第581話 島での日常

 グラナダ島で過ごす時間は穏やかでいい。これで、書類仕事がなければ最高なんだけど。


「なくなる訳ないでしょ? あんたが後先考えずにあれこれやらかした結果なんだから」


 リラが朝から冷たい。


 グラナダ島に缶詰状態になるのなら、ちょうどいいから書類仕事しろと朝から執務室に縛り付けられている状態でーす……酷くね?


「これを酷いと言う人は、あんた以外にいないわよ。はい、これは追加分」

「おおう……」


 机の上に、書類のタワーが出来てるよ。


「何とか書類の圧縮は出来ないものか……」

「ろくでもない事を考えている暇があったら、少しでも決裁の手を早めてちょうだい」


 ぐうの音も出ません。




 ミロス殿下の手伝いをやっているのは、カストルだけではない。ヴィル様とユーイン、イエル卿もお手伝い中だ。つまり、旦那連中全員だね。


「ヴィル様はわかるけれど、ユーインやイエル卿は何を手伝ってるんだろう?」


 ヴィル様はオーゼリアでも陛下の側近として働いている人だから、内政には明るい。


 ユーインはずっと騎士団にいた人だから、政治関係はさっぱりなんだよね。いや、教育はちゃんと受けてるけどさ。


 イエル卿は魔法の専門家。元白嶺騎士団所属だし。そんな騎士団出身の二人がミロス殿下の側にいて、何か役に立つのかね?


 現在、グラナダ島の領主館にある居間で、休憩時間中だ。居間には、コーニーとリラ。それと、結局デュバルから呼び寄せたネスティがいる。


 私のぼやきに、コーニーが意見を述べた。


「わかりやすい護衛じゃないかしら」

「護衛」

「もちろん、ミロス殿下も腕が立つ方だし、何より今はレラがカストルを貸し出しているから、そういう意味では護衛はいらないのかもしれないけれど」

「見せる為の護衛……ですね?」

「リラの言う通りよ」


 見せる為の護衛。つまり、わかりやすい周囲への威圧って事かな。でも、二人だけで?


「既に、ユーイン様がミロス殿下を狙った刺客を何人も捕縛しているそうだし、イエルも結界魔法なんかで殿下をお守りしているわ」

「そうなの?」

「レラは、書類仕事が忙しいからね……」


 コーニーに同情されてしまった。ブラテラダ王都フェツェアートからの定時連絡は、コーニーが受けているってさ。


 で、それを私に伝える隙が、今までなかったという訳か。私、どんだけ書類漬けだったの?


 ちらりとリラを見るけれど、悪びれたところは少しもない。そーですね。溜め込んだ私が悪いんですね。け。


「まあ、そんな訳だから、三人はしばらく向こうに行きっぱなしになりそうよ」

「夜だけでも、帰ってこないんだ?」

「そうみたい。食事は、カストルがここを経由してデュバルの領主館から運んでいるって聞いたわ」


 うちの料理長の料理、美味しいからね。


 緊迫した空気の中にいる訳だから、少しは美味しいものでも食べないとやってられないってところか。美味しいは正義だし。


「それにしても、今回のブラテラダの件で、ゲンエッダはオーゼリアに大きな借りが出来たわね」

「ああ」


 何せ、ゲンエッダからブラテラダへ入るのも、その手前の帝国でのゴタゴタも、ブラテラダ国内の移動も、もちろん親玉を仕留める手伝いもその後の国内浄化も、全部オーゼリア組……というか、私がやったようなもんだから。


 その辺り、後でまとめて請求する予定だけれど、果たしてミロス殿下に支払い能力はあるのだろうか。


 私が何を請求するかにもよるかもしれないけどさー。


 それはそうと今回の瘴気事件、事実は大分ぼかして周辺諸国に伝えると決まったそうだ。


 たった一人の瘴気使いのせいで、国が傾きました、しかも周辺諸国にも呪いという形で迷惑掛けました、なんて言えないもんね。


 呪いに関しては、黒幕である草原子爵家四男が勝手にやった事とし、セウディネ・シスに関しては、親を恨むあまり国まで恨み、薬を使って王都を制圧、王侯貴族を殺害しまくったとするそうな。


 四男もセウディネ・シスも既に故人。死人に口なしとはこの事か。


「とはいえ、その二人が無実かと言われると、違うでしょう?」

「それどころか、真っ黒な黒幕達だね」


 唆した張本人が四男で、実行犯がセウディネ・シスだ。それをほんの少し変えるだけ。当人達も、文句は言えまい。


 真実を隠すのは、ブラテラダの国民の為だ。多くが命を落とし、生き残った人達も生死の境を彷徨っている状態の者が多い。


 そんな中でも、国を復興させなければならないのだから、周辺国からつけ込まれる隙は一つでもなくした方がいい。


 実際、ブラテラダの王となるミロス殿下はこれからが大変だ。ゲンエッダの後ろ盾があるとはいえ、荒れたブラテラダ国内を建て直すと同時に、周辺国からも攻め込まれないようにしなくてはならない。


