第587話 やってきたニエール
グラナダ島に到着したニエールとロティクエータ嬢とレネート。時にロティクエータ嬢とレネートは、グラナダ島の街並みを見て目を丸くしている。
「どうしたの? 二人共」
二人の様子を不思議に思ったらしいニエールが、きょとんとしている。
「いえ……ここ、島だと聞いていたので……」
「私は、小さい島が四つだと聞いてました……」
「何だ、そんな事」
「そんな事って」
ロティクエータ嬢とレネートの声が重なる。その様子にニエールはケラケラと笑った。
「だって、ここ、レラの島なんでしょう? 何があっても不思議はないよ」
否定はしないが、何かムカつく言い方なんですが? ニエール。
場所を移して、まずはニエールに魔法治療が必要な事を告げる。グラナダ島の領主館は無駄に大きいから、使える部屋は山ほどあるのだ。
そのうちの一つ、庭園に面した大きな客間で三人と対峙した。
「今度は誰よ?」
「ブラテラダという国の、新しい王様になる人で、ゲンエッダという国の第三王子」
「うえ、王族とか」
いや、あんた以前オーゼリアの国王陛下の魔法治療も請け負ったでしょうが。
それを指摘すると、ニエールは更に嫌そうな顔になった。
「あんた……あの時、私がどんだけ怖い思いしたと思ってんのよ。国家機密をバシバシ見ちゃったのよ? もー、国の裏側でどんだけ――」
「そこまで! 口にしなきゃいいんだよ。てか、しれっと私に聞かせようとするな」
「バレたか」
へろっと舌を出したニエールに驚いたのは、レネートのみ。ロティクエータ嬢はさすがに慣れているようだ。
「で、ロティクエータ嬢はニエールのお世話と補佐をお願い」
「承りました」
よし、これでニエールの方はよし。残るはレネートだね。
「レネートは、これから新しい職場に移動するから」
「え? ここではないんですか?」
「うん。ここからずっと西に行った、タリオイン帝国って国の、さらに西側にもらった土地だよ」
おお、イケメンも顎が外れるほどになると、顔が崩れて見えるものなんだな。
正直、ニエールも大変だろうけれど、仕事量でいったらレネートの方が大変だ。
「運河建設の管理、帝国との折衝、土地の管理、水源管理、通行税、水の使用料、綿花栽培の管理、それらに伴う人材管理……これを、私一人で、ですか?」
「補佐としてネレイデスを、護衛としてオケアニスをつけるよ」
「ご、護衛が必要なほど危険な場所なんですか?」
気になるのはそこか。
「んー、正直、まだ治安は不安定だと思うんだ。後、余所の貴族家から攻撃を受ける可能性もあるから、オケアニスは絶対必要だと思う。後、場合によっては建設途中の運河の視察も入るだろうから。そこを狙われるとねえ」
つらつら説明したら、レネートの顔が青い。
「大丈夫だって。こっちの人達は魔法攻撃を仕掛けてこないから。面倒な瘴気も、全部浄化したし」
「え……でも……」
「オケアニスが結界を張れるし、何なら護身用のブレスレットも用意する。安心して。レネートを死なせるような事はしないから」
「ご当主様……」
何故か、レネートが感極まっている。
当然じゃない。有能な人間は、たとえ何かしらの問題点があっても、うちでは貴重なんだから。
問題なんぞ、外部から潰せばいいだけなんだし。
「という訳でレネート、頑張って運河建設と領地運営をやってね」
「わかりまし……え? 領地運営?」
「うん。君には、帝国領の代官を務めてもらうから。責任重大だけど、トレスヴィラジでやっていた事の拡大版だから、大丈夫だよ」
「え? ええ? ええええええええ!?」
はっはっは、悲鳴を上げてもこの決定は覆らないぞ。頑張ってくれたまえ。
ニエールは到着したけれど、肝心の治療を受けるミロス殿下のスケジュールがなかなか合わない。
「まあ、私はこの島を見て回るのが面白いから、いいけどさ」
ニエールは珍しくも、魔法以外の事を楽しんでいるらしい。
