第585話 簡単なお仕事でした

 海洋伯にも言い分はあるだろうし、向こうに付いた家にも当然あるとは思う。


 でも、その話し合いすらせずに兵を挙げるとは何事か。


「武力でこちらを従えようというのなら、同じく武力で向こうを鎮圧すればいいんですよ」

「いや、しかし」

「あ、既に私はやる気ですから、止めても無駄です」

「待て待て待て! 何故海洋伯に対してそこまでやる気になってるんだ!」

「個人的恨みです!」


 門前払いをした事は、末代まで祟ってやる。


 それは冗談としても、こちらを調べもせずに切り捨てるあの態度が気に食わない。


 そういうのって、今回の挙兵にも繋がっているように思える。


 それすなわち、人の話なんぞ聞く気はないという姿勢の表れだ。


「という訳で、話し合いの余地すらないと思います!」

「レラの意見を支持する」

「伯」

「殿下、ここで甘い顔をすれば、相手側を増長させるだけですよ。いずれはどこかでぶつかる相手なんです。なら、レラがいる今ぶつかるのはかえって幸いと思うべきですよ」

「……随分と信頼しているんだな」

「信頼というか、知っているだけです。相手がどれだけの兵力を集めようが、レラ一人にすら敵いませんよ」


 えー? やだー、ヴィル様ったらー。珍しく手放しで褒めちゃってー。おだてても、何も出ませんよー。


「そういえば、ギンゼールでも反乱軍を秒殺してたわね……」

「え? 何その話。リラ、詳しく教えてちょうだい」


 あー、ギンゼール。そんな事もあったねえ。てかコーニー、食いつくとこ、そこなの?




 海洋伯を中心としたブラテラダ貴族連合と、ミロス殿下を中心とした貴族達との決戦の地となったのは、王都の東約百五十キロくらいにある平原だ。


 王都に近すぎない? という意見もあったそうだけどこれはオーゼリア側から出した作戦の一つ。


 ちなみに、海洋伯に与している家は、殆どが海洋伯領から王都までに領地を持っている家ばかり。


 海洋伯に付いていた方が、儲けられる可能性が高い家ばかりですねー。


「それはまあ、貴族としては当然なんだろうけれど」


 海洋伯側が陣地を張った場所を、空からドローンで撮影した映像を見ながら、つい口からこぼれた。


「今回は付いた相手が悪かったねー」

「付いた相手というより、敵に回した相手が悪かったんじゃないかしら?」


 私の隣で何でもない事のように言うのは、コーニー。


「海洋伯の運は、オーゼリア特使を邪険に扱った時に尽きたんでしょう」


 ちょっと遠い目になりながら意見を述べたのが、リラ。私達三人は、ミロス殿下側の陣地の一角にいる。


 私は前線に出る為に、コーニーはそんな私の護衛として。リラはここに置いてある機材のオペレーター兼報告係だ。


 それにしてもリラ、そんな意見を言うなんて、君も海洋伯には思うところがあったんだね?


 それを伝えると、何故か温い目で見られた。


「……海洋伯も、もう少し情報収集すればよかったのにね。主にゲンエッダやタリオイン帝国で。少なくとも、リューバギーズで聞き込みくらいしないと」


 そうかな?