「いっそ、頼ってくれれば手を貸せるんだけどねー」

「これ以上レラに頼ったら、後が大変って殿下もわかってらっしゃるんじゃない?」

「コーニーが酷い」


 まあ、タダでは手は貸さないけれど。




 ヴィル様はミロス殿下の側にいて、側近の真似事をしているらしい。どこでもやる事は一緒だねえ。


 そんな中、サンド様への報告とオーゼリアの陛下への報告も逐次行っているそうで、何故かグラナダ島の私のところに陛下から通信が入った。


 場所はグラナダ島の通信室。そこに、私、コーニー、リラで陛下からの通信を受けていた。


 主に話すのは私。何故なら、この三人の中で身分が一番高いのが私だから。


『まずはブラテラダの浄化、成功おめでとう』

「ありがとうございます?」


 何故、陛下にそれを言われなくてはならないのか。これがゲンエッダの王太子とかなら、まだわかるんだけど。


『ヴィル達は、しばらくミロス殿下の側にいるそうだな?』

「そのようです。復興やら王位継承やら面倒ごとが山積みですから」

『ふむ。その間、侯爵達はどこぞの島から出ない事になっていると聞いたが?』

「そうですね」


 何が言いたいんだろう?


『いっそ、三人ともオーゼリアに戻ってこないか?』

「はい?」

『ただ待つだけなら、そこでもオーゼリアでも変わらないだろう?』


 あー、まー、行き来だけなら移動陣で一瞬で終わりますからねえ。


 でもなー。カストルと約束しているし。加えて、西に行っているはずの私達が、オーゼリアの王都を闊歩する訳にもいかない。


 なので、通信画面の陛下を見て、にっこり笑った。


「夫達が忙しく働いている間、妻たる私達だけ故国へ帰る訳には参りませんわ」

『……本音は?』

「色々面倒臭いので、このままこちらにいます」


 面倒の内容は、言わずとも陛下にはお見通しだったらしい。


『まあいい。全員の帰国を楽しみに待つとしよう』


 そーですね。正式に帰るとしたら、サンド様達と一緒の時でしょうよ。




 朝の九時から午後五時まで、昼と午後三時の休憩時間以外みっちり書類仕事が入っている。


「どこのOLだよもう」

「残業がないだけましだと思いなさい」


 愚痴った私に、リラが返してきたのがこちらの言葉。オーゼリアでは、残業って言葉自体がないけどな!


 時間で区切って仕事しないし。従って、残業手当もないところが殆ど。割とブラックだ。


 でも、デュバルは違う。勤務時間がどこも決められていて、それを提示してから雇用契約が結ばれる。


 領の法律として、残業手当はきちんと支払わないと雇い主が罰せられるのだ。目指せホワイト領地。


「まあ、実際余所から追い出されたような癖のある人達が、デュバルに来ている訳ですが」


 リラがちょっと遠い目になりながらぼやいた。


「癖があったって、有能ならいいじゃない」

「そういう雇用主ばかりじゃないのよ。まあ、うちはあんたがトップだから、癖強めの人がきても対応出来るけれど」


 何か引っかかる言い方じゃね?


 そんな癖強めな人材の中から、次々と成果を上げている人達が出てきている。おかげで、うちの収入は右肩上がりだ。


「へえ。磁器の職人を育てる学校、盛況なんだね」

「手に職を付けると食いっぱぐれないって、子供達にも教えてるそうだから」


 ああ、初等教育ってやつですね。いわゆる小学校。読み書き、簡単な計算、その他を教える学校だ。


 卒業したら、中学に行くか職業訓練校へ行くか選べる。もちろん、親に弟子入りする子もいるけれど。


 デュバルの職業訓練校は甘くない。現役の職人が講師として招かれ、彼等が持つ技術をわかりやすく下の世代に教える技術も研究されている。


 大体、職人の世界は「見て覚えろ」とかいう、教育を放棄した部分が多すぎる。


 手取り足取り教えろとは言わないけれど、ある程度マニュアル化しておけば、広く技術を継承していけると思うんだよね。


 なので、うちではそうした仕事も職業訓練校の中で行われている訳だ。


 結果が出るのはもう少し先になると思うけれど、いい結果が出る事を期待している。

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