第584話 頭の硬い連中はどこにでもいる
運河交渉第二回目は、一回目の三日後に行われた。といっても、交渉ではなく実質許可するからよろしくねって場だったけど。
条件やら何やらでちょっとゴタゴタあったけど、概ねこちらの要望通りにまとまった。
これでゲンエッダから帝国を経由して、運河による輸送が出来る。あ、ゲンエッダにも運河を作る許可、貰わなきゃ。
後、高低差のあるところにはロックを作らないとね。エレベーターでもいいけれど、ロックの方がメンテナンスが楽そうだ。
「では、これで」
「はい、確かに」
帝国側は新帝陛下が、こちら側は私が契約書にサインする。他にもあれこれ書類があるのには参ったけれど、まあ、必要だから仕方ないか。
「それで、いつから工事を始めるんだ?」
諸々の手続きである書類へのサインが終わった後、新帝陛下からそんな質問が飛んできた。
「すぐにでも」
「え?」
帝国側は、皆ぽかんとしている。いや、すぐにでも着手するよ。
「ネスティ、すぐに取りかかれる?」
「お任せください、主様。既に準備は調っております」
よし、じゃあ、頑張って作ってもらおうか。
帝国に通す運河は、大きく分けて三つ。ゲンエッダとの国境付近から、ブラテラダ国境付近までと、南の海側から帝都までと、同じく海側から私がもらった西側にある領地へと伸びるもの。
どの運河も途中、いくつか標高が高い場所があるので、そこに貯水池を作る予定だ。
もらった領地へ伸びる運河の途中と領地には、人工湖を作る。場所も既に決まっていて、皇帝直轄領に作る予定だ。
どうして他国の人間が皇帝直轄領を知っていたのか。新帝陛下は気にならなかったのかなー?
「おそらく、ミロス殿下が調べ上げた情報に入っていたのでしょう」
「つまり、ミロス殿下から聞いて知っているはずって思った訳? あれ? でも、この姿でミロス殿下と一緒にいたっけ?」
星空の天使をやっていた時も、ミロス殿下と一緒にはいなかったんだけど。どこで繋がってると思われたんだ?
「主様……新帝陛下に、国が抱える暗殺部隊を潰したと、仰いませんでしたか?」
「……言ったね、そんなような事」
私が言った訳じゃないし、潰したとも言ってないような気がするけれど。
「あの暗殺部隊、帝国内にいるミロス殿下に向けて放たれたものですよね?」
「あ」
ミロス殿下を暗殺するのに放った暗殺部隊の行方を、星空の天使が知っていたら、そりゃ何かしらの繋がりがあると思うよねえ?
しかも今回の運河建設、ばっちりゲンエッダからブラテラダを結ぶラインも作ってるし。
工事の申請その他に必要なので、どこにどれくらいの運河を作るか、書類で提出してるよ。
……ま、いっか。別に星空の天使がゲンエッダと繋がりがあると思われても。そうそう帝国に来る事はないし、新帝陛下と顔を合わせる事もない。
ミロス殿下が大変かもしれないけれど、既に大変なんだから一つ二つ面倒ごとが増えても、同じでしょ。誤差だよ誤差。
運河は、まず地表部分を掘って水を通すラインを作る。それと同時に、南の海の沖の方で海水を採取、真水化するプラントを採取場所の地下に設置。そこから地下のパイプを通して真水を各貯水池、人工湖へと引く。
そこから、掘った運河へと水を流す計画だ。わざわざ遠くから水を運んで運河に流すのは二度手間とも思えるけれど、いいのだ。
「運河の幅は、少し大きめにしましょう。ボートが二隻、すれ違える程度は欲しいわ」
帝国の土地は乾いているから、掘ったままで水を流すと土地に吸われてしまいかねない。
なので、川底や縁なんかは、耐水性の素材で覆う事になっている。素材の用意は、デュバルでお留守番中のポルックスがやってくれるらしい。
同じように、貯水池や人工湖の底や縁も、覆う必要があるね。
グラナダ島の執務室であれこれやっている脇で、リラが呆れた目でこちらを見ていた。