「情報収集しても、結局は王位への誘惑に勝てなかったんじゃない?」


 これは、カストルが収集してきた情報。瘴気が消えたから、張り切って色々と飛ばし、各所の情報を得てきた。


 その中に、今回海洋伯が動いた理由も含まれていた訳だ。


 どうやら海洋伯、ずっと王位に対する野望を抱いていたらしい。そんな彼に、今回の瘴気が絡んだ事件は、まさに棚からぼた餅。


 しばらく動かなかったのも、周辺領主を取り込む為の時間だったみたいよ。


 で、やっと重い腰を上げたら、何と王都にはミロス殿下がいる。しかも、血筋だけならこちらの方が正当性が高い。


 それに腹を立てて、ミロス殿下を「簒奪者」と呼び、今回の挙兵に至った……という訳だ。


 それに呼応した連中は、小さい領地の領主ばかり。ただし、少領の領主が生き残る術として、どこの領主も婚姻政策を採っていた。


 それが、ここに来て威力を発揮するなんてねえ。


「人質奪還の方は、進んでいるのかな?」

「既に八割方終わってるって、連絡が来てるわ」


 私の呟きに答えたのはリラ。情報は、ミロス殿下とリラに来るように調整しておいたから、その結果だね。


 いやあ、通信機には驚いてもらいました。ブラテラダの貴族達は、青い顔をしていたよ。


 戦争において、情報伝達はとても重要だからね。


 私がわざわざ人質と言ったのは、実際にそういう立場にされていたから。


 政略結婚で、今回ミロス殿下側に付いた家から嫁いでいた女性達を盾に、彼女達の実家に海洋伯側へ寝返るよう、要請があったという。


 最初にそれをミロス殿下に伝えた家から他の家にも話が広がり、ちょっと前はミロス殿下陣営の空気が不穏だったよ。


 それもこれも、オケアニスが人質になっていた娘さん達を救い出してすぐに解消されたけどー。


 カストルに頼んで調べてもらったところ、嫁いだ娘さん達は全員、夫もしくは舅の手によって邸の一室に軟禁されてましたー。


 中には、舅に反抗したとしてその家の跡取り息子や姑まで軟禁されてたよ。それって本末転倒じゃね?


 数が多いので、オケアニスでもまだ全員は救出出来ていない。とはいえ、安全は既に確保済みなので、後はここまで連れて来るだけなんだけど。


 お子さんのいる娘さんは子供を置いて行けないと言うので、子供達も一緒に連れてきている。


 さらに中には夫や姑も置いて行けないという人もいたので、何と一家丸ごと避難させたところもある。


 いや、その家の跡取りまで嫁や子供と一緒に軟禁って、どうなってんの? 普通は自分の息子くらい、大事にするもんじゃない?


 私の疑問に答えてくれたのは、避難が完了した彼等から話を聞いてきてくれたリラだ。


「息子も一緒に軟禁していたような家は、舅が代替わりを拒んでやりたい放題している家みたい。そうした家の大半は、姑も一緒に軟禁していた家よ」


 マジでー? いや、そうなると、この内戦の後が楽になるからいいんだけどさ。


 少領とはいえ、潰すと次の領主決めるまで、厄介じゃない? それをしないで当主交替だけで済むなら、楽ちんこの上ないわ。




 人質がこちらの手に渡ったのに、海洋伯陣営で何も動きがないのは、オケアニスが幻影魔法で人質がおとなしくしている姿を出しているから。


 邸には、当主の命令のみに従うような使用人も、まだまだいるらしい。そうした「目」を誤魔化すのも、必要な事だよね。


「いや……それでも、普通はこんな簡単に誤魔化せないものなんだがな……」


 その日の私サイドの報告を聞いたミロス殿下が、酷く疲れた顔で呟いた。


 ただいま、陣地で夕飯の時間です。大盤振る舞いで、陣地内の食事をデュバルから取り寄せました!


 各所で「美味い!」という歓声が上がっております。しかも、魔法を使った照明を贅沢に使っているので、夜だというのに彼方まで見通せる明るさだ。


 テント代わりに設置した大型移動宿泊所も好評で、あちこちから喜びの声が上がっております。


 一般兵は二人部屋が並ぶ大型のものだけれど、身分が上がると広いものに代わり、居心地も自身の邸とまではいかないが、確実に野営のレベルではない快適さ。


 衛生面も考えられていて、水場も充実させています。不衛生、駄目、絶対。


 翻って、海洋伯の陣営は従来通りのお粗末さ。何人かは、こちらの陣営の明るさに度肝を抜かれているらしい。


 不謹慎だと騒いでいるのは、渾身のギャグか何かなのかな。


 ともかく、明日が決戦かな。人質回収率はそろそろ百パーいくし。



 翌朝、いつもの時間に目を覚まし、身支度を済ませて朝食を取ってから宿泊所の外に出ると、何やら周囲がざわついている。


「何事?」


 私の独り言に、どこから現れたのかカストルが答える。


「昨晩から今朝方に掛けて、敵の一部がこちらに侵入しようとしたようです」

「へー。で?」

「結界に仕込んだ催眠光線で眠ったようですね」


 ほほう。で、朝起きたこちら陣営の人達が、一定ラインに並ぶようにして寝ている敵を見つけて騒いでいるって訳か。


 もう面倒だから、相手陣営に催眠光線を撃ち込んでいいかな?




 一応、ミロス殿下に許可をもらい、向こう陣地を結界で覆い、その中で催眠光線を使う。これで結界内にいる人間は、向こう三日は起きないでしょう。


「三日!? 丸一日じゃないのか!?」

「今回は全力でやりましたから」


 驚くミロス殿下に、しれっと答える。


 それにしても、こんだけ簡単に終わるなら、もっと早くやればよかったね。


 いや、人質救出の為の時間稼ぎが必要だったんだよ、多分。


 そういえば、結局最後まで海洋伯の顔、見なかったなあ。別に見なくてもいっか。これからも見る必要のない相手なんだし。

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