第586話 内乱のその後
海洋伯以下、反乱軍は鎮圧された。私のお仕事はここまで。
「あ、でもこれで海が使えるようになるのなら、運河いりませんね」
「いや、出来たら作ってほしい。費用は分割支払いになるが」
「費用はいりませんよ。その代わり、通行税はこちらで設定させてもらいます。大丈夫ですよ、法外な値段は取りませんから。後、運河を通す周辺領地への根回しとかは、お願いしたいです」
「……わかった」
何でそう、疲れた顔をするかなあ。タダで運河ゲットラッキーくらいに思っておけばいいのに。
帝国の新帝陛下といいミロス殿下といい、ちょっと失礼が過ぎないかね?
グラナダ島に戻り、領主館の執務室でリラにぼやいたら、溜息を吐かれた。
「私はミロス殿下や帝国の皇帝陛下に同情するわ」
「えー? 何でー?」
「普通、運河をタダでゲット、なんて出来ないものだし、大抵裏に何があるのかって疑うものなのよ。でも、あんた相手には疑うだけ無意味だし。ミロス殿下はそろそろその事に気付いているんじゃないかしら」
裏に何かって……何を考えるっていうのさ。
運河建設は完全にこちらの都合だし、あれば国としても便利じゃね? 程度なんだけどねえ。
それを言ったら、またリラに溜息を吐かれた。
「その考えそのものが普通じゃないって、いい加減自覚しなさい」
「……そりゃ、ちょっとは普通じゃないとは思うけれど」
「ちょっとじゃない。かなりぶっ飛んでるのよ。運河建設や鉄道敷設なんて、本当なら何年何十年と掛かるのよ。それを……ちなみに、今回の運河、どのくらいで作る予定なの?」
「出来れば年内」
本日一番深い溜息が、リラの口から漏れ出ました。
「その予定、殿下や皇帝陛下に伝えた?」
「ううん。聞かれなかったから」
「ギリギリで直撃回避してるのは、ミロス殿下の勘の良さかしら……でも、なら皇帝陛下の方はどうなの? 単に長く掛かると思い込んで、これから確かめるつもりなのかしら」
リラが何やらぶつくさ言ってるよ。別に、帝国にもブラテラダにも何も求めてないんだから、ある日いきなり運河が出来てました便利ーでいいんじゃない? 船通すならお金は取るけれどね。
運河建設には、自前の労働力を使う。具体的には、人形遣い達だ。
そろそろオーゼリア各地やフロトマーロ各地の工事が終わり、次の仕事をどうしようか考えていたところなんだよね。
やろうと思えば他にも作るものはあるんだけれど、まずはこっちの運河建設、いってみようか。
それと、レネートを呼んで、こっちで綿花栽培をさせないと。綿花そのものに関しては、カストルがこっちの大陸で見つけたって。
てか、それが見つかったから、帝国に土地が欲しいって言ってきたんだな。
綿花栽培はカストルからレネートにレクチャーしてもらい、帝国内でレネートに丸投げする予定。
水は運河建設で手に入るし、何より海から地下パイプラインを通して領地まで運ぶから問題ない。
領地にも、人工湖を作らないとなー。地下パイプさえ引いちゃえば、地面に穴を開けるなんて、それこそ一瞬で終わるからいいんだけど。
帝国内に水が行き渡れば、国内での食料生産率も上がるでしょう。そうすれば、ゲンエッダに戦争を仕掛ける必要もなくなる。
その分、ゲンエッダの食料を輸出する先が一つ減るかもしれないけれど、美味しいものならオーゼリアが買うので!
