第582話 新事業案
浄化後のブラテラダは、徐々に正常に戻りつつある。
食糧支援も、ゲンエッダから惜しみなくされているそうだ。
「それはいいんだが……本当にいいのか?」
久しぶりにグラナダ島に戻ってきたミロス殿下が、何やら悩んでいる。
「そんなに悩む事ですか?」
「いや、悩むだろう? 普通。……ああ、そういやあんたらは普通じゃなかったな」
失礼だな。世話になっているくせに。
ミロス殿下が悩んでいるのは、食料の輸送方法だと思う。ゲンエッダで支援用にまとめられた食料を、一度グラナダ島へ移動陣で送り、ここからブラテラダの各所へと送っている。
仕分けに関しては、カストルと連携したネスティがやってくれた。
この移動陣を使った輸送に、悩んでいるらしい。
改めて、ちょっとお話し合いをしておく事になり、グラナダ島領主館の客間を使う事になった。
ここにいるのは私、リラ、コーニー、ネスティ、それにミロス殿下とカストル。
旦那連中は、まだブラテラダの王都でお仕事中だってさ。
まず明らかにしておかなきゃいけない事がある。
「海洋伯領を経由するルートは、使いたくないんでしょう?」
「まあな。まだ海洋伯は王都の実情を知らない。それもどうかとは思うが、海洋伯領は元々半分独立したような領地らしい。ブラテラダ王家とは、主従関係というよりも、対等とまではいかないが契約相手という位置づけだそうだ」
なるほどねえ。海上貿易も独自に出来るし、何より海の武力を保持している。土地は塩害が強そうだけれど、隣国やゲンエッダからの食料輸入が出来ると考えれば、問題ない。
瘴気の影響もほぼないとなれば、独立しても不思議はないのか。
ただ、それはブラテラダ側……引いてはミロス殿下的には、どうなんだろうね。
「当然よくない。何せ、海の玄関口を押さえられているようなものだ。ただ、交渉するにせよ何にせよ、今は避けたい」
まだまだ、ミロス殿下の支持基盤が固まっていないからね。それに、出来ればチブロザー海洋伯も取り込みたいんだろう。
海上輸送は、大量にかつ素早く食料を運べるからなあ。
でも、これはこちらのチャンスなのでは?
「ミロス殿下。もう一つ、ゲンエッダとこの国を結ぶ経路がある事を、お忘れではありませんか?」
「は? ……あ」
思い出したようですね。
海が駄目なら陸を使えばいいじゃなーい。幸い、ゲンエッダとブラテラダを結ぶ陸路を持つ国がある。タリオイン帝国だ。
「しかも、厄介な連中を一掃した後だし、新帝には貸しがあるようなものだから、そこら辺を突いてこちらに有利な条件を引き出せるのでは?」
「……」
何故、そこで信じられないものを見るよな目でこちらを見るかなあ?
「力押し一辺倒の人間かと思ったが、貴族的な考えも出来るんだな……」
つくづく失礼だな!
むっとする私を余所に、ミロス殿下は何やら考え込んでいる。
「帝国を経由するにしても、関税や輸送速度が問題になる。今のような速度で運べる訳ではないのだし……」
「そこは、今よりも速く出来るよう、お手伝い出来ますよー?」
「え?」
「もっとも、これはタリオインの新帝陛下に提案する内容ですけどー」
そう。あのまま、帝国が水不足でいるのはちょっとこちらも困るのだよ。なので、うちの技術をフルに活用して、帝国に水をもたらそうと思う。
実は、帝国の南側には海に面した箇所があるんだよね。ただ、帝都からだと山をいくつも越えなきゃいけない場所らしく、港はない。
海上輸送にも使えない場所なので、人もほぼいない状態だってさ。
でも、海に面しているんだよね? なら、そこから水を引き込める。
デュバルには、海水を真水にする技術があるし、土木工事もお手の物。山がちの地域から海水を真水に替えて内陸へ送り、貯水池を作る。
そこから水を流して、運河を建設する予定だ。
「街道の整備も考えたんですけれど、それよりは運河の方が輸送量を上げられるかなって」
いっぺんに説明したからか、ミロス殿下がぽかんとしている。ちゃんと理解出来てます?
