第583話 交渉一回目

 ミロス殿下と帝国の話をしていたら、タイミングよく新帝陛下に渡したカードが折れた。つまり、諸々の仕度が調ったという事だ。


「なら時間を見つけて行くか……」


 カードが折れた日、久しぶりにグラナダ島に帰ってきたヴィル様が、夕食の席で疲れた様子でこぼした。


「いや、行くなら私だけで――」

「駄目だ。レラに交渉事は無理だろうが」


 断言されるほどの事!? 周囲を見たら、皆が同意している。ミロス殿下まで!


「あの、交渉は私がやります。ウィンヴィル様は、時間がありましたら、少しお休みください」


 リラの申し出に、ヴィル様も強くは言い返せない。


「いや、しかし」

「兄様、私も同行するから」

「お前は面白そうだと思って行くだけだろうが」


 兄は妹に容赦がなかった。




 散々言い合った結果、三対一でヴィル様が根負けした。何故かユーインとイエル卿はどちらにもつかずに高みの見物してるし。


「いや、だって、どっちの味方をしても、後でしこりを残すだろうし」

「アスプザットに同行はしてほしくないが、かといってレラだけで交渉が出来るかと聞かれると……」


 ムキー!


 でもとりあえず私とリラ、コーニーに加えてネスティを連れていく事で、決着を見た。


 ネスティに関しては、私からではなくカストルからの推薦が効果あったらしい。何でだよ。


「ネスティなら、各種交渉事もうまくまとめてきた実績があるんだから、いいじゃない」

「リラの言う通りね。今回は土地やら邸やらをもらうだけじゃなく、運河建設の許可も取らなきゃいけないんでしょう?」


 リラとコーニーの言う通りなんだけどさあ。何か納得しかねるんだよねえ。


 とはいえ、決まった事は決まった事だし、交渉事が苦手なのは確かだ。


「何か巻き込んだ形だけれど、よろしくね、ネスティ」

「お任せ下さい、主様。主様の、デュバルの益になるよう、精一杯務めさせていただきます」


 いや、ネスティが精一杯やっちゃうと、帝国の方が大変になるのでは?


 ……まあ、いっか。




 帝国帝都ネアンギートへは、ネスティの移動魔法で向かう。カストル達と同程度の能力を持っているという事は、こういう事も出来るという事なんだよねー。


 ちなみに、今回はオーゼリア仕様の外見です。つまり、何も弄っていない素の状態。着ているのも、オーゼリアでなら王宮に上がれる程度の格好だ。


 いや、これからお付き合いが続くのなら、こっちでないと駄目だろうってリラが。


「帝国の重鎮に会う度にメイド姿になるなら止めないけれど、あんただと途中で忘れそうだから」


 ぐうの音も出ない。いやいや、その前に、そんなに新帝陛下なんかの前には出ませんよ。


「……その願望が現実になるといいわね」


 どうして遠い目で言うのよー!!


 皇宮では、門番に止められる一幕があったけれど、折れたカードの片方を見せたらすんなり通れた。


 どうやら、新帝陛下が前もって通達をしてくれていたらしい。仕事が出来る人は好きだよ。


 皇宮内を案内され、通されたのはいつぞや待ち合わせた玉座の間。


「よく来たな」


 玉座に座るのは、新帝陛下だ。周囲にいる顔ぶれも、あの日を思い出させる。


「ごきげんよう、新帝陛下」


 挨拶したのに、新帝陛下が固まっている。何だ?


「……使者かと思ったが、本人か。あの時と、姿が違うようだが?」


 見てくれが違う事を突っ込まれた。まあ、別人の使者が来たと思ったら、あの時のメイドが来たとわかったら、驚くのも無理はない……のか?