「その工事、普通にやったら、何十年と掛かるんでしょうね……」
「だろうね。うちなら、魔法技術があるし、そろそろ熟練工が出始めているから、そこまで時間は掛からないと思うけれど」
伊達に国内の飛び地や、フロトマーロで工事をし続けてきた訳じゃない。人形遣い達の中からも、熟練と呼ばれる人達が出て来ているんだよねえ。
それだけじゃなく、後進も育っているそうだ。
「今回は帝国で手に入れた労働力もしっかり使おう」
「ああ……派閥違いの貴族とか、大量に捕縛したんだっけ? あんたみたいなのに逆らうと、怖いわよね……」
失礼だな! 逆らったから捕縛したんじゃなくて、こっちの命を狙ってきたから捕縛して、それ相応の罰を受けてもらうだけなんじゃない。
しかも、狙いはミロス殿下だったくせに、私達までちゃっかり狙ってきたからね。
連中の不幸は、私達の素性と実力を読み間違えたところかな? それは強制労働の中で、しっかり反省するがよい。
ブラテラダ国内の運河建設に関しては、通信でミロス殿下に許可を取ればいいかと思ったけれど、そこまで単純な話じゃないらしい。
「ミロス殿下がこちらに戻ってくるそうよ」
執務室で運河関係のあれこれと格闘していたら、コーニーがそんな事を言ってきた。
「あれ? ついこの間こっちに戻ったばっかりなのに」
「一応、レラの運河構想を伝えておいたの。そうしたら、一度戻るって」
あれー? 何か、嫌な予感がするんだけどー?
ミロス殿下は、旦那連中全員と戻ってきた。戻ると通信で伝えてきた夕方の事。
「悪いが、すぐに話せるか?」
出迎えた私に言ってきたので、グラナダ島領主館の客室に全員で向かった。
「運河の計画は、もう動いているのか?」
「帝国内部の工事に関しては」
「そうか……」
渋い顔で言われちゃったよ。まずかったのかな。
「悪いが、ブラテラダ国内の許可は、まだ出せない。おそらく、ゲンエッダ側も」
「何か、ありましたか?」
ここまで言うって事は、ミロス殿下のブラテラダ王即位に、何か支障が出てるって事なのかな。
「チブロザー海洋伯が、兵を挙げた」
あちゃー。
ブラテラダ国内の生き残り貴族を味方にするべく、ミロス殿下は方々に人や手紙を送っていた。
ヴィル様達も一緒に行動しているから、その忙しさは聞こえてくる。
で、そんな生き残り貴族の中でも、何とチブロザー海洋伯側に付く家が出てきたという。
「チブロザー海洋伯家には、俺と違ってブラテラダ王家の血は入っていない。だから、海洋伯が王位に就けば簒奪になるんだが……」
「それでも、他国から王を頂くよりはまし、という一派がいると?」
「それもある」
それもって事は、他の理由の方が大きいのかな。
「海を押さえているのが、大きいらしい」
ミロス殿下に代わって口を開いたのはヴィル様だ。
「ブラテラダは、食料……特に穀物をゲンエッダからの輸入に頼っている」
「なら、余計にゲンエッダと強力な繋がりがあるミロス殿下を王に頂く方がいいんじゃないんですか?」
「そうだとしても、輸送は海上が全てと考える家がそれなりにいたという事だ」
まあ、名前からもわかるように、海洋伯は海を押さえている家だわな。
それにしても、思考の硬直を起こしている連中がそれなりにいるとはねえ。これから私がやろうとしているような帝国経由の運河を使った輸送など、彼等には思いも付かない事なのだろう。
「運河の構想を話したところで、信じないんでしょうね」
「それこそ、机上の空論と笑うだろうよ」
なるほど、そういう連中なのか。考えが硬いだけでなく、新しいものを受け入れる余地もないとは。
これなら、帝国のおじさん達の方がよほど優秀だよ。
「ミロス殿下、この機会に海洋伯家ごと、そいつら潰しちゃいませんか?」
私の提案に、ギョッとしたのはミロス殿下だけだった。
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