陸上輸送なら鉄道でもいいとなりそうだけど……というか、そっちの方がいいになりそうなんだけど、水を内陸まで運ぶのが大本の目的なんだよねえ。
「うちがもらう領地だけなら、他に手はあるんだけど、周辺の土地にもお裾分けって考えたら、運河を作るのが一番かなって」
正直、もらう土地だけを栄えさせるならそんな必要ないんだけど、地続きって何が起こるかわからない。
領民も一緒にもらう訳だし、彼等を護る為なら、水のお裾分けくらい考えておかないと。
「いや……普通は、そんな事で簡単に運河を作るとか、思いつかないもんなんだが」
「あら、ミロス殿下、レラが普通だとでも?」
コーニーが横からちゃちゃを入れてくる。だからね? どうして君達はそう私に酷い事を言うのかな?
ミロス殿下はミロス殿下で、コーニーの一言に何やら納得しているし!
「運河を作ると言っても、知っての通りタリオイン帝国は乾燥した土地だ。水を海から得るにしても、相当な量を用意しないとならないぞ?」
「それはまあ、覚悟の上です。途中途中で貯水池を作りますし、何なら人工湖を作るのも手かと」
「じんこうこ?」
「人の手で作る湖ですよ」
水をプールしておく場所が必要だからね。貯水池と会わせて、人工湖もいくつか作ろうか。
うまくすれば、帝国に多大な恩を売れるかもー。でも、帝国には私の心をくすぐる特産品がないんだよね……
「主様、帝国の特産品について、少し」
悩む私の耳に、ネスティが囁いた。
「帝国の山岳地帯に棲息する山羊がいますが、これの毛がなかなかの質でして」
「本当?」
「ええ。オーゼリアの富裕層向けに、毛織物を作るのはいかがでしょう?」
ネスティによれば、軽くて丈夫で保温性、保湿性に優れているんだとか。手触りもよく、毛織物で上着を作るのはどうか……という話。
「その山羊、どのくらいの数いるの? 飼育している人達は?」
「山岳に住む少数民族が飼育しているようです。彼等の衣服は、主にその山羊の毛で作られたもののようです。後は、食肉としての使い道があるかと」
そういや、ブンゾエックでもその土地由来の山羊をもらう事になってる。あれも、増やしたいんだけどなあ。
「……帝国の山羊と交配させれば、新しい種を作る事が出来るのではありませんか?」
何だろう? ネスティの言葉は家畜の品種改良にはよくある話なのに、何故か背筋が寒くなる。
ブンゾエック山羊と帝国の山羊と、いいとこ取りの品種が出来ないかなあ。
とりあえず、帝国にも私の欲を刺激するものがあるとわかった。なので、後は新帝に許可をもらって、運河事業を始めよう。
ミロス殿下に説明し終わったら、リラが渋い顔をしている。
「またそうやって仕事を増やす……」
「い、いや! これに関してはネレイデスに一任するから! 帝国の事業は帝国内だけで完結するようにしておくから!」
さすがに国外の仕事まで見る気はないよ。感覚としては、新しく会社を立ち上げて、独立採算でやってもらうって感じかな。
私の話を聞いたリラが、眉根を寄せた。
「それだと、ネレイデスでは厳しいのでは?」
「そうなの?」
「彼女達、優秀だけれど自分で決断を下すとか、苦手なはずよ?」
え? そうなの?
でも、どうしよう……いくら何でも、ここからデュバルへ書類を送るのもなあ。第一、これ以上書類に埋もれたくない。
「……レネートは、どうかしら?」
「レネート?」
って、誰だっけ?
『ジルベイラ様に懸想していた男性です』
奴か! 確か、トレスヴィラジで仕事をしているはず。
「レネートって、漁村三つのあれこれを任せていたよね?」
「そちらが一段落したから、そろそろデュバル本領に戻すかって話が持ち上がってるの」
「そうなの?」
「そうなのよ。で、いくら吹っ切れたとはいえ、本領だとジルベイラさんの結婚相手を見る事になるでしょう? それもあって、どうしようかって話が」
なるほど。レネートは優秀ではあるんだけれど、その見た目で女性達の人気が高く、度々トラブルを起こしていた人だ。
仕える主家のお嬢様まで彼に入れ込んじゃったから、主家からクビを言い渡されてしまい、結果デュバルに来たんだよなあ。
何だか、本領以外に行かせてばかりで申し訳ないけれど、他にいい人材がいない。
さすがに、帝国へ女性達を派遣する訳にもいかないしねえ。ネレイデス? オケアニスとワンセットで行かせるから、問題なし。
オケアニスなら、帝国の軍隊くらい簡単に退けられるだろうし。
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