「だって! この島丸ごと魔法で作ったんでしょう!? もう、本当に凄いよね!?」
そっちかー……まあ、ニエールらしいと言えば、ニエールらしいのか。本当ブレないよ。
そのニエールに付き合って、ロティクエータ嬢……呼びにくいので、本人の了承を得てロティと呼ぶ事になった。彼女も、同行している。
「ロティは、島巡りつまらなくない?」
「とんでもありません! ここほど美しい街は、そうありませんよ!」
満面の笑みで言われると、ちょっと嬉しい。
島や街はカストルが設計しているけれど、私の趣味が反映されているのだ。街には街路樹、通りのあちこちにも大きな植木鉢に緑や花。
とにかく、植物が多い。緑は目に優しいからね。
それと、島の中央には大きな噴水。これは、ただ単に見栄えの為にあるものではない。
この噴水の下には、海水を真水にするプラントが置かれているのだ。で、噴水は真水化が正常に行われているかどうかを確認する為のもの。
プラント内にもチェック機構はあるけれど、そういうものが誤作動を起こさないとは限らない。
なので、人の目や鼻でもチェック出来るように、この噴水が作られているのだ。
で、噴水からは街中に水路が張り巡らされている。水の流れる音って、癒やしになるから。
生活用水や飲み水はちゃんと別口で運ぶようになっている。そこら辺は、カストルが手を抜かない。
まだ人がほぼいない島だけど、これからゲンエッダとの交易が始まれば、そこそこ人が住む予定だ。
通りにある建物に、人が一人もいないと思うとちょっとぞわとするけれどね。ゴーストタウンかよって。
実際にゴースト……幽霊がいたら、速攻浄化するけどな!
ミロス殿下が治療を受けられるようになったのは、ニエールが島に到着してから五日後の事。
レネートは、既に帝国に移っていて、向こうで現場の確認をしているという。
ネレイデスやオケアニスを一緒に付けたので、問題はないでしょう。
肝心のミロス殿下だけれど、ニエールによるとちょっと危険域に入りかけていたそうな。
「かなりの精神的重圧が掛かってる状態だね」
つまり、ストレスにさらされているという訳か。
「でも、殿下も王族なのに」
「でも、三番目なんでしょう? だとすると、帝王学なんかは学んでない可能性が高いよ? オーゼリアだって、第三王子はそういった事は学ばないって聞いたし」
そうなの? あー……三男坊がチェリを退けたのって、それが原因じゃね?
「普通は、三番目ともなると確実に臣籍降下するから、帝王学は必要ないって思われるのかもね」
「実際には、教育足りなくて問題おこしたのがいるじゃん」
「あれは特例でしょう。まさかガルノバンから王家の姫君をもらう事になるなんて、シイニール殿下が生まれた時には誰も考えなかったでしょうし」
まあなあ。昨今のあれこれを考えて……というより、ガルノバンのアンドン陛下が独断でオーゼリアとも仲良くしておいた方がいいと判断したっぽいんだよねえ。
ギンゼールとは、アンドン陛下の姉君が嫁いだくらい、昔から繋がりが深かったらしいんだけど。
まあ、あの大陸でもオーゼリアだけがちょっと特殊だもんね。魔法技術を持つのは、オーゼリアだけみたいだし。
そう考えると、いきなり友好路線に舵を切ったアンドン陛下って、肝太いな。やっぱり、前世日本人ってのが大きいのかしら。
「まあ、ミロス殿下に関しては、ゆっくり治療した方がいいと思うよ」
「だね。出来るだけ、本人に負担がないよう、治療して」
「了解。それにしても……」
ニエールが、らしくなく大きな溜息を吐いた。
「何?」
「私、これでゲンエッダとかいう国の機密情報まで知っちゃったんだけど」
「おめでとう?」
「なんでそこでその言葉!?」
いや、何となく?
まあ、知ったところでどうという事はないよ。他言しなければいいんだから。
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