「これが素ですよ。前の時は変装してました」

「なるほど」


 あっさり納得しているなあ。いいんですけどー。


 用件としては、くれると言っていた土地と邸の準備が出来たから、譲渡するっていうだけのもの。


 手続き等も既に終わっていて、後は私がサインするだけだってさ。こっちでもサインするんだ。


 全部終わってからが、ターン。


「時に陛下。実はお強請りしたい事が出来まして」

「……何だ? 話の内容如何では、断る事もあるぞ?」

「多分、陛下断らないと思いますよ?」


 帝国にとっても、悪い話じゃないからね。




 とりあえず、玉座の間でする話じゃないって事で、別室に移った。帝国側は新帝陛下と四十路くらいの男性が三人。国の重鎮かな。


 こちらは女子四人。全員が横並びに長椅子に座った。


「それで?強請りたいものとは何だ?」

「それについては、こちらから。ネスティ、お願い」

「承りました。改めまして、主様の代理人を務めます、クリュタイムネストラと申します。以後、お見知りおきくださいませ」


 新帝陛下は、軽く頷くだけで返した。


「今回、我が主が帝国に提案するのは、新しい形の流通経路です」

「流通経路? 街道でも作るというのか?」

「いいえ。運河です」


 ネスティの一言に、陛下も同席している男性陣も、言葉をなくしている。


「運河? 運河とは、あの運河の事か?」

「無礼を承知で言わせていただきますなら、運河という言葉に他の意味があるとは存じ上げません」


 そりゃそうだわな。とはいえ、いきなり「運河使わない?」って提案されて、はいそうですかと受け入れる人はいないわな。


 当然、新帝陛下達もそうだった。


「運河だなどと! 我が国にどれだけの負担を掛けよというのか!!」

「第一、我が国では水は不足気味。そんな我が国に運河だなどと」

「大体、運河を流れる水をどこから持ってくるつもりだ?」


 それを、これから説明するんだけどなあ。とはいえ、こちらに口を差し挟む余地がないくらいに文句を言ってくる。


 特に、陛下の周囲にいるおじさん達がうるさい。仕方ない事なんだけど、どこでもうるさいおじさんというのはいるものだ。


 とりあえず、陛下以外のおじさん連中が黙るまで、ネスティは話を進めるつもりはないらしい。


 おじさん達が好き勝手に話した後、陛下が口を開いた。


「それで? 帝国に運河を通せという事か?」

「いいえ。運河建設の許可がいただきたいのです」

「許可?」

「工事その他はこちらで全て行います。ですが、出来上がった運河に掛ける通行税は、こちらの一存で決めさせていただきますが」


 それは当然だよねえ。その代わり、帝国には一銭も出させない。タダで運河を手に入れられるけれど、通行税は掛けるよって話。


 普通だったら、運河を建設するなんてのは、国家事業だ。間違っても、他国の一個人がやる事ではない。


 ただ、これから私がこの国でやる事には水が必要だし、この国は万年水不足。


 うちだけ潤沢に水を使っていたら、周辺領地からやっかまれかねない。その矛先が、もらったばかりの土地やそこに住む人達に向けられたら困る。


 それを解消するのと、ついでに国内の流通量を上げて、さらについでにゲンエッダからブラテラダへの物資輸送も海を回らずに出来るようにという、一石三鳥くらいを狙っている。


 それをネスティが説明すると、新帝陛下だけでなく、先程まで文句ばかり言っていたおじさん達も黙った。


 彼等の頭の中で、計算する音が聞こえる気がする。


 それぞれ、個別に計算し終わったようで、おじさんの一人が口を開いた。


「……これだけの大事、まずはこちらでも会議に掛ける必要があるかと」

「そ、そうだな」

「それがいい」

「……この者達はこう申しているが、どうだろう?」


 まあ、そうだよねえ。ここだけで判断は、正直難しいと思う。なので、ネスティに軽く頷いた。


「承知いたしました。では、またこちらのカードをお渡しいたしますので、お話し合いが終わりましたらお報せください。こちらから参ります」

「わかった」


 まずは、第一弾終了。いい返事を期待していますよ、おじさん達。あと新帝陛下も。

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