王子で、本日ブラテラダの王に即位したミロスの兄、アストという。今後とも、よしなに」
名前だけ、そして爵位その他も言わないという事は、まだ王太子が王位に就いておらず、第二王子である彼も臣籍降下していないという事かな。
「ごきげんよう、アスト殿下。申し遅れました。オーゼリア王国、デュバル侯爵家当主ローレル・レラと申します。今後とも、よしなにお願い致します。こちらはネドン伯爵夫人コーネシア・ボーニル、その隣がゾーセノット伯爵夫人エヴリラ・リッピです」
三人の中で、一番身分が高いのは私だから、二人の紹介をするのは基本。三人とも同じ「伯爵夫人」だった場合は、一番家格が高い家の夫人が紹介をする。面倒だよね、貴族って。
私からの紹介を受けた第二王子は、大げさな態度を取った。
「おお! ゲンエッダの新しき友、オーゼリアの美しき方々。我が国同様、弟が治めるブラテラダの事も、よしなに」
これは、ブラテラダの後ろにはゲンエッダがいるぞという念押しと、オーゼリアという聞き慣れない国は、ゲンエッダと仲良しだからな? というアピールか。
で、そのオーゼリアはブラテラダとも仲良くするからね? てかするよな? って事かねえ。
言われなくても、ミロス陛下が王位に就いている間は、仲良しさんでいるつもりですよー。
ゲンエッダの第二王子と少し社交的な会話をし、離れてまた三人だけになったら、何やら視線を感じる。
「……誰かに見られてる」
「これだけ人がいれば、当然じゃない?」
コーニーの言葉も当然と思うんだけど、そうじゃなくて、何というか、ねっとりした視線を感じるというか。
こっちでそんな濃い関わり方をした人、いたっけ?
内心首を傾げていたら、リラが耳打ちしてきた。
「……端の方に、リューバギーズの第三王子がいるから、彼じゃない?」
げ。あそこの第三王子か……
げんなりしていたら、コーニーがコロコロと笑う。
「レラって、本当に三番目と縁があるわよね」
「望んだ縁じゃないんですけどー」
「それはわかってるわ。まあ、ゲンエッダとブラテラダ以外の国とは、そうそうお付き合いもないでしょうし、問題ないんじゃないかしら」
だよねー。じゃあ、気にしないでおこうっと。
まだ視線が絡んでくるけれど、結界でシャットアウト出来るからいいや。ちょうどユーイン達も戻ってきたし。
祝賀会では、ダンスも踊る。ユーインやヴィル様、イエル卿と踊るのはいいんだけど。
「まさか陛下とも踊るとは思わなかったわー」
現在、私はミロス陛下と踊っている。こっちでのダンスって、ホールドがないから社交ダンスというよりは、フォークダンスみたいな感じ。
私のぼやきを聞いた陛下は、微妙な顔をしている。
「お前……もう少し、言葉遣いをだな」
「えー? ミロス陛下がそれを仰いますー?」
黙った。多分、周囲からも似たような注意を受けてるんだろうなあ。ご愁傷様です。
「ところで」
一曲踊り終える頃に、ミロス陛下に囁かれた。
「リューバギーズの第三王子に睨まれたんだが、心当たりはあるか?」
えー? マジでー?
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