ゲンエッダには、味の向上を目指していただきたい。特に小麦と茶葉。種類豊富になるのも、大歓迎よ。
今回の内乱で、反乱軍側の処遇は全てミロス殿下の手にある。一応、反乱軍を捕縛したのは私って事になるけれど、あれもミロス殿下から「依頼」されたって事にしているから。
そして、反乱軍の首謀者達が、即決裁判で処刑されたらしい。見せしめとして、遺体はしばらく王都の城門にさらすそうだ。
なら、それが下ろされるまで、ブラテラダの王都には行けないね。見たくないもん。
反乱に加わった家は、半分近くが取り潰しとなり、半分は当主交替で存続となった。交替した家は、息子が妻子や母親を連れてミロス殿下側に寝返ったところばかり。
あの人質救出作戦の際に、助け出した人達だね。
反乱に加わったのは老当主で、妻や息子の言葉も聞かずに参戦した者が殆どだったとか。
取り潰しになった家は、跡継ぎも反乱軍に参加していた家だってさ。取り潰しなので、身分も家財も何もかも没収され、当主と跡取りは処刑、妻と幼い子は流刑だそう。
ミロス殿下は、毎日のように処刑を見分し、流刑に処す者達に言い渡し、書類を決裁する。
そんな荒んだ毎日を送っていたら、そりゃあげっそりもするもんだ。
久しぶりにグラナダ島に帰ってきたミロス殿下は、酷く疲れていた。
「あれ、ヤバいね」
「やっぱり? 何か、癒やしが必要とは思うんだけど……」
リラと一緒に、ミロス殿下を盗み見てこそこそ言い合う。
癒やしといえば、やはり睡眠。ここは全力の催眠光線で――
「レラ」
「あ、ヴィル様」
「……二人して、何をやっているんだ? こんな階段の影で」
しまった。見つかってしまった。一応、認識阻害の結界を張っていたんだけれど、これ、魔法に長けた人には利かないんだよねえ。
「まあいい、探していたんだ」
「へ? 私をですか?」
「ああ。ニエールを呼んでほしい」
ニエール? ああ……
「ミロス殿下、魔法治療が必要なほどなんですか?」
「……ああ」
私の質問に、ヴィル様は苦い顔で答えた。
ニエールは魔法の腕がいいだけでなく、魔法治療の腕もいい。そして、通常は魔法治療が出来る魔法士として登録していないのだ。
研究で忙しいからってのもあるんだけれど、こうやって私やペイロン、アスプザット関係で優先しなければならない患者を、診てもらう為でもある。
ミロス殿下は、ニエールの魔法治療を必要とするほど、疲弊しているらしい。
「すぐに、デュバルに連絡します」
「頼む」
よく見たら、ヴィル様も大分くたびれてるなあ。ニエールに、一緒に診てもらった方がいいかも。
デュバルの分室に連絡を入れたら、何やら画面の向こうが歓迎ムードなんだけど。何で?
「何か、あったの?」
『いえ、何かあったといいますか……あの魔道具の件を、まだ引きずってらしてて』
画面に映っているのは、ニエールのお世話係をやっている優秀な人だ。魔の森を焼いた白騎士ロルフェド卿の妹とは、とても思えない。
彼は当時の白騎士団長である私の母方の伯父先々代ユルヴィル伯の言いなりになって、森に火を放った人。
多分、この妹なら、当時の白騎士団長の命令も突っぱねただろう。その場合、別の人が火を放ったんだろうけれど。
『ニエール主任の気分転換にも、そちらに呼んでもらえるのは助かります。あ、もちろんお仕事はちゃんとなさると思いますけれど』
フォローもちゃんと入れるいい子だ。あ、そうだ。
「あなたは、そっちで外せない仕事はしている?」
『私ですか? ……お恥ずかしながら、まだ半人前でして、大した事はしておりません』
「よし、なら、ニエールと一緒にあなたもこっちに来て」
『え!?』
「悪いんだけど、こっちでもニエールのお世話係をお願いしたいのよ」
『ええええ!?』
そんなに驚く事かな? こっちには移動陣を使うから、一瞬で来られるのに。
驚いたのは一瞬だけで、彼女……ロティクエータ嬢は即決した。
『わかりました。行きます!』
「んじゃあ、カストルが迎えに行くので、よろしくね。ああ、荷物はいらないよ。こっちでいくらでも調達出来るから」
『はい』
よし、これでニエールと彼女専用お世話係をゲット。
「カストルー、ニエールとお世話係の子のお迎え、よろしくねー」
「承知いたしました」
後は到着を待つだけかなー。あ、レネートの方も呼ばなきゃ。カストルに、レネートのお迎えも追加で頼んでおこうっと。
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